ろく
左之助はお酒を呑むと、泥酔しなければいけない決まりでもあるのか。
私は左之助の腕の中で、そんなことを考える。
今はもうすでに夜であるが、今日の朝方に左之助がお酒を呑んで帰ると言い出した時から、泥酔して帰ってくる場面の想像はしていた。
していたが、実際お酒の匂いを漂わせながら、覚束ない足取りで帰ってくるのを見ると、身構えてしまう。
お酒にやられた左之助は家の戸を閉め早々、袷を崩して上半身を露出させる。
あまりの早業に目を丸くさせる私。茂は、突然帰ってきた父親の存在に、喜びに満ちた反応を見せ、私の側からてちてち歩いて離れていく。茂が左之助の元に辿り着いてから反応してももう遅い。いつものように茂は抱き上げられる。泥酔のせいで、茂を乱暴に扱ったら、いくら付き合いの長い左之助だろうが容赦しなかった。けれど、いつもと同じ、子供を扱う手つきだったので、用意していた構えを解く。
「よーしよし、茂でっかくなりやがって……」
「とと? はだか?」
茂の成長を、感慨深く実感している左之助と、不思議そうに上半身裸の左之助を指差す茂。ここだけ見ると、左之助はおかしな人そのものであった。外で露出していないだけマシか。
私は左之助の相手を茂に任せて、──割といつも任せている、左之助の布団でも敷いてやるかと立ち上がった。
ところを捕まった。
茂は左、私は右に抱え込まれる。
……油断していた?
油断していたんだ、私。すんなり納得する。そうか、油断してしまうくらい、左之助と長い付き合いになっているんだ、私。なんだか変な気持ちだ。私が宇高るるだと知っている他人が、こんなに私の側にいたことは、今まで一度もない。……もちろん、私の素性を知らない人間も、だ。
でも、原田左之助のことだって、私は何も知らないでいる。この人の名前は、原田じゃないし、左之助でもないのだろう。
「……」
しかし、いつまで左之助は私を抱きしめている?
背を向ける形で抱え込まれているせいか、左之助の様子は分からない。茂が私と距離を縮めたからか、「かか」と私を呼ぶ。私の貴方の母親の妹だ。
……抱え込まれているという状況だというのに、殺意とか嫌気が湧いてこない。これも長い付き合いだからか。
「……え、寝た?」
「ねてねえよ」
何も言わないから、もしかしたら立ったまま寝ているのかも、と左之助に声をかけてみれば、答えが返ってくる。
呂律のない声だった。酔っ払った時の、何度か耳にしたことのある左之助の声。
「そっか……。でも、危ないから、茂を下ろしてくれる? 下ろして、すぐ寝て。なんだったら、私が布団まで運ぶからさ」
「まだねねえ」
「寝なよ……。明日も多分早いよ」
「適当いうな……、べつにはやくねえ」
「あー、うんうん」
説得は失敗した。手っ取り早く、左之助を投げ飛ばしてしまいたかったが、茂の存在が私の荒技を止める。左之助が飽きるか寝るかで、私と茂を離すのを待つしかないのか?
「……ひとまず座っていい?」
「、ん」
ずっと立ちっぱなしは疲れる。それに茂が急に
動きたくなったとき、座っている方が間違えて落としても、まだ危なくないはず。
聞き入れてもらえるか。とりあえず言ってみたら、軽い返事で左之助が座る動作に入り、私も慌てて合わせる。
左に茂、右に私を抱いて、座る左之助。もし、ここに盗人が侵入してきて、今の光景を見たら、何をやっているのかと疑問を浮かべるだろう。……新撰組の隊長、原田左之助の住む家に、わざわざ盗人が来るわけないか。
左之助の体は、秋でも袖の無い服を着ているだけあって、大変温かかった。熱があると、錯覚するほどに。寒くなって来たから、割と心地が良い。
「……」
そう言えば、血の繋がらない男にこうして抱きしめられるなんて、初めてだ。家族に抱っこされたことはあるけど……。家族は家族だし。
「離してほしいんだけど……。それか、服を直して欲しいんだけど」
「なんでだよ」
「なんでだよお? ……このままだと、私も左之助も茂も、眠れないと思うんだけど」
「ねむれるだろ、こうすりゃあ」
「は?」
訳のわからない左之助の言葉に、首を動かす。……首を動かせるってことは、上を見上げれば様子を窺えるんじゃないか? 私って、頭が切れない愚者かもしれない。よくこれまで生きてこれたものだ。では早速と首を動かそうとした所、体が勝手に浮く。
「え?」
無言の左之助に連れて行かれるがまま、私と茂は左之助の部屋に入る。呆気に取られ、止める暇もなかった。
