目覚め

 名前と文通をしていた竈門炭治郎が目を覚ました。何故かなほすみきよの三人に連れられ、炭治郎の病室へ向かっている名前は何も言わずについていく。
 竈門炭治郎。善逸が本当は自分が書きたかったが、ある時に代筆を頼んだ善逸の同期。蝶屋敷に来るまでは彼の文字や文章から読み取った性格しか知らなかった。真面目そうで、誠実そうな男の子。それが蝶屋敷に来て、名前は炭治郎の顔を知る。といっても初対面の炭治郎は包帯で顔がよく見えず、昏睡状態のため話も出来ないでいたが。
目が覚めて良かった。

「炭治郎さん〜」

 開きっぱなしの扉から病室に入ると、炭治郎が治療を受けているベッドの周りには既にわんわん泣いているアオイとカナヲがいた。三人はわっと炭治郎の元へ寄っていき、耐えていた涙をボロボロ流している。名前は安堵しつつ、咄嗟に持って来てしまった手拭いを号泣している面々に渡す。ぼんやりとどこを向いているかわからない瞳が名前に向く、それに気付いた名前が会釈をする。やはり見知らぬ人がいると気になるだろうかと、名前が引っ込もうかどうしようかを考えていると、遠くからドドド、と誰かがこちらに向かい、走っている音と聞き覚えのある悲鳴がきこえてきた。何だろう。名前がそう思った次の瞬間、病室に猪頭の男が飛び込んできた。

「ワハハハハ!!炭治郎!目ぇ覚めたってな!!見舞いにきてやったぞ!」

 妖怪だ。人間の言葉を喋る猪頭の男に名前は眩暈がした。鬼は滅されたとのことだから、この猪頭の男は新しい化け物ということになる。しかも、鬼とは違い、太陽が出ているのに活動をしている。

「痛い!伊之助っ、痛いって!加減をっ加減しろ!痛いんだよ俺はまだ全身!ねえ!」

 善逸の幻が見える。猪頭の男の脇にがっつり抱え込まれ、震えながら泣いている。名前はこの善逸は幻ではないのでは?と首を傾げた。「あっ名前ちゃ、」名前を呼ばれた。おそらく本物だろう。なら、つまり、善逸は妖怪に捕まっているのではないか?
 名前が唖然としている間に、伊之助と呼ばれた猪男はズカズカと炭治郎の元に大股で近付いた辺りで、善逸をベッドの端に少々乱暴に置く。喚く善逸を他所に、俺を心配させんじゃねぇと大声で炭治郎に対し言葉をかけている。善逸は良かったと炭治郎が目覚めたことを喜んでいる。
 賑やかだった。名前は伊之助と善逸に舌をもつれさせ、声をかすれさせながらも言葉を返す炭治郎を見て、彼は紅色の瞳をしていたのだと知る。

「あの、手拭いをどうぞ」
「ありがとうございます〜」
「名前さん、すみません〜」

 全員が落ち着き始めた頃、名前は追加で持ってきた手拭いを渡す。使用済みの手拭いは交換に新しいのを渡し、まだ持っていない相手にも手拭いを持たす。

「名前ちゃん〜、一度出て行っちゃったから、どうしたのかと思ったよ」
「手拭いを取りに行ってて。竈門さんは寝てしまわれたんですね」
「うん。やっぱり疲れているんだと思う」
「そうですよね……」

 自己紹介はまた炭治郎の容体が安定した頃にさせて貰おう。そもそも今日は、三人が炭治郎を心配する名前に気を使って連れてきてくれたのだ。

「おい、手拭い女」
「……わたしですか?」

 手拭い女。初めて呼ばれた。名前は呼ばれた方を向き、自分のことかと相手には確認した。やはりというべきか、猪頭の男がおり、名前を見ている?見ているのかわからないが、猪頭を名前に真っ直ぐ向けているので、たぶん名前を呼んでいた。

「えーと、名字名前です。初めまして。あなたは……」
「俺は嘴平伊之助だ!よく覚えておけ手拭い女!」
「嘴平……」

 そういえば、聞き覚えがある名前だ。そんな名の患者がいた気がする。ああ、そうだ、整った顔立ちの。普通の人間の顔をしていた、ということはこの猪は被り物? 安堵しつつ、名前は良かったと言わんばかりに頷く。

「はい。よろしくお願いします」
「いや!名前ちゃんには名前ちゃんっていう可愛い名前があるんだけど!」

 すかさず善逸が叫ぶ。名前ちゃんもそれでいいの!? いいわけではないが、少しずつ覚えさせていけばいい。名前は密かに心に決めた。