桃と白詰草

「今日はもう休憩でいいわよ」
「え。はい、教えて下さり、ありがとうございます」
「いえいえ。善逸君と約束があるんでしょう?楽しんでいらっしゃい」
「はい」

 明日、時間があきそうだけど、名前ちゃんの予定はどうですか?と、佐藤と共にいた名前に尋ねてきた善逸のことを思い出しながら名前は頷いた。
 佐藤から名前は家事を習っている。掃除洗濯裁縫その他諸々。屋敷で働くことになる前に、家事をやったことがないと言ったら、この人に教えて貰いなさいと佐藤が紹介されたのだ。もう何年も習っている為、名前は中々家事が出来るようになっていた。

 桃を剥き、それを善逸に出した日に交わした言葉を善逸も覚えていたようだ。名前は美味しい桃がなる木を善逸へ教える。善逸は白詰草の花で輪っかを作る方法を名前に教える。名前はやっぱり白詰草を見ても、雑草だなとしか思えないので、善逸がどうやって白詰草で輪っかを作るのかが気になっていたのだ。
 廊下を進む。時間があきそうと言っていたが、修業は順調なんだろうか。気になった時は桑島の表情を見ながら、修業はどうですかときけば、なんとなくわかるのだけれど。詳しくは言ってくれないけど、桑島の表情はそれくらいにはっきり分かりやすいのだ。獪岳も分かりやすい、遠慮がないからもっと分かりやすく言葉を投げてくる。
玄関に行くともう既に善逸が待っていた。名前は善逸に頭を下げる。

「お待たせしてしまいましたか?」
「ううん!全然!」
「そうですか。ありがとうございます」


 桃のなる木はたくさんある。たくさん、くらくらするくらいに。初めてこの桃の木がある場所に足を踏み入れた人は必ず迷う。冬であれば葉がないので、ある程度見晴らしが良くなるが、それでも迷ってしまうはずだ。いつか来た桃泥棒が疲れ果てた様子で不貞寝して、桑島を待っていたことすらある。

「この木です」

 桃の木の前で立ち止まる。桃の木の横には桃の木があり、その横にも木がある。名前と善逸は桃の木にすっかり囲まれていた。
 善逸がその木を見上げ、うんざりとした声色で呟く。

「特徴がない。どれがどれだか全く分からないんだけど……。名前ちゃんはよくわかるね」
「慣れですよ。わかるのは、ここに五年ほどいるからです」
「えっそうなの!?名前ちゃん、何歳?」
「我妻さんと同い年ですよ、多分」
「そうなんだ!えっ!嬉しい!名前ちゃんと俺、同い年なんだ!名前ちゃんのことが知れてうれしい!」

 唐突にはしゃぎ始めた善逸を暫く見てから、名前は目を地面に向け、生えているであろう白詰草を探す。白詰草。白い花と共に生えていたような気がする。地面一面は青々とした緑で敷き詰められており、草を踏み締めた匂いがした。

「あ、ありましたよ、我妻さん。あれが白詰草でしょう」

 善逸に名前は声をかけた。素早い動きで善逸が名前の方を向き、さっとすぐ近くにまでやってきて名前が見ている地面を見る。

「名前ちゃん、あの……もしかして、楽しみに、してくれていたりする?」
「はい、してましたよ。我妻さん、お手本を見せてください。どうやるんですか?」
「名前ちゃんは俺のことが好きなんだね」

 善逸が堪らないように待ち侘びたような表情で言う。名前は否定も肯定をしなかった。善逸が白詰草の近くにしゃがみ、花の輪っかに必要な分を摘む。名前も善逸の隣にしゃがんで、慣れた手つきで輪っかを作っていく善逸の作業を、興味深そうにじっと見つめる。名前からしてみると、複雑な作り方だと思うのに、善逸はすいすいと難無くつっかえることなく完成させていった。
 完成した白詰草の花の輪っかは、歪さがなく簡単に解れそうにない、きちんとしたものだ。難しそうだと思う名前の頭に、善逸は反応を伺うようにこわごわと輪っかを載せる。名前は善逸の顔をぱちりとした瞳に映した。

「ありがとうございます。すごいですね、我妻さんは手先が器用だったんですね。練習したんですか?」
「うん、たくさんした」
「やっぱり。あんなに綺麗ですもの。同じように作れますかね」
「出来るよ!俺が、出来るまで、教えてあげる」
「よかった。どうかよろしくお願いします」

 頭の上の輪っかを落とさないようにしつつ、名前は善逸に頭を下げた。
 名前の初めて制作した輪っかは、善逸の頭の上におさまったのだった。