*ネタバレ注意です。そこまでではありませんが、Apo未読の方は気をつけて下さい。


「言峰さん、また外国に行くんですね」
「はい、そうなんです」

穏やかな微笑みを浮かべ、十代後半にも見える言峰さんは私の質問にやわらかく頷いた。
こんな昼間に出発して大丈夫か思い浮かんだが、まあ過去数回この時間に旅立っていったのだし、大丈夫なんだろう。
私に気が付いた言峰さんは、こちらの方にゆったりと近付いてくる。

ご近所、というわけでもないが、それなりにとある教会に近いところに住んでいる私と、教会の神父さんを務めている言峰さんはよく話す仲である。
褐色の肌に黒いキャソックを纏う言峰さんは、初対面の際に判明した歳の割に若々しく、歳の差がほんの僅かであるはずの私よりもずっと年下に見える。羨ましい限りだ。会ってから数年経っているが、本当にあれから何も変わっていない。……ちなみに私の方が年上だ。
そんな言峰さんは会う度、何かを持っていることが多い。
例えば買い物袋だったり、道具だったり、旅行用のトランクだったり。
最も多いのは、トランクだろうか。
理由も事情も知らないが、よく言峰さんは旅行へ行く。
その様子は旅行を楽しみにしているわけでもなく、何らかの使命感を抱いているように見えた。刺々しく、緊張感のある雰囲気。
真剣で、ひたすらな様は、そう私の目に映った。
何も知らないが、しかし言峰さんから溢れるやる気や気迫は目を見張るものである。つい、応援したくなるほどに。

「今度はいつ帰ってこられるんですか?」
「そうですね……、具体的な日付は決まっていないんです。とても、大切なことを終えるまで帰ってこないつもりですので」
「それはそれは……なるほど、お体に気をつけて下さいね」
「大丈夫ですよ。体の頑丈さには自身がありますので」
「よかった。良い旅を」
「はい。では失礼します」

きっとすぐに終えて帰ってくるだろう。あれほど頑張っていたのだから。
そう私は確信のないことを簡単に考える。
それではと頭を下げる言峰さんに頭を下げ返し、ほうきを手に家へと向かう。
次は何をするんだったか。ああ、そういえば寝床の電球を変えたっけ。じゃあ、電球を買いに行かないと……。
無事に大切なことを果たせるように願いながら、私はドアノブに手をかけた。

「はい。全てを救ってきます」

―――言峰さんが、言ったような気がして、私ははっと振り返る。
けれど、もう言峰さんは歩き出しており、そんな素振りなどは見せていなかった。
気の、せいだったのだろうか。
私は不思議な気分になりながらも、家の中に一歩足を踏み入れた。

それから、言峰さんが帰ってくることは、なかったのだった。