
流れで、聖杯戦争に参加したマスターの一人と、暴力を交わした。
私も相手もサーヴァントを連れておらず、かといって呼び出すこともせず。自分の持つ全てが武器だった。
ちらちらと雪が降る中の殺し合いは、人避けの魔術をかけた空き地で行われた。
殺し合いが始まる前、契約したランサーから念話が来ていた。それに私は適当な返答をし、ランサーが何か答える前に念話を切って、相手と殺し合った。だから、生き残ってランサーがいるであろう自分の家に帰っている今、全身に冷や汗をかいている。
殺し合いでつけられた傷が、走る度に痛む。手当はしたが、急な殺し合いだったので、武器同様治療に相応しい物など、それほど所持しておらず、雑な手当てだ。まずい。血で服が汚れる。ただでさえ、服が汚れているのに、更に血で汚れたら悲しい。なんとか家までもってくれと願いつつ、未だ雪が降り続く道を走る。多分、結構積もるだろうな……。
ランサーに全てが終わった後、念話で今から帰ると伝えたが、精一杯すぎてランサーの返事も聞かずに、こうして走って帰っている。
一人で夕方を出歩くものじゃない。他のマスターに、まとめて殺されなかっただけ良かった……。
家の無駄に立派な門構えが見えてきた。
そして、その門構えの前に、一人の大男が立っているのも見えた。
ランサーだ。
赤い髪に、ノースリーブの黒い洋服。白い雪が良くない意味で映えるランサーの色は、とにかく目立つ。
遠目からでも分かるが、ランサーが私の方を見ている。
寄ってくるわけでは無い。ただ、じ、とあの黒い目で走る私を見つめてくる。
片目が使えないので分かりにくいものの、ランサーの髪と肩に雪が積もっているのが分かった。
どれだけの時間、門の前で立っていたのだろう……。
念話を無視したから気まずい。あと、服は汚れているし、怪我もしているので、見られ続けるのも気まずい。
そんな余計なことを考えていたからか、今まで運が良かっただけか、私は積もり始めていた雪に足を取られて、体勢を崩す。
あー、転ぶな、と呑気に考える。いつもなら崩した体勢は難なく直せるが、今の私にそんな気力は無い。体にやってくるであろう、更なる痛みを想像していれば、視界が何かに遮られ、固いものにぶつかる。地面よりかは柔らかい。ぶつかり、体が何かに支えられる。
「……マスター」
「ああ、ランサー、ごめん……」
押し殺した声でランサーにそう呼ばれ、私はランサーに支えられているだと気付く。
私は雪の降る中を待たせたこと、支えさせたこと、勝手に敵のマスターと戦ったことを、ひっくるめて謝った。突然謝られても、ランサーは困るだけだろうけど。
なんで走る私をじ、と見ていたのか分からないし、転びそうになったら寄ってきてくれるのも、よく分からない。何だろう、気が変わったとか。それか、私のボロボロすぎる恰好に、唖然としてしまっていたのかもしれない。
ランサーは黙って、私のことを抱き上げ、無駄に大きな家へ入る。
案外、手つきが丁寧で、ゆっくりと移動するランサーを、私は意外に思った。けれど、これまでランサーと過ごした日々を思い返し、意外でもないかと、一人意外に思ったことを撤回した。
抱え上げられているから、ランサーの頭のてっぺんが見える。
ランサーの頭のてっぺんに積もっていた雪は、転びかける私を支える為に動いたから、大半が振り落とされていたが、僅かに残っている。払ってやりたいが、どうにもそういう空気ではない。寒々とした季節由来の空気とはまた別の、ピリピリとしたものを感じる。
私はそんな中、勇気を出して、私の自室に向かっているであろうランサーに対し、「お風呂に入ってきて……」と言うのだった。
私の要求を何度か断ったランサーであったが、ボロボロの衣服を脱ぎたいと、衣服の下に出来た傷の手当てをしたい、と二つを押して説得したら、お風呂に入ってくれることになった。
自室の床に私を置いてくれたランサーに、よく温まってくるように念押ししたが、何だがすぐに出てきてくれそうだ。
ランサーが私の自室なら出て行ったのと同時。私は痛む体と強烈な眠気をどうにか耐えて、服を脱ぎ、傷の手当てを行い、清潔な寝巻きを引っ張り出して着替えた。あまりの速さに自分でも驚く。衣服の下につけられた傷の多さにも驚いた。
私がこれだけボロボロになっているのだから、相打ちとなった相手のマスターも、同じくらいボロボロになっているはず。