そして、その日はなぜか私と茂は左之助の布団で眠ることとなった。本当に訳が分からなかった。泥酔しているのに、茂をずっと丁寧に扱っていたので、この人って本当はもう、酔いが覚めて正気なんじゃないか疑った。疑ったが、証拠はない。嫌な気はしなかったので、私は抵抗せずに、そのまま眠りにつくことにした。
朝起きたら、左之助が今まで見た中で一番焦っている様子で、何かあったのかを尋ねてきた。
どうやら酔いすぎて、記憶がないらしい。
記憶が全くないのに、布団で寝てるし、腕の中で私と茂が寝てるし、半裸だしで、訳が分からないようだ。
私は茂の様子を確認しつつ、焦っている左之助に「もう外でお酒を呑まないほうがいいかもね」と、真剣に言うのだった。
「あ。新八さんだ」
「ああ、まさじゃねえか」
朝とも昼とも言えない時間、外で用事を済ませた帰りに、新八とばったり遭遇した。
新八は非番のようで、浅葱の羽織を纏っていない。まさの名前を口にした新八は、暗いような不服そうな寂しいような、そんな複雑な表情を消し、私の方へ笑顔を見せてくれる。だが、その笑みに、直前まで浮かべていた感情が滲み出ている。気を遣わせたことが申し訳なるくらい。声、かけない方が良かったかな。
女でも買おうとしていたのか、呑みに行こうとしているのか、帯刀はしていたが手ぶらであった。一人で考えても、人の頭の中など分かるわけもない。早速、新八へ尋ねてみる。
「どこか行くの?」
「飯を食いに行こうとしていたとこだ。……茂はどうした?」
「……友人が、預かってくれて、います」
目線を逸らしながら私は答える。
友人が預かってくれているというか、預からせてくれと言って来たと言うか。
体調が悪いと溢した友人を心配して、旦那さんからきちんと了解を取り、近所に引っ越させた。それはいいが、友人はどうも世話を焼きたがる性分らしく、私と茂の面倒を見てくれる。体調が悪いのだから、安静にしてくれと頼んでも、ええからええからと受け流す。本当に安静でいて欲しい。病人に話を聞かせる術を私は学ぶべきだった。
とにかく、友人の意志が強く、好意に甘えることにして、用事を済ませてきたのだ。友人について、言及をされないように、ご飯の話題を深掘りする。
「食べるものは、決まりましたか?」
「まだ決めてなくてよ。ぶらついて、良い店を見つけたら入ろうかと思ってた」
「どこもかしこも良い匂いですねー」
「まさはもう飯は食ったか?」
「いえ、まだです。家に帰ってから食べようかと」
「そうか」
「良かったら、うちでご飯でも食べます?」
暗くて難しい表情をしている新八を私は誘ってみる。一人にしておくのは、なんだか放っておけない。断られてもいい。でも、私の家って、屯所に近いから、わざわざ戻らせてしまうかも。
新八が驚いたように目を瞬かせ、それから考えるように目線を下にやる。
「ただいま」
「おかえりー、茂くん、ええ子にしてたで? って、あれ、どちらさん?」
「あー、こちら、左之助の友人の永倉新八さん。新八さん、こちら、私の友人です」
「……永倉新八だ」
「永倉……。ああ、新撰組の。どうもおおきに。いつもまさがお世話になってます」
「……この子はまさの身内なのか?」
「……友人、ですね」
「まあ、そんなようなもんです」
友人はけろりとした様子で、新八に挨拶をする。その様子のまま、私に人見知りを発動させて大人しくしている茂を返し、朝ご飯の残りがあるからと、ちゃっちゃと素早く帰って行った。
私はお礼を何度か伝え、彼女を見送って、新八の案内をする。
「すみません、お待たせしました。残り物と、にぎりでよければ、今すぐ出せます」
「おう、あんがとな。今の子とまさ、何だか似てるような気がするんだが、本当に身内じゃねえのか?」
「……この世に似た顔の人が三人いるようですよ。おそらく、その類かと」
「んなのがあるのかよ、俺に似たやつもいるのか……」
茂と遊びながら、新八が呟く。以前、どこかで耳にしたことを、丸ごと言い訳に使用したが、どうにか誤魔化せたようだ。茂は人見知りをしたが、今では平気な顔で新八と遊んでいる。珍しい。茂の人見知りは長いと思っていたのだけど、違うのかもしれない。
残り物を出して、新しく作った汁物と握り飯を出す。新八は文句を言わず、手を合わせてから、握り飯を手に取り、意外と品よく食べ始める。
私は茂の口に、よく似たおかゆのようなものを入れた器を近付ける。茂は最近、よく嫌だと自分の意志を示すようになった。これは気に入ってくれるだろうか。好きな野菜を入れてみたから、食べてくれるといいが。すると、今日は機嫌がいたみたいで、すんなり食べ始める。……ずっと、新八がここに欲しい、一緒に住むか聞いてみるか?
