「あーあーあー、出来ないよ〜こんなの」
「どうした、主」
「あ、山姥切国広〜いいところにきてくれたね。みてよ、これ。難しくない?無理でしょこんなん器用な人じゃないと」
「……これがか」
「うん」
「混ぜるだけのやつなのにか」
「混ぜるだけでも大変ものは大変なの!分量を誤ったら全く違うものができちゃう……あああ……また失敗した……」
「不器用だな」
「え?そんなこと言っちゃうの?じゃあ、山姥切国広もやってみてよ。ほら、これにいれて、それからこの意味わかんないのにいれて混ぜるの」
「ああ…………」
「出来てないじゃん、ねえ、出来ないじゃん」
「…………俺も不器用みたいだな」
「そだね、私に似ちゃったのかなあ」
「主に?」
「そう」
「似るのか?刀が主に」
「似るみたいだよ。前に刀と主の性格や思考は似るのか?とかいう実験やって、ある程度は似ますよーっていう実験結果が出たって情報きたし、あと顕現する時に強く思ったことがあったのなら、それに刀剣が引き摺られるみたい」
「…………なるほど、わかった」
「なにがわかったの?山姥切が私に似たってことがわかったの?」
「そうだ」
「お、なんかごめんね」
「いや、謝ることじゃないだろう」
「そっか。でね、これ、政府から頼まれたものなわけ。自分たちでつくればいいのにね」
「……政府は、面倒事ばかり押し付ける」
「そう。まあ仕方ないかな。これも仕事だしね。やるしかないよ」
「………」
「?なに?どうしたの、そんな目を向けたりして」
「いや、……なんでもない」




無と名乗った主がわあわあとあらゆるものに怯えている。
暗闇に。
初めての環境に。
審神者としての仕事に。
その責任に。
これからの先が予想もつかない生活に。
和風の本丸に。
変な模様が顔に描かれているこんのすけに。
自分が顕現させた山姥切国広に。
全てに。
今も白いかけ布団に包まり、どうにか自分の身を守ろうと懸命にしている。
山姥切国広はといえば、一体どうすればいいのかとぐるぐる包まる無の側に棒立ちでいた。
どうしたらいいのか全くわからない。
なぜ自分がこんな目に合わないといけないのだ。
そもそも主とうまくやっていけるのか。
主はなぜああなったんだろう。
どうすれば主はあそこから出てきてくれるんだ?
色々な疑問が山姥切国広の脳裏に浮かんでは消えずに、山姥切国広の明確になったばかりの感情を圧迫していく。
恐る恐る近付いてみれば、何事かを呻いている。なんの言葉であるかは、わからなかった。これより前はもっと具体的に叫んでいたのに、ひとまずは落ち着いたのだろうか。
とりあえずこうしていても埒が明かないと、山姥切国広は意を決して無に話しかける。

「主」
「……うん、ちょっと待ってて……」

呻き声でそう返される。もぞもぞ、うごうご白い布団が動くも、顔はみせないままだ。まだこうしていたらしい。

山姥切国広を顕現してすぐ無は倒れた。
混乱する山姥切国広とは裏腹に周囲の政府の役人はやけに慣れた様子で淡々と落ち着ており、倒れた無をさっさと山姥切国広に抱えさせ、では本丸に向かって下さいと、困惑するこんのすけに早く早くと誘導させた。
山姥切国広は絶対こいつらは信用ならない奴等だと思った。
こんのすけについてはまだわからない。
気付けば現世へと続く道は政府の奴等が塞いでいて、本丸へと向かう道しか残されていなかった。
だから仕方がないので、本丸への道を歩くしかなかった。
こんのすけに促されるがまま押し入れから出した布団の上で目を覚ました無は、当たり前だが元気とは言い難く、状況を理解すると一気に不機嫌となった。
どうやら政府の対応が気にくわなかったらしい。
ありえない対応とはきいていたけど、ありえなさすぎ。やら、山姥切国広に説明もしていないの!?と倒れてからの様子を説明するこんのすけに詰め寄る無に、山姥切国広は同じ心境であったため、なにも言えなかった。

「私、無。一応、貴方の主。倒れてごめんなさい。貴方は山姥切国広でしょ、よろしくね」
「……山姥切国広だ。……何だその目は。写しだというのが気になると?」

え、なに、という目をされた。
少し揉めた。

で、はじめての出陣でぼこぼこにされた山姥切国広は、本丸に帰還してすぐ急いで無に手入れをされた。
手入れをする手を止めないで、こんのすけにおうこれ一体どういうことだと先程よりも苛立ったように叫ぶ無は、手入れを終えるや否やぶっ倒れてしまった。
無と入れ替わるようにどういうことだと詰め寄る山姥切国広の気迫に押され、半泣きとなったこんのすけいわく無はまだ霊力の扱いになれていないらしい。
だから先程、山姥切国広を顕現した際も倒れたのだと言う。
また山姥切国広は無を抱えた。なんかもう慣れた。慣れるしかない。
そして、これだ。

「いやだ……こわい……」

こわい、こわい。布団の中で主が呻く。怯えているものはわかった。主があれがこわい、これがこわいと言っていたからだ。己がそれらの対象に入れられていることに山姥切国広は不満を覚える。こんのすけについてはわからないので否定のしようがない。
山姥切国広は強い声色で再度、無を呼んだ。

「主、」
「うん、うん、待って……」
「あんたが斬れと命じれば、俺はそれをなんであれ構わず斬る。あんたの命令だからな。だから、あんたがそうやって怖いなんて言う必要なんてない」
「……………………」

言い足りないが、とりあえず伝えたかったことを山姥切国広が言い終えると、勢いよく白い布団が宙を舞った。
主だ。主が手で布団を押しのけたのだ。主が、颯爽と立ち上がる。
穏やかそうな赤い目元をぎっと釣り上げ、敷き布団と乱れた掛け布団の領域から出てくる。そして山姥切国広の元に来て、頭を下げた。

「ごめんなさい、山姥切国広。私、臆病で自分勝手だから、こんなことしちゃって。勝手に怯えちゃって。混乱させちゃったね。でも、そういってくれてありがとう。初期刀が、山姥切国広がやさしい刀でよかった」

急な展開に驚く山姥切国広に、無が腹を括ったような笑みを浮かべる。
顕現された一瞬、崩れ落ちる前の強張ったような顔を山姥切国広は思い出す。
情けない自分を恥じるみたいに、無はふと目を伏せた。

「本当にごめん。山姥切国広が来る前に目が覚めたんだけど、廊下に出ようとしたら思ったより暗くて……怖くなっちゃってさ。そしたら一気になにもかもが怖くなって……。情けない主でごめんね。今日は一緒に寝よう。この後の事を決めるためにこんのすけと話すから、一緒に来て」

こんのすけにも謝らないとね!と無は部屋を出ていこうとする。
あまりの切り替えの早さにくらくらと眩暈を覚えたが、それはそれとして布団から出てきてくれて良かったと安堵した。
……どこか引っ掛かりがあるような気がするが、気のせいだろう。
まあ、広い本丸を進む無の足取りは悪く、積極的にきょろきょろ辺りを見渡していて、かなり落ち着かない様子ではあるが。
山姥切国広は溜息を吐き、廊下の明かりを探す主の後をついてゆく。

そして、そのあと短刀を顕現させるのは明日となり、明日へ向けて夕食をとる方針となり、山姥切国広は本当に無と一緒に寝ることとなった。