08

 落葉を箒で片付けていた名前は、鴉が自分に向かって手紙を落としてきたのに驚きの声をあげた。手紙を渡した鴉は役目を果たしたと言わんばかりに一回鳴いた後、名前を見向きもせずに颯爽と空に消えて行った。桑島の言った通り鴉が本当に届けに来てくれるとは。鬼殺隊の鴉は野生の鴉と違うようだ。鬼殺隊で訓練を受けているのだろうか。野生の鴉もそれなりに賢いが、鬼殺隊の鴉の方がずっと賢い。
 ところで、善逸に訴えるようにちゅんちゅん鳴いていた雀はやはり、先程の鴉と同じ鬼殺隊が飼っている雀ということでいいのだろうか。なぜ鴉ではなく雀を善逸は宛がわれたのだろう。鴉が足りなかったのかもしれない。
 名前は手の中に落とされた手紙を見る。我妻善逸。つい先日、鬼殺隊の隊士として日輪刀を腰に下げ、雀と共に桑島の屋敷から鬼を狩るために出て行った善逸からついに手紙が届いたのだ。仕事を終わらせたらじっくり読もう。名前は手紙を懐に仕舞う。

 仕事を終わらせた名前は自室で懐から少し草臥れた手紙を出す。内容はなんとか生き残っているということが書かれていた。鬼狩りについては書かれていない、気を遣われている。今頃、桑島の元にも手紙が届いているだろう。間が良ければ、二通ほど。手紙が届いたあとの桑島は上機嫌で名前も嬉しくなる。
 

 鴉から届く善逸の手紙に炭治郎と伊之助という名が載るようになった。どうやら善逸の同期で行動を共にしているらしい。文面から受ける彼らの印象は、炭治郎はとても真面目で優しい人。伊之助は猪の被り物をいつもしている人。だった。猪の被り物ってなんだろう。地域の縁起物か? 鬼を狩る際も被っているのか、苦しくはないのだろうか。あともう一人、まだ書いていいか分からないから書いていないけれど、同行している子がいるらしい。書いていいかわからないとは、一体どんな子だ。

 曇りの日だった。
 鴉がやってきたのは、名前が休憩に入ろうとしていた時だ。
 慣れた速度で飛んできた鴉が、今回は気紛れに名前の肩に乗った。縁側に名前がいたからか、鴉が名前に慣れたかは分からない。だって鴉はなにも喋らないのだ。乗られた際、思ったよりも鴉は重くずしりときた。鴉から名前は手紙を受け取る。手紙を受け取っても鴉は旅立たない。名前はゆっくりと犬や猫にやるように怖がらせないよう鴉に指を差し出す。摘ままれない。頭を撫でてみる。抵抗が無い。真黒の瞳が名前を映している。思ったよりずっと可愛らしい。

「ありがとうね」

 気が済むまで撫で、手を離すと鴉は一鳴きして名前の肩を降り、助走をつけて去っていった。名前は手紙を見る、二度見する。
二通。二通? まさかついに返事が来たのか、と慌てて名前は宛名を確認する。我妻善逸。竈門炭治郎。……竈門炭治郎、誰だ。名前は眉を顰める。見覚えのない字で、全く知らない名だ。善逸の名が書いてある手紙をまず読んでみることにした。読めば竈門炭治郎という人がなぜ手紙を送ってきたのかが分かると思ったからだ。
 ──善逸が手に怪我を負い、短い期間使えなくなった。手紙を出さない、そう困った善逸が同期の竈門炭治郎に代筆を頼んだとのことだった。確かにいつもの善逸の字とは違って、角がしっかりしていて、とめはねはらいがきっちりしている。黙々と読んでいる途中で、そういえば善逸の手紙に炭治郎と出てきたなと名前はするする思い出した。炭治郎から送られてきた手紙には、自己紹介と善逸の怪我についてと彼の様子が書いてあった。炭治郎という人は善逸の手紙通りの性格なんだな、と名前は手紙を畳みながら思う。

「竈門さんにも返事を出さないと」

 せっかく手紙をくれたのだし。見知らぬ人であるが、それは炭治郎だって同じだ。もしかすれば代筆の手紙を善逸に頼まれる際に、名前のことを聞かされているかもしれないけれど。名前は炭治郎にお礼の手紙を出すことを決意した。それほど社交的な性格ではないが、しかしお礼を言わないわけにはいかない。面識の無い相手へ手紙を書くなんて初めてで、いまから緊張してきた。
 ……二通手紙が来ていたのを見て、もしかしてついに、と期待した自分に名前は落胆にも似た気持ちを抱いた。手紙を返すのは相手の自由だ、だから返事を寄越さない相手にこんな気持ちを抱くのは身勝手だ。まあ、身勝手で送っていても返事は欲しいからこれからも書き続けるが。

 それからなぜか名前と炭治郎は文通することになった。なぜだろう。やはり人生はなにがあるか分からない。