※少々閲覧注意。



「…ぼーっとしてるようだけど、何を考えているの?」
「何を考えているかだって?そりゃあもう、大包平が今日も―」
「え!?大包平!?」

大包平。私は顕現したばかりの鶯丸の台詞を遮り、つい叫んでしまった。
大包平。近侍を任された鶯丸が、私の大声に目を僅かに見張るが、そんなこと知ったことではない。
大包平。鶯丸の言葉は私に凄まじい衝撃を与えた。
自分でもわかるような満面の笑みが浮かび、両手をばちんと叩き合わせる。
高揚が抑えきれない。
つい、鶯丸に書類を放り出して詰め寄った。この時の私には書類も、鶯丸も気にかける余裕は残ってなかった。

「貴方大包平のこと知ってる!?お願い!一から十までの大包平のこと教えて!」

私は、大包平を愛しているのである。


幼い頃、祖父に連れられて行った東京の博物館で、私は大包平と出会った。
大包平は幼い私の目から見ても美しい刀で、一目見た瞬間、惚れたのだ。
一目惚れだった。
それからずっと、私は大包平に夢中。
ずっと、ずっと、ずっと、今でも。

「なら、主は大包平が欲しいのか?」

鶯丸を顕現してから三ヶ月が経過したある日、縁側でそう問われた。
大包平を知ってると聞いたあの日から、私はこうして縁側でお茶を飲む鶯丸の元へ、大包平の話を聞くために足繁く通っている。
今日は茶請けを持ち、ここに訪れた際にそんなことを問われた。
日当たりのいい縁側に腰掛ける鶯丸は、キラキラしてて綺麗だ。

「は、ええと、どうしてそう思ったの?」

あまりにも突然で驚いた。
私が最中を頬張っている間に、何か思うことでもあったのだろうか。
茶を啜り、小さく一息ついた鶯丸は飄々という。

「主が大包平のことばかり気にするのでな。俺も大包平に会ってみたいが、主ほど苛烈ではない」
「…気にしているのは認める、で、欲しいか?だっけ、うーん…欲しくは、ないかな」
「何故」
「多分、大包平が来たら、私はずっと顕現させずに、寝床に飾ってしまう」

きゅっと、目を細められた、鶯丸が私に焦点を合わす。
少し怖いが、構わず続ける。

「万が一顕現できたとしても、戦以外は外に出さずに、部屋を閉じ込めてしまうと思う。
閉じ込めるけど、仕舞い込むけど、私は大包平に会わない」

だって、大包平を前にすると、頭が真っ白になる。
刀の状態でも十分挙動不審だというのに、人の形をした大包平が目の前にいたら、どうなるのかわかりきっている、予想がついている。
狂う。
私は大包平に狂う。
大包平に盲目となる。
以前どこかの演練場で見かけた、月狂いのように。
戦闘に遠征にと、手入れをせず、そして体調を無視、ぼろぼろの刀剣男士を酷使。
荒れ果てた現状を顧みず。
蓄えてあった資源を派手に使い。
ただ一振りの刀を求める。
そんな鬼に――。

「狂った自分の姿は見たくない。だから欲しくない」

庭に目を移し、最中を頬張る。甘くて美味しいけど、口の中がパサパサになるのが苦手。
張り付いた最中の皮をお茶で流し込む。

「そうか」

それは、どこかいつもと違う声だった。
どこがと聞かれれば答えられないが、違う気がしたのだ。気になったので素直に尋ねてみる。

「どうしたの、鶯丸」
「いや」
「あ、そっか、大包平に会いたいんだったよね。ごめん、実装されるまでになんとかそんなことにならないよう、心を鍛えるから」

そうだった、鶯丸は大包平を気にかけていた。だというのに私ってば、つい自分勝手な
ことを言うとは。
阿呆か私は。ただでさえ印象悪くなっているのに。反省だ、反省しよう。
慌ててフォローするけど、鶯丸の表情とかいつも通りで、声に感じた違和感は、感じられなかった。
あれ、おかしいな。気のせい?
目の錯覚かと唸りをあげれば、「主」と声をかけられた。

「なに?」
「主は、大包平が好きだろう」
「うん」
「それは、ここにあるどの刀よりもか?」
「……」

痛い所を突かれた。ぐっと口を噤む。
それは、答えられなかった。
きっと他の審神者ならば、即答でここにある刀剣が好きだと返せるだろう。
けれど。

「…うん」

私は、大包平を愛しているのである。

確かに刀剣男士たちは愛しい。
しかし、大包平には適わない。
初期刀の蜂須賀。初鍛刀で来てくれた今剣。初めて戦場で拾った秋田。それに皆。
こんなにも力を貸して貰っているのに、こんなにも優しくされているのに。選べないとは。本当に申し訳なかった。
鶯丸は私の答えに「そうか」と呟いたきり、黙りこんだ。
…嫌な気分になっただろう。
自分たちより未実装の刀剣を、私は、主はとったのだから。いくら大包平とお茶ぐらいしか言わない鶯丸でも、気分を害したはずだ。
私が刀剣たちの立場だったら、主を殴りつけている。
…斬られる覚悟は出来ている、さあ来い!
しかし、いくら待っても、刀が私の身体に触れるとこはなかった。
ん?
疑問を抱き、目を開けば、先程の場所から一歩も動いていない鶯丸と目が合い、微笑まれた。

「半年だ、主」
「え?」
「半年後、ここの刀の方が、大切だと言えるようにしてやろう」
「……はい…?」
「主が一途だということは分かった。大包平も、主のような人に好かれて嬉しいと思うが、今はこちらを見てもらう」

言い切ると鶯丸は茶器を置いたまま、急須を持って立ち上がり、「新しい葉に入れ替えてくる、待っててくれ」と言い残し、颯爽と廊下の奥へ消えていく。
その頃、やっと私は発せられた言葉の意味を理解した。
え?大包平よりも?

「は、」

なんだか、すごいことを言われた気がする。
そしてなにより、あの鶯丸が、という気持ちで頭が真っ白になった。