生存はしているはず。殺してしまっていたなら、相打ちでお互いが地面に倒れた時、迎えにきた相手のサーヴァントに殺されているはずだ。それか魔力の繋がりが消え、迎えに来れない。
私の体は勝手に床に転がる。疲労のあまり、というやつだろう。
そういえば、私のお風呂はどうしよう。正直、そんな気力もない。無理して入浴した所で気を失い、湯の中で溺れるだけだ。多分、溺れているマスターを助けにランサーが来ると思う。ランサーに救助されて、全裸を晒すのは無様で嫌だ。ただでさえこんなボロボロの姿を見せているのだから、これ以上の無様は流石にまずい。
ひとまず。今日は苦渋の決断だが、風呂を諦めて寝てしまい、起きた朝か昼の様子次第で決めるか。
……。
……。床で寝ちゃだめかな。あまりの眠気に、翌日の朝か昼に目を覚ましたら、絶対後悔しそうなことばかり考えてしまう。
「マスター、入っていいですか」
「……、……うん、どうぞ……」
夢現の中、聞こえてきた声に私は返事をする。返事を出来ていたかどうか、自信がなかった。しかし、私の心配はドアがすんなり開いたことで解消される。
「どうしたんすか、床になんて寝て」
「つ、つかれすぎて……、動けない」
何とか意識を繋ぎ、自室に足を踏み入れてきなランサーを見る。
床に寝そべる私に驚いたのか、ほんの僅かに目を開き、ランサーがしゃがみこみ、私の肩に触れる。
ランサーに触れられた箇所が思ったよりも熱く、そういえば、私は雪の降る中で殺し合いをしていたんだと思い出す。
風呂上がりだと分かりやすい姿のランサーは、私の体の冷たさに思う所があったのか、眉を顰める。
「こんなに冷えてんのに、なんで暖房つけてないんです」
「……ああ……、暖房のこと、わすれてた……」
ランサーの当然の問いに、本当に疲れているのだと確信する。暖房があるのに忘れるなんて、自分でもショックだ。
私の答えにランサーが何だこいつ、といった表情を作り、一旦私から離れる。それから、ピ、と機械音がしたので、どうやら暖房をつけてくれたみたいだ。
「風呂は?」
「あしたの、朝、とかに入ろうかな、って……」
うとうとしたまま、問いに答える。眠気で舌が上手く回らない。体につけられた傷の痛みも眠気で誤魔化されているから、だんだん眠りが深くなっていく。
と、そんな中、体が眠気とはまた違った浮遊感と安定感にやってきたのが分かった。
「布団で寝ねえと、体が痛くなりますよ」
「う、ん……。ありがと……」
自分よりもずっと、熱のあるものに触れ、これが近くなり、ランサーに抱きかかえられているのだと気付く。
気を遣わせたことが申し訳なくて、もごもごお礼を言う。
何か動かす音がして、おそらくは布団に体を下され、背中の柔らかさにほっと安心する。
ランサーがいなかったら、絶対床で寝ていた。
雪のせいで冷えた体のつめたさは気になるが、暖房はつけたし、大丈夫か。
しかし、今日は本当に疲れたな。今度からいついかなる時も、外出する際は、サーヴァントを連れて行動しよう。
そうして、落ちそうになった意識は、隣に強い気配を感じたことで再び浮上した。
はっと目を開けば、いつもの天井。強い気配の方を向けば、ランサーがいた。片目が塞がっているけれど分かる、どう見ても本物だ。
なんでランサーが?
「なんでランサーが?」
重い瞼がぎょっと持ち上がる。
近い距離のランサーは私の驚きに満ちた疑問に、いつも通りの表情で口を開く。ちらりと尖った歯が見える。
「マスターの体が冷えちまってるんで、あっためようかな、と」
「え?」
「マスターは生きているんですから、こんな冷えたまま寝たら、風邪ひきますよ」
「え? 温めてくれるってこと?」
「はい」
「そう……、ありがとう……」
ありがとうって何だ?
平常時であれば、ランサーの言うことに突っ込みを入れていただろうが、そんな元気は私に残されていなかった。
頭のどこかに、乙女な心配事がいくつも浮かんできたが、ランサーの熱により、再びやってきた眠気の前には形作らない。確かにランサーは温かい。
「……マスターから、念話で必ず帰るから待っとけって言われた時、本当に何言ってるんだと思いました。言ってること、ゴチャゴチャしてたし」
「うん……」
「何で俺を呼ばなかった? ……色々あったのはわかりました。そんなボロボロで、傷だらけで帰ってくりゃ、嫌でも」
「……ん」
「あんな、念話を送るくらいなら、俺を呼べば良かったんじゃないすか」
「……」
ランサーが隣で色々と言っているが、私の意識はもう限界だった。おやすみなさい……。