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 別のクラスにいるヒロフミの不在を知りたい時は、女子生徒を観察すればいいと私は思っている。ヒロフミはイケメンだから女子生徒に一目置かれているのだ。女子生徒がとっても女の子らしくなったら、ヒロフミはいると判断していい。ヒロフミがアイドル状態っていうのに何とも言えない気持ちになるが、分かりやすくていい。あとヒロフミを見て、はしゃぐ女の子は可愛い。
 というわけで、今日は女子生徒が朝からちょっとはしゃいでいたから、今日ヒロフミは朝から学校に来ていてホームルームに出席していると見て良い。
 朝に会わなかったし、学校でも見かけなかったから、またいないのかと思っていたけど、毎日朝に会うわけじゃないし、タイミングが悪かったら顔も見かけないことだってあるか。
 映画を観た後、おそらくだがデビルハンターの仕事をこなしに行ったヒロフミが登校している、ということはデビルハンターの仕事で怪我を負ったり、苦戦したりをすることが多分なかったのだ。そのことに、ほっと安心する。友だちが怪我をしていたら嫌だし、無事で良かった。
 顔を合わせ、ゆっくり出来る時間があれば、昨日考えた映画の感想をしつつ話したいが、ヒロフミは暇なんだろうか。
 ちなみに、私は今日友だちと私の家で遊ぶ約束が入っている。ヒロフミと遊ぶ約束をしていないが、ここのところ約束もせずにヒロフミと過ごしていたから、今日もそうなるんじゃないと勝手に思っているが、どうなんだろう。遊ぶことを言わないでいて何も知らないヒロフミが私の家に遊びにきた場合を想像すると、言っておいた方がいいなって気持ちになる。でも、私は学校であまりヒロフミと話したくない、何故ならヒロフミにからかわれて悔しがる私の姿を見られたくないからだ。
 どうしようかな。女の子のはしゃぐ声をききながら、自分の席に座っていた私はあっと良い案を思いつく。そして、鞄から友だちに勧められて買ったメモ帳を取り出した。


 「ラブレターかと思った」
 いきなり私の肩を掴んで大きな声を上げさせたヒロフミは一言謝った後、手紙の形に折られたメモ帳を片手にそう言った。
 一緒に話していた友だちに大きな声で驚かせてごめんと謝り、ヒロフミに向き合う。
 「いきなり物陰から手を出すのはやめてよ……、ラブレターってモテ男の発想だなあ」
 「そういう意味じゃない」
 「? で、何かようかな」
 本当にモテる人の発想で少し驚く。
 今日は友だちと遊ぶと書いたメモをいつも通り手紙の様な形に折り、それを友だちに誰か来ないか確認してもらって素早くヒロフミの下駄箱にいれたのだが、そんな誤解を受けるとは思わなかった。そういえば、協力してくれた友だちにもラブレターかときゃっきゃっされつつ質問されたなあ。当然違うときっぱり否定しておいた。告白するとしたら、直接言いたい派だ、私は。
 「それに書いた通り、今日はヒロフミと、あ、あそべないから」
 SMごっこを遊ぶだなんて言いたくないが、友だちの前で変なことは言えないので仕方なく言い切る。
 私の言葉にヒロフミは何を考えているのか分かりにくい無表情で「残念だな」と返す。それから、ずっと私の肩を掴んでいた手を少し離し、ぽんぽんやさしく叩いた後。
 「じゃあ、名前、七瀬さん、また明日ね」
 なんて、あっさり私たちに背を向けた。友だちの名字知っていたんだ……と私はヒロフミに触られていた肩を見ながら、「またね」と小さくなっていくヒロフミの背中に声をかけた。聞こえないかな、と思ったけど小さく手を振られたのでどうやらきこえたらしい。
 映画の時に思ったが、ヒロフミ、スキンシップによるからかいの頻度が上がってきていないか?
