03

 髪色が変化した善逸は真夜中に目を覚ました後、混乱したように大騒ぎをして藤本にしめられた。散々しめられた後、震えながら名前にしがみつく善逸に藤本は大丈夫だと太鼓判を押すが、嘘だ死んでしまうんだと言ってきかない。最終的にやってきた桑島が善逸を黙らせた。
 あれから善逸は名前に好意的に接するようになった。いや、雷に打たれる前から友好的な態度だったけれど、目を覚ました日からぐいぐい来る。ぐいぐい来る。
 名前は戸惑った。これまで適切な距離感だったのに、急に壊れたかのようにこられると雷のせいかと疑ってしまう。藤本は正気で健康体と言い切るし、桑島は善逸は元々いまの善逸が素だという。今までの態度は一体なんだったのか、緊張でもしていたのだろうか。
 名前もここにきたばかりの頃は、右も左も分からずおどおどしていたものだ。家事手伝いということで身を置かせてもらっているにも関わらず、覚束ない手つきで桑島や他の家事手伝いの女性に迷惑をかけた。しかも、その時の名前の情緒は安定しておらず、今ではそれほどでもないあの少年の言葉が癇に障り、些細な事での小競り合いも多かった。そんな名前を桑島は見捨てなかった、本当にありがたい話だ。だから、善逸の態度を名前は叱れない。素を出すくらいここに馴染んでくれるならそれでいい。

 と思っていたのだが、最近善逸に元気がない。落ち込んでいる様だ。なにかあったのだろうか、尋ねてみるもはぐらかされるばかりで原因が特定できない。おそらくだが、桑島も考え込んでいる様子を見せているため、修行で何かあったのかもしれない。修業が原因では名前はどうにも出来ない。名前はただの家事手伝いだからだ。兄弟子であるあいつは善逸が気にくわないようで、兄弟子らしく面倒をみたりはしていない。つまり頼りにならない。どうしようもない状況だった。

 桃を見た善逸の表情に名前ははっとした。

「我妻さん、桃嫌いでしたか」
「いや! 嫌いじゃないよ。嫌いじゃないけど、ちょっと色々ありましてね! 」

 色々とはなんだろう。名前が来たことに引くほど喜んでいた善逸であったが、桃を見てわかりにくい程度にだが顔を強張らせた。だからてっきり桃が嫌いだと思ったのだけど、どうやらそうではないらしい。彼の誤魔化したいという気持ちを察した名前はあまり深くは追及しなかった。
 桑島の屋敷の近くには桑島が育てている桃の木がたくさんある。名前は収穫を手伝うだけで世話をしたことないが、あれだけの数の木の世話は大変だろうに桑島は苦労している様子がない。片足がなくても、桑島はあれだけの動きが出来るのだから、素直にすごいと思う。収穫にしてもそうだ、どこから人を集めたのかは知らないが、大人数でやることが多いもののやはり桑島が一番活躍しているように見えた。
 収穫したばかりの桃は丸くて色鮮やかだ。皮を剥くと果汁が出てきて手が汚れるのは嫌だが。
桑島が折角収穫したのだからと次の休憩に桃を切って二人に出してくれと頼まれた名前と佐藤はそれぞれ分担を決め、担当となった相手に桃を届けに来たのだ。佐藤が名前と若干仲が悪化している少年の方へ、名前が縁側で座り込んでいる善逸の方へとやっていた。名前が皿にのせられた桃を善逸は見つめている。

「食べないんですか? 」
「名前ちゃんは食べないの」
「ああ、お気になさらず。遠慮しないで下さい」
「ええ? いいの? 」
「はい。どうぞ」

 自分への思いやりは嬉しい、しかし名前のことなど気にしなくていいのだ。桃が嫌いなわけではない、まだそこまで腹が減っていないだけで。
 さあさあと勧める名前に善逸が折れた。善逸が桃を食べる姿を名前は読めない表情で見ている。
 桃を収穫した際、善逸と共に雷に打たれた木を見にいったが、本当に黒焦げになっていてぞっとした。藤本が言った通り、こうして善逸が生きているのは奇跡で有り得ないとすら言えることだった。髪が異国の人間のように派手になっても死ななかっただけマシだ。名前は善逸の金色を嫌ってはいないし、寧ろ迷子になったらすぐに見つけられて便利だと思っている。

「髪、見つけやすくていいですよ」

 唐突に思ったまま名前は言う。善逸は急な名前の発言に少しぎょっとした顔をした。しかし本音だと思ったのだろう。「そうかなあ」と名前に褒められたからか照れたような、しかし髪色が変わってからの周囲の反応を思い出し、複雑そうな顔で首を傾げる。

「すごく目立つんだよね、じろじろ見られるし」
「異国の方のような髪の色ですからね、皆さん珍しがっているんでしょう」
「名前ちゃん、異国から来た人のこと見たことあるの」
「いいえ、まさか。噂で聞いたんですよ。髪の色が稲の穂のような色をしていて、背が高くて、聞き慣れない言葉で喋るって」
「あー、間違えられてもおかしくはないねえ……あ、この桃美味い」
「良かったです。その桃がなっている木、今度教えますね」
「え!? 二人きりでかな!? 」
「そうですね」
「うわー! 楽しみにしてるね! あ、じゃあ俺も名前ちゃんに白詰草の花の輪っか作ってあげるよ! 」
「花の輪っか?楽しみにしていますね」

白詰草は抜いたことしかないので、善逸の言う花の輪っかは名前の興味を引いた。名前の反応に善逸は口の端を緩ませ、桃を食べていく。先程の強張った表情は見る影もなかった。