07

 最終選別から帰ってきた善逸は衣服の汚れ以外、特に目立った外傷を負っておらず、五体満足で無事だった。桑島はそんな善逸にお前の実力だと喜びを噛み締めるような、感情をのせた声色で善逸に語りかけていた。善逸はこんな顔を恩人にするのは大変申し訳ないのですが何を言っているのか全然理解できないんですけどの顔をしていたし、実際そのようなことを叫んでいた。善逸が無事に帰ってきたという知らせを佐藤から受け、善逸と桑島の元に駆けつけた名前はそんな二人に対し、何と声をかけていいか分からなかった。その後名前の存在に気が付いた善逸の様は言うまでもない。
 その日の夜は、善逸が最終選別を突破した祝いで夕餉は善逸の好物が置かれた。

 日輪刀。という刀が届けられるまで善逸は桑島の屋敷にいていいらしい。日輪刀が届いたのならすぐさま鬼を狩りに東西南北、距離など構わず向かうようにとのことだった。そんなに鬼がいて、鬼に苦しめられ奪われている人間がいるだと思うと暗い気持ちになる。鬼から人を守る為に鬼殺隊はこの世に存在するのだ。
 名前はすぐ側で日輪刀が来ることに怯えている善逸を複雑な眼差しで見つめる。名前は善逸からこれを隊服の上に羽織りたいと相談を受け、その着物の調節をしている最中だった。時々、側でぐずる善逸を立たせ、邪魔なところはないかと尋ねる。おそらくこんな調整など必要ないだろうが、何か善逸の役に立ちたい気持ちになったのだ。

「日輪刀ってどんな感じの刀なんですかね。日輪ってつくんですから、太陽と関係あるんですかね」
「俺にも分かんないや……。じいちゃんにきいたら分かるかも。あ、そうだ! 日輪刀がきたら名前ちゃんにも見せてあげるよ! 」
「……いいんですかね。じゃあ、ちょっと桑島さんに見ても大丈夫かどうかをきかないといけませんね」

 隊服を着た善逸はいつもとはまた違った雰囲気だった、とっている行動はいつも通りの善逸であったが。彼の背中の大きな滅の字が、いつしかの記憶と重なる。滅の字が桑島と色違いの着物で覆い隠される。

「お似合いですよ」

 黒い隊服に黄色い着物を羽織った善逸はちゃんと隊士に見える。名前に褒められた善逸はぐずっていた表情を喜びに一転させた。桑島に見せてきたらどうだろうかという提案に頷いた善逸は名前を誘ってくれたが、断って一人で行かせた。  


 後日。
 ひょっとこの面を被った男が、出来上がった日輪刀を届けに桑島の屋敷を尋ねてきた。ひょっとこの男は鉄間と名乗った。カクカクしている鉄間を前にした善逸がまずい奴が来ちゃったなといった表情を浮かべていた。鉄間に茶を出した名前は外出するにもひょっとこの面をしている人にお茶を出してよかったんだろうかと思った。
 桑島の斜め後ろ辺りに座った名前は成り行きを見守る。日輪刀を見てもいいかと桑島に許可を貰いに行った名前はどうせなら日輪刀が届いて、善逸がそれを握る場に同席したらどうだと言われたのでそうすることにした。鉄間が持ってきた長細い箱に納まっているのが日輪刀だろう。日本刀を見たのは初めてだが、見た感じは特別な印象はない。ささっと鉄間にぐいぐい刀を手に取るよう勧められた善逸が恐々と持つ。
 善逸が持った刀の刀身が黄色く染まり、稲妻のような模様が現れる。

「いいですね。黄色。稲妻模様。雷の呼吸を使う方はみなさん、刀身は黄色くなり、似た模様が浮かび上がるんです」

 鉄間が惚れ惚れとした様子で刀にひょっとこの面を向ける。善逸は刃の変わりように魂を抜かれた反応を見せた。
 日輪刀。持ち主によって色が変わるため、別名は色変わりの刀。よく刀を知らない名前でも日輪刀が特殊な刀であることが分かった。だって、もし普通の刀が色の変わる刀だったら、名前は刀は変わるものだと常識として知っているはずだ。
 この刀が鬼を狩る道具。鬼殺隊隊士の唯一の対抗手段。
 名前はこの模様を今日まで見たことがなかった。恐らく名前を気遣ってのことだ。でも、見せてもらえばよかった。刀身に走る模様は、本当の稲妻のようで美しい。膝に置いた手を力強く握る。今更後悔したって何もかもがもう遅いが。


 善逸に鬼殺の命が下った。
 朝餉の終わり時に雀が手紙を運んできたのだ。そういえば善逸が最終選別に受かった他の同期たちは鴉だったのに、自分だけ雀だったと愚痴っていた。鴉と雀ってあまりにも違いすぎないか? どうなっているんだろう。善逸は指令の書かれた紙を読み終えるなり、ぎゃああとまるで幽霊でも目撃したかのような反応で紙を放り投げた。桑島はなんなくその紙を回収したため、すぐさま善逸が任務に向かう準備がされた。名前が唐突だな、と思いつつ、隊服と羽織を用意する。
 善逸は相変わらず拒否しているが、桑島が何とかするだろう。しかし、桑島の屋敷から出たら、善逸は一人で鬼狩りをしなくてはいけないのだろうか。鬼殺を命じられる度にああして泣き叫ぶのかと想像すると、とても心配になる。善逸が最終選別に生き残ったことは紛れもない事実であるが。

「無理無理無理! 行きたくない! 助けて! いやあああ助けて!」
「善逸! お前なら大丈夫だ。自分を信じろ」
「何を信じろって!? 選別のときも俺、何もしていないんだけど!? 」

 最終選別の時と似た光景だ。名前は火打石を構え、二人の行く末を見守っている。しかし、この前名前が火打石を探している間にこういう言葉が交わされていたのか。自分がその場にいなくてよかったと改めて思ってしてしまう。なにも出来ないからだ。実際、いま巻き込まれているが、名前はなにも出来ていない。役立たずだ。ただただ見ていることしか出来ない、ずっと。

「名前ちゃん……? 」

 少し落ち着いたらしい善逸に名を呼ばれた。涙も鼻水もそのままで善逸が、名前を真っ直ぐに見つめている。善逸の口がまた開く前に、名前はなんでもいいから言葉をかけるんだと自分に命じる。

「――ああ、我妻さん泣きやんだんですね。お気をつけて下さい。鬼は、ひどく厄介な存在です。ここから無事を願っています」
「え、いや、頑張る! っていやいやいや、嘘! こんなことある!? 」
「……善逸まずは落ち着け」

 最終的に善逸は散々喚いた後、この世の終わりが迫っているときかされたような顔でとぼとぼと桑島の屋敷を離れて行った。名前と桑島は善逸を小さくなるまで見送った。