・売られたデンジの目玉

 赤い目玉と目が合った。ばちりと。
 赤色をした目なんて初めて見た、見事に真っ赤でびっくりしてしまう。作り物だろうか。この液体はハーバリウムで浮かぶ目玉はシリコン?あたりかな。
 欲しいなと思うが、これは父親の持ち帰ったものである。私にどうこうする権利はない。それでも一応は父親に尋ねてみる。

 「お父さん、私この目玉の作り物が欲しいんだけど」
 「それ、本物だぞ」


 本物。それをきいて、私は欲しいと言った言葉を撤回しようとしたが、一度口に出した言葉を引っ込めるな、なんてことを父親に言われたので、私は本物の目玉が欲しい。とサイコと思われない発言を貫くことになった。
 父親はたまたま入手しただけで執着は持ち合わせていない、とホルマリン漬けされた目玉をぽーんとくれた。目玉だけに。黙れ。
 お付きの人にドン引きされながらも、押し付けられた可能性のある目玉を自室に持ち帰った。
 ひとまず日当たりの悪そうな押し入れに、中に入れていた荷物を全部出してから目玉を入れた。うん……。怖い話に出てきそうだな……。まずい、薄暗い押し入れとホルマリン漬けの目玉の組み合わせが想像以上に悪い。
 でもまあいいや。
 私は荷物も自室が怖い話な出て来そうな激ヤバルームになったことはいったん置いておくことにした。
 それから私は飽きることなく赤い目玉を眺め続けた。
 本物ときいたからか、見つめていると目が合ったかのような気になる。気のせいかと確認する為に何回も見たけど、気のせいでは無い。
 もしかして呪いかと思ったけど、家族は不幸になっていない。お付きの人も大きな声で挨拶をしてくれる人も顔触れは変わりない。

 「呪わないの?」
 押し入れの中で目玉に話しかける。ここに来た経緯は知らないが、目玉を売らなくちゃいけないのだから、ろくでもないだろう。
 「今、貴方の持ち主はどうなっているの?生きてる、死んでる?」
 答えはない。答えがあったらあったで病院に行くが。
「どうしてこんなに赤いんだろう」
 これは独り言だ。
 初めて見た時、すぐ作り物だと勘違いしたくらいに綺麗だ。赤い目といえば、アルビノという遺伝病が思い浮かぶが、あれは写真だから赤く映っているだけで実際の患者は赤い目をしていないらしい。重症であれば、違ってくるかもしれないが。……この人は、健康体?死に体? どっちだろうな……。

 ある日、朝が来ると目が合わなくなっていた。ホルマリンに浮かぶ赤い目玉を何回見ても目が合わない。合う気配すらない。
 ……どうやらただのものになってしまったような気がする。
 ばたばた忙しないし煩い家の内から逃げるように入った押し入れの中。
 私は何故か諦めきれなくて赤い目と必死に目を合わす。何度も、何度も。


2022.10.10