06

 名前が切り火をするための火打石を取ってきた時には、善逸の両頬が見事に腫れていた。側で桑島が善逸に喝をいれていたため、おそらく桑島がやったのだそう。いや、そもそも善逸にそうするのは桑島しかいない。名前は素早く善逸と桑島の側に寄る。

「おまたせしました。やります」
「待って待って待って、早い、早いんだけど!? やりますってさっさと行けってこと!? うおー、いやだ死にたくない! 行きたくない! 」
「やめんか善逸! 」

 名前に縋り付こうとした善逸が間髪入れず桑島にぶたれる。最終選別へ向かうのにこんな大騒ぎするなんて、鬼殺しに行くこととなったらどういう騒ぎ方をするんだろうと名前は心配になった。
 ちなみに善逸の兄弟子である青年は泣くことも喚くこともせず、多少の怪我をしながらも最終選別から帰ってきて、今はもう鬼殺隊の隊士として活躍している。青年は桑島にしか手紙を寄越さないので、近状すら桑島から教えられないと分からない状況だ。それに腹を立てた名前がめげずに手紙を送り続けているが、しかしあいつからは何の返事もない。かなり悔しい、かなり悔しくて仕方ない。ほぼ意地で今も手紙を送っているけれど、さっぱり返事が帰ってくる気配が無い。名前が嫌いだからってこんなことあるのか。どうなっているんだ。
 桑島に言われ、名前は最終選別に行くあいつに切ち火を打った。それに善逸は興味を持ったらしく、その時に名前は善逸へ最終選別に行く時、切り火を打とうと約束したのだが。
 最終選別を拒否している善逸を見て、そんなに最終選別の内容は恐ろしいのだろうかと考える。初めて修業に行った日から今日まで様々な善逸の拒否行動を見てきた名前だが、これほどまでに激しく拒否する善逸を目にするのははじめてで動揺している。
 しかし、その善逸を送り出すと決めたのは桑島だ。桑島が善逸の実力を信じて送り出そうとしているのに心配するなんて失礼ではないだろうか。でも心配は心配である。

「名前」
「は、はい」
「話は済んだ。善逸に切り火を打ってくれ」

 先程よりずっと大人しくなった善逸の頬がひどくなっている。名前が考え込んでいる間に桑島にやられたようだ。善逸はじっと静かに名前が火打石を打つのを待っている。
 名前はそんな善逸を見て、なにか声をかけようかと迷う。いや、しかし、自分は部外者で、なにもしらないのに。そんなことを言ってもいいのだろうか。

「……名前ちゃん? どうかしたの」
「その……」

 時間の空白を疑問に思った善逸が名前の方を向く。ちらりと確かめるように名前は桑島の方を伺う。目があった桑島が名前の迷いを汲み取ったらしい、許可を出すかの如くに頷く。名前はそれに覚悟を決めて、口を開いた。

「生きて帰ってきて下さいね。……待っていますので……」

 頼りにならない声だった。もっとはっきり、なんでもないように言うつもりだったのにと名前は誤魔化すように切り火を打つ。火花が走る。
 が、善逸は名前の言葉に心を揺さぶられたらしく、静寂を投げ捨てて歓喜したような声色で叫ぶ。名前の手は火打石で塞がれているため、掴むのを躊躇った両手を宙にぶんぶんと忙しなく動かしだす。

「名前ちゃん……! 俺、頑張るから! 名前ちゃんに会いに絶対に帰って来るから! 絶対、ぜったいに! でもやっぱり死にたくない! 」
「だからやめんか善逸! 」

 善逸が桑島と名前に見送られ、こちらをちらちらと振り返りながらも最終選別が行われる藤襲山へと向かって行く。善逸の姿が完全に見えなくなった頃、名前は桑島に頭を下げた。桑島はすぐさま頭を上げるように強く言う。そうしなければ名前は言うことを聞かないことを桑島はすでに知っていたからだ。名前は渋々頭を上げた。

「桑島さん、申し訳ありません。我妻さんを落ち着かせて下さったのに」
「いや、善逸も名前からの言葉が必要だろう」
「そうですかね……」
「ああ、儂が言うのだから大丈夫だ」
「……はい」
「善逸たちが来てから名前は元気になった、儂はそれが嬉しい」
「……元気に見えるのでしたら、勿論彼らのおかげかもしれません。ですが、ここに来ることを許して下さったのは桑島さんです。元々は桑島さんがきっかけを与えてくれたお蔭です。感謝してもしきれません。ありがとうございます」

 過去を振り返りながら名前は感謝の思いを桑島に伝える。固い言葉であったが、名前の浮かべた表情を見て、桑島は眉を下げた。