握り飯を頬張った新八が、口の中から食べ物がなくなった頃に口を開く。
「まさは……。今いたダチと会えなくなったり、話せなくなったら、どうする?」
「……例えばの話?」
「ああ、例えばの話だ」
「…………困りますね」
動向が分からないのは、何よりも恐ろしい。
茂にちまちまご飯を与えつつ、私は先程まで、茂の面倒を見ていてくれた彼女の姿を想像しながら、新八の問いに答える。
「遠目から眺めるのは、許されますか?」
「遠目か……」
「遠くからでも駄目なら、もう……こっそり会うか、無事を願うしかありませんね」
「……こそこそ会うのは、だめかもな」
「え、駄目ですか。じゃあ、いずれ会えるのが、許される日がくるのを待つしかないですね」
「……」
一旦器を置き、自分の握り飯を頬張る。いつもと変わらない味だ。
自分が食べやすいからといって、いつも通り握り飯を作って新八に食べさせたが、新八は茶碗で用意した方が良かっただろうか。
左之助は文句も言わずに、黙々と食べてくれるから、こうして他の人を招いて食事を振る舞う時、間違っていないか心配になる。
出してすぐに突っ込んできていないから、大丈夫と判断していいのか?
「いずれ……」
新八。暗い顔をしているとこ、悪いんだけど、何か食事について触れてくれ。頼むから。
「なあ、聞いても良いか」
「いいよ」
いきなり私に、そんなことを尋ねてきた左之助へ頷いてみせる。
夜。新撰組から酒瓶片手に帰ってきた左之助は、早速その酒瓶の酒を呑んでいる。酒を呑みつつ、持って帰ってきた炊き出しのご飯と、私が作ったツマミを食べている。いつも思うのだが、酒と普通のご飯って合うのだろうか。とりあえず、左之助が酒を呑む時に、ツマミを作って出している、一応。酒を呑む時は、ツマミがあった方が嬉しいと耳にしたので。
今日は、茂と長く散歩をした。疲れたのか、茂はいつもより早く眠りについた。
左之助からも茂からも、目を離すのが不安だから、左之助と私の側に布団を敷いて寝かせている。後で、私の部屋に連れて行ってあげないと。
早めに作ったご飯を、茂と一緒に食べた。散歩の途中に色々あったから、お腹が空いていたようで、いつもよりもぱくぱく多めに食べていた。
茂を見守り、左之助の食べているところを見守る。最近、左之助は元気がない上、飲酒の量が増えてきているから、呑む量の監視を自主的にしている。
昼間に突っかかってきた男は、村からの刺客かただの暴漢だったかを考える。それにしても、茂を抱えたままじゃ、やりにくかったな……。困ったな……。
どうしようかと悩んでいる最中に、左之助に、そう声をかけられた。すんなり頷く私を見て、左之助がそれまで離さなかった、酒の入った盃を床に置く。
「んな、あっさり頷いていいのかよ。俺が何を聞くのかもわかんねえのに」
「左之助の人柄はわかっているつもりだよ。で? 一体何を聞きたいの」
「……前に、お前に家族のことを聞いただろ。何人、きょうだいがいたんだ」
「そんなことを今更気になったの? まあ、いいや。私を入れて、七人。私は七番目の末っ子だから、子供の時は七っていう名前だった」
単純な由来だろう、私もそう思う。
私の今の名前は、当主がつけたものだ。
当主いわく、生前に母と会話をした際、私につけようとしていた名前を、儀の後につけたらしい。当主には言わなかったが、それを聞いて私は、おそらく母は適当な出まかせを言ったのだと、すぐにわかった。母は一応、子供の面倒は見ていたが、父にしか興味関心がなかったから。
一番古い記憶がある。
父に頼まれたからと、熱を出した私の看病をする母。私を放って、一向に帰ってこない父を探しに部屋から出て行く母。父と一緒に部屋で倒れている母。
