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 桑島に元気がない。
 理由はわからないが、とにかく元気がない。どうしたんだろう。しっかりした桑島が肩を落として落ち込んでいると、とても不安になる。それとなく理由を探ってみても、するりとはぐらかされてしまう。佐藤も理由を知らないようで不安そうにしている。桑島は名前の恩人だ。恩人が困っているのであれば、出来ることに限りがあろうと力になりたい。そう思っているのに、何も出来ずに毎日はただ過ぎていく。

 善逸は元気そうで、炭治郎も元気であるようだ。手紙は喜ばしいことに途絶えることなく送られてくる。その手紙を読むことが名前の楽しみの一つであった。
 しかし、やはりというべきか、相変わらず善逸の兄弟子である獪岳からは手紙の一つも送られてこない。腹が立って仕方ないから、意地で今も名前は獪岳へ手紙を出している。もう獪岳だけに対し、名前は便りが無いのは良い便りと思うことにした。だが、無駄だと思いながらも手紙は出す。これは本当に根深い意地だと自分でも思う。
 返事はこない。
 いまだにこない。

 桑島に元気がなくなり、幾日か経った頃。名前は似たようなことがあったとじわじわ思い出してきた。獪岳と善逸が桑島の屋敷に来る前、それくらいの過去に。胸にいやなざわつきに襲われる。そんなわけない。獪岳は強い、桑島は獪岳を誇りに思っていた。鬼に、負けるはずがない。それに獪岳が鬼に負けたら、桑島はすぐに教えてくれるはずだ。隠す理由はない。だから大丈夫。

 ──しかし、そう信じて待ち続けていた名前の元に、恩人が鬼に殺されたという手紙がきてしまった。

 考えない様にしていた過去を、思い出してしまった。
 箒を持っていた手が止まる。側にいた佐藤が名前の異変に気付き、顔色が悪いと心配した声色で言う。絞り出す様に大丈夫だと言うも、信じて貰えなかったようで、今日は大事をとって布団で寝ていなさいと佐藤が部屋まで付き添ってくれた。
 誰もいない部屋の中で名前は大丈夫です、と呟く。大丈夫。大丈夫。これを肯定するものはどこにもいなかった。