04

 善逸から花を貰ったので、名前は使っていない花瓶を引っ張り出し、花を活けて自室に飾る。異性から花を贈られるなんて初めてだった。初めての経験すぎて、渡された際に「それで、誰にお渡しすれば? 」とすっ呆けたことを言ってしまった。遠回しの拒否かと誤解されたとしても仕方ない。実際善逸にそう思われてしまい、なんとか誤解を解いたわけだが。
 なぜ花を贈ってくれたんだろう。
 その日の夜。名前は殺風景な暗い自室で布団に包まれながら、善逸が花をくれた理由を考えていた。
 花は好きだ。母も好きだった。名前は込み上げてきたものを抑える。……花が好きだと善逸に言った覚えはない。ここでは誰にも言っていないのに。女の子だから花が好きだろうと思ったのか。では、なぜ花をくれたんだろう。浮かない顔をしているように見えたのだろうか。そのような表情をしていたとは思えないが、他者からはそう見えていたかもしれない。辛気臭い顔をするなと言われたことがある。もしかすると、善逸は名前が浮かない顔をしているから、気を遣ってくれた可能性がある。善逸はやさしいから。一応、納得した。
 少しずつやってきた眠気に名前は目を閉じる。


 善逸はやさしい。ただ少し、人が好過ぎるかもしれないが。名前に対する態度は、今までどうやって暮らしてきたのかと首を傾げてしまいくらいだ。ここに馴染む前の善逸は、名前が困っていたら誰より先に名前の元に駆け、手を差し伸べたが、いまはもう困ってなくとも手を貸そうとする。それは困る。修業で疲れている善逸の手を借りてまで楽をすることを名前は望んでいない。家事は家事手伝いとして置いて貰っている名前の仕事であるし、名前がやりたくてやっていることだからだ。

「善逸君は名前ちゃんが好きなのね」
「はあ」

 台所で佐藤は味噌汁を掻き混ぜながら優しい声色でそう言った。微笑ましそうな眼差しに名前は気の抜けた返事をした。佐藤は名前の返事になにか言う訳でもなく、にこにこ笑ったまま味見をし終えた味噌汁を器によそる。
 好き。好意を抱いているという意味か。名前に対する善逸の態度から佐藤はそう感じたらしい。

 佐藤は藤の花の家紋を掲げる家の者である。彼女の祖父が鬼殺隊に助けられたのだ。それから家の家紋を藤の花に変え、鬼殺隊に尽くす一族になったらしい。医者の藤本とは血の繋がりがあり、いまは藤本の家に居候している。
 桑島が多忙で手が離せない時はこうして調理が苦手な名前を手伝ってくれる女性だった。佐藤は料理が上手で、彼女の料理は大変好評である。

「まあ、良くして頂いています」
「あら、うふふ。そう、良かったわねぇ。仲がいい事はいいことだわ。でも……私が言った好きと名前ちゃんの考えている好きじゃないと思うけど……」
「はあ」

 佐藤はたまに難しいことを言う。ついていけない名前は佐藤の隣で後片付けを進めるしかなかった。しかし、あまり良くない名前の反応にすら佐藤は微笑ましいという姿を崩さない。だから名前の背はむずむずして、居心地悪く感じてしまう。

「善逸君がなんで花をくれるのか気にならないの」

 好奇心に満ちた声だったら名前は軽く流していた。けれど、そんな声色ではなかったから―佐藤はそんな声色を出す人ではないとは分かっていたけれど―軽く流せなくなった。名前の口が開く。

「そういうこともあるかな、と」
「もお」

 くすくす佐藤に笑われる。これがいやだ、なんだか酷く居た堪れない気分になるから。
 初めて花を贈られた日から何日か経った。善逸は飽きることなく、名前に花を贈っている。ほぼ毎日だ。花の種類など名前は分からないが、見たことあるものからないものまで様々な花をくれる。名前とてここまでくると、善逸が花をくれる理由が名前が浮かない顔をしているからではないと気付く。善逸が名前に取る行動をなぜかと考えた夜が今日までに幾度かあったがわからなかった。おそらくは善意だと思う。善逸は嫌がらせをする顔をしていなかったし、受け取った後は嬉しそうな表情に変わる所を見ると。その理由は、今日も思いつかないが。

「もしかして佐藤さんは我妻さんが花を贈って下さる理由が分かるんですか」
「ええ、もちろん」
「へえ……教えてくれたりしますか」
「しません、うふふ。それはねぇ、名前ちゃんがよぉく考えた方がいいのよ」
「そうですか」
「そうよ」

 名前は佐藤に頷いてみせる。
 遠くで人が廊下を歩く音がきこえる。桑島たちが修業から帰ってきたのだ。これが桑島ではなく、見知らぬ他人だったら恐ろしい話だが。鬼だったら、もっと。日が落ちる時間が長くなった今は、元柱がいる屋敷では、あまり関係ない例えかもしれないが、ありえない話ではない。善逸らしき声が耳に届く。それに苛立った言葉を返す声も。

「さ、運びましょ。私達も運び終えたら食べましょうね」
「はい」