そんな母が、子供の名前を考える訳がない。
「一番上は、父方に養子に出されてて、生死不明。二、四、六は殺された。三は自死、……ほら、新八に似てるって言ってた兄だよ。で、……五は、左之助も、知ってるよね? 七の私は今のところまだ生きてる」
きょうだいのことを簡潔に話す。
話し終えた後、私はああ、とかつての左之助が教えてくれた言葉を思い出す。
「……そういえば。ご飯の時に、殺しの話はするもんじゃなかったっけ、ごめんね」
思い出したが、もう話してしまった後だ。ひとまず、左之助に謝罪をする。
しかし、きょうだいについて話をすると、殺しの類にしかならない。だって、ほぼ殺されているのだから。
左之助は私の謝罪に、「いや……」と歯切れ悪く否定し、首を左右に振る。
「お前は……、殺しが、嫌じゃねえのか」
「それって家族が悉く殺されているから出てきた言葉? でも、そうだねえ」
考えてみる。殺しは、私にとって、欠伸に並ぶくらいに近しい行為だ。殺しを生業とする村で育ったのだから、当然と言えば、当然だろう。
人殺しが何よりも価値のある行為で、人を殺さない人間には価値がない。そういう村。
私にとって殺しは、簡単なこと。
菅原まさの母親から習った料理より、洗濯より、掃除よりも、ずっと。
楽しいと思ったことは一度もない。殺しの間、考えていることは、この間合いなら刃が届く、気配はきちんと殺せている、相手が気付いていない今のうちに、血飛沫が飛ばないように。……。
兄は、命は大切なものだと言っていた。
私は兄の言葉を、今も覚えている。
それでも、出来るからやっている。生活するには、お金が必要だから、やっているだけのこと。
嫌。嫌かあ……。これまでを思い返す。
植物を引き抜き、魚をしめ、動物を刺し、それから人を殺して、殺して、殺して……。
「嫌だとか、考えられたことがない。殺しは、私の一番身近な日銭を稼ぐ手段。生まれた時から、当然にあるもので、やって当然のもの。……なんだけど、そうだね……」
── 七、俺が言うことじゃないが、言わせてくれ。命は大切なものなんだ。それを、覚えててくれ。
「命は、大切なものだから。……嫌、なんだと思う」
「……そうか。……踏み込み、すぎたな」
「うーん。ま、そうかもね。そっちは?」
「……俺か?」
「うん。原田左之助のことは知ってるけど、貴方のことは知らないから」
「……」
「兄弟が原田左之助にはいるんだよね。本当の兄弟?」
「いねえ。……同じ、密偵だ。兄弟って設定なら、引っ付いても怪しまれねえからな」
「あー、やっぱり兄弟って、怪しまれないよね。お腹の傷はさ、切腹未遂の傷跡?」
「あ? どっかで見せたか?」
「……酔っ払ったとき、堂々と見せてるよ……。覚えていないの?」
「覚えてねえ。いや、でも、新八と平助がなんか言ってたな……」
「お酒、もう止めなよ。で、なんで、切腹未遂を?」
「……お前みたいな、女子供にゃ、分かんねえことだよ」
「へー、そういうものなんだ」
「後、酒はやめねえ」
左之助が床に置いていた盃を、やや乱れた手つきで取る。そのまま、盃に口を付けて豪快に酒を呷る。何か嫌な記憶を思い出させてしまったのかもしれない。でも、本当にお酒を呑み過ぎて、酔うのは止めてくれた方がいいんじゃないかな。服は脱ぐし、切腹未遂の傷跡は見せてくるし、ひどく絡んでくるし。……しかし、左之助はお酒が好きみたいだから、多少は目を瞑るか。
左之助の様子の変化を見るに、新撰組で何か起こったのだろう。詳しくは興味がないから知らないが、組が分かれたとか新しい組が出来たと、噂程度だが入ってきている。それが原因か?
