――急に出来た用事をさっさと済ませて、ちょっと前まで会話していた士郎君の元へ足早に戻り、声をかけた。しかし、彼はなにも言わず、こくりと首を上下に動かすだけで何も言わない。

「あれ、士郎君?」

疑問に思い顔を覗けば、目を閉じ穏やかに呼吸をしていた。
…寝ている。
今日は気温も心地良いし、風もないから眠気が襲ってきても仕方ないか。…ここが縁側じゃないければ、ゆっくり寝かせたままにしときたい。

さて、どうしよう。
縁側に腰かけて寝るのは危ない。船を漕ぎすぎた余り、勢いよく頭が庭に突っ込んでしまう可能性がある。それは浅く眠っていれば回避できるかもしれないが、深く眠っているとまずい。運が悪いと地面へと激突だ。そんな光景が目の前で繰り広げられたら、漫才へと勘違いしてしまうわ。本人は気持ちいい微睡みの中で与えられた激痛に、悶え苦しむのだから、漫才とかではないか。
…うーん。起こさないよう気を付けつつ、後ろに倒して仰向けにすればいいかな。
力があまりなくても出来そうだし。とりあえずは彼を安定させたい。
触ったら起こしてしまうかもしれないが、怪我は避けたい。

「うん」

よしと気合を入れ、物音をたてないないように意識しながら、士郎君の隣に座る。
士郎君から発せられる熱が感じ取れるほど近く。
ちょっと、いや、とってもドキドキする。
耳と頬が熱い。考えてみると、彼に抱く恋心を自覚してからこうも、距離が近いことなんてなかった。だから緊張しているのだろうか。
…意識を改めてすると、全身が鼓動を打っているような感覚に陥る。
…この状態で、彼に、私をこうしている元凶に自ら触れなければいけない…?

「………」

二度目のどうしよう。

「………」

本当に、本当に!
ちらりと横目で彼の方を見る。彼は私の存在に気付くことなく、静かに目を閉じていた。
――私の気持ちを知らず、呑気な寝顔だ。頬を思わず抓りたくなる。お門違いと感情だとは分かっているんだけど。
もういっそ思い切って触れてしまえばいい?いやそれだと起こさないようにするっていう目的が果たせない。いやいやこの場合は気にしないでいいんじゃ。

と。
そこで私は自分の方がほんのり温かいことと、誰かの呼吸音がすごく近くなっていることに気付く。気付き、それが一体なんであるかにも、気付いた。

「ぁ…」

絶句。
誰かとは、衛宮士郎だ。
だって、ここには私と彼しかいないし、私はその人の隣にわざわざ座ったのだから。
おそるおそる眼球を真実を確かめるために動かし…た、やはり当たり前に彼だった。
余程動揺しているらしい、確認しなくともわかるだろう。
ぎゅうと目を瞑る。
鼓動が恐ろしい速度となっているので、落ち着こうとした次第だ。
引き剥がそうかを検討しだす。私の心臓のことを思うなら、引き剥がすべきだ。
でも。
先程よりも近くなった彼の寝顔を目を細めて、観賞する。
…まだ彼の体温を感じていたくて、もう少しだけいいからこのままでいいかなと思い、私は気を紛らわせるように、彼から庭の景色に目を逸らした。

やがて彼の目が覚め、自分の状況に気付き、慌てふためくまで、私はずっとそうして彼の隣にいた。