 前までは、私の警戒が解け忘れそうになる頃に急にからかってきて、私の反応を面白がる。面白がるヒロフミを見て、もう油断はしないと私が決意する、しばらく時間を置いて油断させる……を繰り返していた。
 前はまでは。今はなんというか、遠慮が無くなったというか、流石に慣れてヒロフミが面白がった反応が見れなくなるけどいいの? と揶揄われる側がする筈の無いと心配に近い感情を抱くくらいの頻度になっていた。そんなにヒロフミからの接触でSMごっこを思い出して、固まる私の反応は面白いか? 面白いんだろうか……、面白いから何度も揶揄ってくるわけだし。
 

 たまたま早く帰ってきた母親に友だちと遊びたいって言ったら、お小遣いを今回は増やしてくれたのだ。話をすれば分かってくれるのはありがたい。そのお金で友だちの好きなお菓子をと好きそうな新商品のお菓子を買った。飲み物は二本買った。うきうきで友だちを自宅に招いたわけだが……。
 「名前……、吉田とつき、あっていたりする?」
 「無い」
 「無いの? 本当? あんなベタベタされていたのに……」
 「あれは……、私を揶揄っているだけだよ」
 「揶揄い? 吉田ってそんなことするんだね」
 私の部屋でお菓子とジュースを飲み食いしつつ、学校でする延長のような会話をする。会話が一区切りした所で友だちがあっと思い出したというような表情をしたかと思えば、そんな無いとしか言えないことを口にしてきた。
 意外そうに友だちが言う。そんなに意外かな? 吉田ヒロフミといえば揶揄いを連想するくらいには揶揄ってくるんだけど、他の人は被害にあったことないんだろうか。でも、確かにヒロフミは静観に近い態度で学校生活を送っているみたいだ。それでも目立つんだからヒロフミって何らかのオーラを出しているんじゃないか。私にはあまり感じられないけど、なんだろう付き合いの長さがあるからかな。
 そんなことより、ベタベタされていると今言われたか?
 「そっ、そんなにベタベタされていると思った!?」
 「え。うん……。なんか、ベタベタしているなあって思ったよ」
 「げ」
 潰れた声が出た。そんな友だちからベタベタされていると感想を抱かれるくらい、ヒロフミに揶揄われていたんだ、私……。その事実に何だか複雑な気持ちになる。情けないような、何やっているんだとヒロフミに当たり散らしたくなるような、ほら見たことと呆れるような気持ち。が、凝縮された声だったからか、きいた友だちはおかしそうに笑う。
 可愛い笑顔、でも、顔があかくなるくらいに泣いたらもっともっとかわいいんだろうなあ……、違う、そんなこと思っていない。違う、違う……、否定する。自分の中から湧き上がってきた感情を抑え込む。恐ろしい。やっぱり自分のことが恐ろしい。私が自分自身に恐怖心を抱いていること、泣き顔が見たいと思われていることを知らない友だちは「そんなにやだ?」と笑いを含ませた声で言う。
 「吉田って、イケメンだよ。モテるし」
 「やだ。あー、モテるよねえ、ヒロフミ。さっきだってラブレターを下駄箱に入れられているっぽいこと言っていたし」
 いつも通りを意識しつつ返答する。確かに格好良いかもしれないが、見慣れた顔っていうか。あー、この顔はヒロフミだな、としか思えないので、友だちの様にイケメンだなって感想を抱くことが出来ない。
 そうなんだあ、と気の抜けた返事をした友だちは新商品のお菓子を食べて、「これ美味しい!」と目を輝かせる。好きそうだな、と思って買ってきたから、喜んで貰えると嬉しくなる。
 それにしても、ヒロフミの揶揄いが友だちに気付かれているということは、他の人にも気付かれている可能性があるってことでは? 気付かれていたとしたら、すごくいやだな……。私の悔しがる姿だって見られていたりして。でも、他の友だちは何も言ってこないんだから大丈夫なんじゃない? ……不安だ。
 もし、もしも。私とヒロフミがSMごっこをしていると露見したらどうしよう。今のところは大丈夫だけど、SMごっこをしている場面を親に目撃されたらおしまいだ。バレて親に気まずく感じている目で見られたり、軽蔑した目で見られたらと思うとぞっとする。その状況で悪魔に声をかけられたらすぐに頷く自信がある。そしたら私、デビルハンターに殺されるのかな……。いつか見た悪魔の死体みたいに……。
 ヒロフミに殺されるのだけは嫌だな、そんな状況になった元凶に殺されたく無い、絶対に他のデビルハンターがいい。絶対に。