*原典とはまた違う世界です。


橙色が世界を染めようとしているような、そんな錯覚が起こる夕方のことであった。
やるべきことを終え、街中を歩いた私は、とある男は擦れ違った。
豊かに実をつけた小麦畑のような金の髪の男だった。
いつか見せられた宝石を思い起こさせる瞳を持つ男だった。
擦れ違った後、擦れ違った相手を見るために振り返るという行為を、初めて私にさせた男は、そんな男であった。
男は隣にいる友人らしい男と話しており、私のことを視界に映すことなく、そのまま去っていく。
……なぜ。
……私は、振り返ったりしたのだろう。
自分がした行動が分からず、私は首を傾げた。
去り行く男の背中を見るだなんて、私らしくもない。
止めていた足を動かし、改めて目的の地へと私は向かい出した。


そう、おそらく、心を動かされた光景の色彩に、似ていたから。
だから、きっと、私はあの男を忘却出来ないでいるのだ。
疑問の残る行為をしたあの時から、記憶が劣化する程の時が経った。
立ち上る自分が吐き出す白い息を見上げながら、焚き火の爆ぜる音をきく。
あの男とは、あれきり会っていない。擦れ違ってもいない。
当然といえば当然か、私はあの街から離れたのだから。あの街に男が住んでいるのなら、会えないのも頷ける。
……、……。
だから、なんだと言うのか。
焚火を絶やさぬよう、昼間に掻き集めた木の枝などを投げ入れ、火の延命に勤しむ。
――私がすべきこと、しなければならないことは山ほどある。
明日もその作業をこなすのだ、私はそれだけを考えていればいい。
ああ、でも、綺麗だった。本当に、綺麗だった。


「ガウェインと申します。貴方のお噂は予々。その力を王の為に発揮して下さることを、私は嬉しく思います」

まだ完全に真上にないが、それでも眩しい太陽の光を浴び、白銀の鎧を身に纏う男は、騎士らしく私になんかに対して礼を尽くす。
まさか、まさか。
自然に開きそうになる口を慌てて縫い付け、こちらもなるべく冷静に見えるように頭を下げた。
頭を上げた時、あちらの表情はにこやかに変わりなく、私に表情の変化が起こっていないことを知らせてくれた。
その事実にぼんやりと安堵の情を抱く。しかし、驚愕の感情が静まったわけではなかった。
つい昨日、私の元に馬に乗った王の使いが来た。なんでも、王が私の力を貸して欲しいと言ったらしい。自分で言うのもなんだが、私はある魔術に関しては王宮に仕える某魔術師よりも上である。恐らくはその魔術が必要となったのだろう。
王に逆らうのも億劫であったため、こうして出向いた訳だったが……。
まさか、再び会うことになろうとは、思わなかったのだ。
もう会わないだろう。
そうぼんやりと思い始めた頃に、再び会うことになろうとは……。

「では早速で申し訳ありませんが、王の元へ案内させて頂きます。私の後についてきて下さい」

意志の強い、誠実そうな声色によって紡がれた言葉に、頷くのもやっとであった。茫然とする。……これほどまでに私の動揺は大きかったのか。
しかし、返事をしないのはまずい。

「わかりました」

なんとか返事をしてみせる。おかしいところがなかったかは、冷静に判断出来ずにわからなかった。大丈夫だとは思うが、少々不安を覚える。
幸い、男は鈍感であるのか、それとも先程と同じく私に変化が起こらなかったのか、また男は不審そうな様子を見せることなく歩き始めた。
私はぐるぐると混乱しつつ、男の後をついていく。
その途中、王宮の廊下で見知った顔を見かけた。話に出てきた某魔術師である。いつも通り白く、全体的に羊を連想させる格好だ。ああ、そういえばいたのだったな。言いようのない感覚に気分がやや低下する。そのせいで冷静になったのは、良いことだったのだろうか。
某魔術師は私を視界に入れると、実に愉快そうな笑みを浮かべた。
いつかみた、人間にいたずらをした際に見たそれ。

………………。
……………。
…………。
………。
……。
…。

まさか、あいつ。

「いかがされましたか」
「いいえ……なにも」

男の視線をなるべく気にしないようにしながら、私はこんな状況に私を陥れたであろう魔術師を睨み付けた。