お酒を水のように呑む左之助を見ながら、私は首を傾げるのだった。
平助を見かけた。
新撰組が着る、あの浅葱の羽織ではなく、赤い色の見慣れない羽織を纏っている。
平助の側には斎藤がいて、斎藤も同じように赤い羽織を着ていた。
……あれが、新撰組から離れて、新しく作られた組織にいる者たち、だろうか。
なるほど、左之助の気持ちも乱れるわけだ。仲のいい平助が別のところに行ってしまったから、どうしていいか分からない、のかもしれない。
今日まで分からなかった左之助の変化の理由が判明して、私は納得する。
そうして連鎖するように、いつぞやの新八が落ち込んでいた様を思い出し、もしかして新八が落ち込んでいたのも、平助が関わっていたのかな、と納得する。
帰ってきた左之助に、平助について尋ねてみようかと一瞬考えるが、止めておくことにした。
随分と気落ちしているようだから、しばらくはそっとしておいた方がいいか。
……お酒でも、買っていってあげるかな。
いつもは呑むなとうるさく言っているのに、お酒を買っていくのは、流石に都合良すぎる? ま、いいや、買っていこう。
左之助が良く買ってくる店の酒瓶は分かるが、中身のお酒の好みは知らない。私はお酒を呑まないし、左之助が買ったお酒を呑もうと思ったことはないので、左之助の好みが分からない。店に行って、お店の人に選んでもらおうかな。
そうこう立ち止まって考えていれば、突っ立っていた平助と斎藤が別々に歩き出す。
お。私はすぐさま人混みを避け、足早に歩く平助に近付く。
「平、助、さんっ」
「うわあっ」
意気揚々と声をかける。平助が驚いた様子を見せ、素早い動きで私の方を向き直りつつ、距離を取る。刀の柄に手をかけながら。なんだか大袈裟な反応だ。でも、突然後ろから声を掛けたら、誰でも驚くか。
「驚かせちゃいましたか? すみません。次からは気をつけますね」
「ま、まささん、でしたか……。気配がなかったので、つい……。過剰に反応し過ぎました」
私を認識した平助が、申し訳なさそうな顔で、刀の柄から手を離し、真面目なら様子で受け答えをする。
「久々ですねえ、平助さん。今、大丈夫ですかね、お仕事中でしたか?」
「いえ……、今は、大丈夫です。まささんは、その、ご存知、なんですか?」
「……、何をでしょう」
「僕が、新撰組から、出て行ったことを」
「……いいえ。なんとなく左之助が落ち込んでいるとは思っていましたが。……そう、出て行かれたのですね」
「……原田さんが」
意外そうに平助が呟く。
しかし、こちらも意外だ。平助と新撰組の面子は長い付き合いだと聞いていたが、長い付き合いでも袂を別つことになるのか。……考え方が生きていく内に変わったのかもしれない。生きていて、人と関わり続けていけば、影響を受けていき、変化していくのだろう。私ですら変わったのだから、素直そうな平助なら尚更。
「そうだ、平助さんに聞きたいことがあったんです」
「? 僕に、ですか」
「はい。左之助が好きなお酒って、ご存知ですか?」
「お、お酒?」
平助が大きな目をぱちくりとさせ、戸惑いの声を上げる。そんなに予想外の質問だっただろうか。私が首を傾げ、「どうですか?」と再び問いかけれる。すると、平助が戸惑いの表情から徐々に、難しいものを見た時のように眉を顰めて行く。
「酒は、止めた方がいいんじゃないか? 原田さんの酔い方は、その……」
「ははっ」
躊躇う言葉の濁し方に、私は乾いた笑いが出る。左之助の泥酔の様って、他の人から見ても、お酒を買うのを止めらめるくらい、まずいものと思われているんだ。私も思う。しかし、今の左之助には、お酒が必要だ。
「まあまあ、家で呑ませて、一歩も外には出しませんから。ね?」
「まささんが大変だろ、それ……」
なんとか説得して、私は平助から左之助の好きなお酒を教えてもらった。
丁寧に感謝を述べた後、私は店に向かう。町娘くらいの早さを意識して。早くしないと、茂が友人の子になってしまう。
……しかし、斎藤はなんで、話しかけもせずに私と平助の話す姿を見ているだけだったのかな。
私が平助を驚かせてしまった時の声に反応して、引き返してきたのはわかる。
だが、確認した後に、立ち去ることをせず、物陰に隠れたのはなんでだろう。
私と斎藤は、知らない仲ではない、顔を合わせたことがある。前に左之助と茂が遊んでいる所へ迎えに行ったら、どういうわけが斎藤がいたのだ。斎藤は何だったか、たまたま通ったとヘラヘラした表情で言っていた気がする。
それだけであるが、知らない間柄ではないのに、斎藤は私と平助に声をかけなかった。
……私が知り合いに声をかけない時は、会うのが面倒、苦手な人だから、あるいは任務中だから、か。斎藤はどれだろう。……ま、いいか。今はお酒だ、お酒。
「左之助、お酒呑む?」
「いつもは呑むな、だの、止めろだの言ってくんのに、今日はなんだよ」
「泥酔するまで呑むなって言ってるだけでしょ。節度を守るならいいよ。……まあ、いいじゃない。さ、どうぞ」
「……何もねえならいいがよ。じゃ、貰っとく」
「うんうん。呑み過ぎないようにね。はい、盃」
「……んとに、どうしたんだよ、お前……」
「いや、なにも……、左之助が喜んでくれるかなーって思っただけ」
「……変なやつ」