*捏造聖杯戦争中。「アサシン」として召喚されました。
*こんなの風魔小太郎じゃない……感あります。
*流血注意。血の処理の仕方にはお目をお瞑り下さい。血とか無理という方はお戻りください。
*夢主は病弱。


口の端から血が一筋伝い落ちていく。
わたしは暗くしてある部屋の中、フローリングの床に作ってしまった血溜まりを、どう処理しようかを考えていた。
まだ、咳き込み、吐き出したせいで乱れた呼吸は整わない。
僅かに違和感を覚える喉を擦りながら、わたしはなるべく血溜まりでパジャマを汚さないよう気を付けつつ、ふらつく足を動かしてベッドの近くの棚の上に置いてあるタオルを手に取った。
このタオルは、両親に雇われているお手伝いさんが用意してくれたものだ。
清潔そうな白いタオルを汚すのは気が引けるけど、せっかくお手伝いさんが用意してくれたものを使わないのも、申し訳ない。
わたしはふらふらとタオルと一緒に血溜まりの所に戻る。
部屋は暗い。
それでも窓から差し込む月の光が、ぼんやりとやわらかく部屋を明るくしてくれて、床を綺麗にする作業を手伝ってくれている気がした。
なんとか血で汚れなかった手で、パジャマの邪魔な部分を縛り、それからタオルで血を拭き始める。
口の中の血は、部屋の中にあるお手洗いでなんとかすればいいかな。
窓は開いているから、匂いは大丈夫。
と床を綺麗にしていれば、がたりと音がして。

「主殿……?」


聖杯戦争。
わたしがその存在を知ったのは、もう、ずっと前のこと。
おうちにある、地下室の、隠し扉の奥の、奥の本棚にあった本に書かれていた、おとぎ話。
マスターとサーヴァント。三画の令呪。願いを叶える願望機。万能の杯。聖杯を手に入れるための、戦争。
小さい時の、ううん、今のわたしの夢を唯一叶えてくれそうなお話に、その時のわたしは心を奪われた。夢を、見せられた。
……わたしのからだは、ずっと弱くて、いつ死んでもおかしくなかった。
物心ついたときにはもう、病院とおうちを行き来する日々だった。
お外には自由に出られない。学校にも行けたことが無い。
だから、わたしは、からだを治したいって思って、願って。
――わたしはサーヴァントを召喚した。


「アサシン、帰って来たんだね」

いつのまにかわたしの部屋に帰ってきていた、アサシンに声をかける。
アサシンは床に蹲るようにしているわたしの元へ駆け寄ろうとして、出ていく前にはなかった血溜まりに気が付いた。
あ、とアサシンは小さく声を漏らして、足をぴたりと止める。

「ごめんね。驚かせちゃった?」

召喚してすぐ、聖杯への願いと一緒に、からだが弱いことを伝えたけど、こういう症状らしい症状を見せたことは、そういえばなかったような気がする。
……驚かせちゃったかな。

「血が、え……と、病が悪化したのですか?」
「ううん。いつものことだから、気にしないで」

血溜まりを避けて、アサシンがちょこんとわたしの側に座る。
気遣わしげな視線を、赤く長い前髪の奥から感じた。
案外冷静だなあ。忍者だからかな、それともサーヴァントだからかな。
僕がやります、と言ってくれるアサシンに大丈夫だと言うけど、中々引いてくれない。
服が汚れます……と呟くアサシンの言葉に言葉を返していると、急に咳が込み上げてきた。
血を吐く。直感でそう思い、けれどもどうしようもなく、激しく咳をしてしまう。
アサシンが背中を擦ってくれるのがわかった。
濁った声。
液体が床に落ちる音。
鉄によく似た匂い。
――また荒くなった呼吸を整えようと、からだが多くの酸素を取り込もうとする。
ぱたぱたと、口の周りから血が、水滴みたいに飛んでいる気がした。
パジャマと床が汚れちゃうかなあ。
ぼんやり思いながら、せめて血が落ちないようにと口元に当てようとした手を、横から伸びてきた白い手が、その手の行動を掴んで止めた。
わたしは目を瞬かせて、アサシン?と名前を呼ぼうとすれば、アサシンの顔がぐんと近付いてきて、柔らかいものがわたしの口に触れた。
覆った、と言った方が、合っているかも。
アサシンーーその言葉を形作るために薄く開かれた隙間から、ぬるり、異物が入ってくる。
口内を探るように、歯の裏や頬の内側を、どうしたらいいかわからないで硬直している舌を、滑る何かで撫でられる。……アサシンの、舌……が、たぶん、血を、集めて、いる……?
そんな、感じの、動き、だ。
わたしは鼻で息を整えつつ、アサシンの顔を見てみた。
すこしだけ、頬より下の肌が赤く見える。いつもは見えない左目が、閉じられた状態で晒されていた。睫も、赤色なんだ。

舐められて、吸われて、口内に広がっていた血の味が無くなる頃、アサシンの舌が引っ込んでいった。
そしてそのあと、ごくりと呑み込んだみたいな音がして、アサシンは我を取り戻したように、わたしから勢いよく離れて行った。
ぱっと、顔色を青白く変化させる。

「……申し訳、ありません」
「?いいよ?でも、いまのなあに?何の意味があったの?」

アサシンに頭を下げられて謝られても、何に対して謝られているのは、わたしには全くわからない。
首を傾げて、さっきの行為の意味をアサシンに尋ねてみる。
しかし、アサシンは口を噛み締めるみたいに閉じ、答えることなく俯いた。
静かな時間が続く。
けれども待っても待っても、アサシンの口が開くことはなかった。
ちょっとの戸惑いを、その沈黙からわたしは感じた。
……答えたくないのなら、無理に聞くこともないかな。
また血で汚れちゃった床を、血を吸ったタオルで綺麗にしても、汚れを増やすだけかもしれないなあ……うん、洗ってこよう。
わたしはタオルを手に立ち上がり、部屋のなかのお手洗いに向かう。
あ、どうしよう、ドアが閉まったままだった。

「アサシン、ドアを開けてもらってもいい?」

いつもするお願いを縮こまるアサシンに向けて言えば、またの沈黙の後、「あるじどのは……いえ、……なんでも」と言い、素早くドアを開けてくれた。