
忙しない朝、他の人が職場学校、それぞれの目的地へと向かっている。
私も学校へ行くためのバスをターミナルで待っていた。
退屈な時間を潰すために、ちまちま携帯端末を弄る。
「あの……! こっ、これっ」
ふと、緊張したような上擦った声が聞こえてきた。
私はその緊張しきった声に興味を惹かれ、弄っていた携帯端末から顔を上げ、きょろきょろと声の持ち主を探す。
左から右。前から奥。そんな私の目にハッとするほど、目を惹かれる存在が飛び込んできた。
ウェーブをかけた髪は艶やかで、その人を構成する目鼻立ちは麗わしい。大きなぱっちりした目、すっと通った鼻筋、唇は形からその人の美しさを助長しているようであった。
身にまとっているマスラーとコートはシックで質の良いもののように見える。
その女の人に女性が封筒、だろうか……、封筒を渡している。
私はしばし、その美しい女性に目を奪われる。
女性は自分へ封筒を渡してきた女の人に、にっこりと微笑みを向け、美しい唇が動き、封筒を受け取り、持っていた口の広いバックへその封筒を入れた。
自分の差し出した封筒を受け取ってもらえた女の人は、あわあわと真っ赤なで慌てた後にきっちり正しく女性に頭を下げて、興奮を抑えたような表情でその場を素早い動きで後にした。
美しい女性は、周囲から視線を集めているにも関わらず、慌てふためく様子はなく、非常に落ちついた優雅な足取りで、その場を立ち去った。
「……は!」
見惚れていたと気付いた時には、もう女性はいなくなっていた。
あまりの美しさに、初めて通行人をじろじろ見るなんて不躾な行為をしてしまった。
けど、すっごい、綺麗な人だったなあ……。
私はその日、学校へ行ってから帰るまで、帰った後の習い事の場でも、ぼーっとその女性について考えていた。
美しい女性は、私がいつも携帯端末に意識を取られていたから気付かなかっただけで、いつも!私がいるターミナルの近くを通っていた。
なんてことだろう。私は見知らぬ女性を不躾にガン見していたことを反省していたはずだ。
だというのに、私はあの女性が近くを通ってくれることを望んでいるし、反省していないかのように、女性が通るにぼーっと見惚れてしまっている。どうしても視線が引き寄せられてしまうのだ。言い訳でしかないが、女性には思わず目を向けてしまうような、そんなとんでもない引力がある。
周囲の擦れ違う人たちも、私と同じように女性に見惚れている様子であった。
あんなに綺麗なんだから、思わず目で追ってしまうんだろう。
あまりの視線の多さに、嫌な気分にならないかな、と心配になるが、女性は何も気にしていない様子で、どんなに周囲から視線を送られても、涼しい表情で颯爽と歩いていくので、もしかするとあの人は幼い頃からこうやって視線を送られてきたのかな、と私は勝手に女性の人生を想像した。
それにしても、案外女性を見ているだけでは満足出来なくなったのか、女性に対して声をかけて、名刺や手紙を渡す人は多い。積極的だ。
そういえば、私が初めて女性を認識したのに彼女に封筒を渡した人がいたからだった。
あれの中身って、何だったのたろう。自己アピールのレポートかな。女性は名刺や手紙を受け取る際、微笑みを浮かべなから一言相手に何めを伝えて受け取る。もう達人しベルの慣れを感じる。狼狽えたり、照れるなど全く見せない。今日まで、どれほどの人に思いを伝えられてきたのだろう。人に好かれるって大変だな。私は自分の棚に上げた。
習い事。英会話教室から出る。やっぱり学校通りの習い事は少し疲れる。
父親から勧められて、英会話教室に通っているけれど、通い始めたばっかりだからか今だ慣れないでいる。
携帯端末を鞄から取り出して、時刻と母親からのメッセージを確認する。日が暮れた中、わざわざ迎えに来てくれた母親の元へ向かうために私は携帯端末を鞄に入れてから歩き出す。
と、前から女の人が歩いてくるのが分かった。
狭い通路ではないけれど、私は通路の端へ歩きながら寄る。寄っていく途中、私はあれ? と自分の目を疑っていった。
あの女の人、もしかして……、あの綺麗な女性じゃないかな!?
私はだんだん鼓動が早くなっていく。疑惑の女性はこちらの方向へ用があるのかどんどん近付いてきていて、私は女性が来た方へ用があるので、どんどん女性に近付いてしまっている。
すごい、近付いていけばいくほど、女性の麗しさ、艶やかさ、美しさが鮮明になっていく。
あ、あの女性だ……。
疑問が確信になり、私の鼓動は体育後のように早くなってしまった。
ドッドッドッ。よくないって分かっているのに、私の視線は女性の方へ行ってしまう。自制心と無意識に翻弄される。
ちらちらと不躾に視線を向けてくる私に気付いたのか、女性が私の方に顔と向けた。もう私の鼓動は限界値である。いつ倒れてもおかしくない。
慌てふためく私なんて何のその、女性はいつも通り、名刺や手紙を渡した時と同じ微笑みを、にこりと浮かべる。あの微笑みが、私に向けられている!
「こんばんは♡」
「え! ……こ、こんばんは!」
美しい唇が動く、鈴のような声が女性から発せられる。
挨拶をしてくれた!
顔が熱くなるのがわかる。
私はいきなり立ち止まり、女性に深々と頭を下げた。軽い会釈をしようとしたのに、無意識に立ち止まって深々とお辞儀をしている自分に驚く。やはり女性は挙動がおかしい私を気にすることなく、軽やかな足取りである。
すっと女性と私は擦れ違い、そのまま女性は私が通っているファビュラス英会話教室へと入っていった。
……良い香りがした。いつの間にか元に戻っていた体勢で、深呼吸を何回かする。落ちつけと何回も心の内で唱えながら。私は顔の熱を冷ましたくて、パタパタと顔を手で仰ぐ。
初めて、あの女性を近くで見た。
遠目から眺めているだけでも、ぼーっと見惚れてしまうのだから、近くで見たら、そりゃこんなに心臓がバクバクするはずだ。
間近で女性の美しさ、可憐さを浴びた私は、なんだか夢見心地の気分であった。
ぼー……。
どれぐらいの間、夢見ていたのか。はっと雷が落とされたように、私は突然意識を取り戻し、母親の元へと駆け出した。
走っていることで徐々に頭が平静になり始めたのか、私はそこでやっと女性が私の通う英会話教室に入って行ったのだと気付く。
え、入会希望なのかな。それとも、もう通っていたりして……!?
こんなことが、あるんだ。じろじろ不躾に見てしまっていた女性が私の通う英会話教室に来るなんて……。
別に何か女性との間に起こるわけはないが、何だかドキドキしてくる。日々眺めていた故の気まずさ、綺麗な人に挨拶された緊張からだろうか。
今日はいい夢見れるかも!
私はスキップのような足取りで、母親の元に向かうのだった。