あなたは星の傍にいる


※最終章後ネタ。
※きみはポラリス様へ提出しました。


その日、寝つけなかった私は与えられた部屋のベッドの中で目を瞑り、眠気が来るのをずっと待っていた。
けれど、中々眠気が訪れることはなく、眠れないまま時間だけが過ぎ去っていく。仕方がない、カルデア内でも散歩しよう。
目的を持ってベッドから起き上がった私は、寝巻きの上に厚手のカーディガンに腕を通し、寝静まっているであろう周りの人たちを起こさないよう、ゆっくりと慎重に部屋を出た。

最低限の光しか点いていない廊下は、やはり暗かった。
カルデアは天井も廊下も壁も白い。空調が暑くもなく寒くもない丁度いい温度であるためか、いればいるだけ現実感が薄れてきてしまう。
綺麗でなにもない、まるで夢のようだ。
今日は、余計に。
私は見えてきた廊下の窓硝子の側により、真正面に外が見えるよう立った。
本当に、静かだ。
いつもなら眠りについている時間帯であるカルデア内が、こんなに静かだとは知らなかった。いや、今日だから、かもしれない。
硝子にペタリと手を当てる。無機質でほんの少し冷たい。外の銀世界が嘘みたいだ。
薄暗い曖昧な白い空間。
糸が張ったような静けさ。
世界に一人きりのような錯覚。
もしかしたら、私はもうすでに夢の中にいるのかもしれない――。


「やあ、マスター。こんな時間に珍しいね」

左から、よくきく声がかけられた。
しん、と冷たい静寂が柔らかくとけていく。

「ビリーこそ、こんな遅くまでなにしてるの」

私の言葉に、帽子をかぶっていないラフな格好のビリーは「ちょっとグリーンと呑んでいてさ」と自然な流れで隣へやってくる。
気配も、靴の音もしなかった。
それくらい私はぼんやり意識を雰囲気にのまれてしまったんだろうか。
いつもなら反省するところだが、今日はそんな思考に行くことはなく、ただ静かな気持ちで隣のビリーを追っていた。
距離が近付くと、アルコールの匂いがした。

「そうみたいだね。お酒の匂いがする」
「本当に?少し離れた方がいいかな」
「ううん、大丈夫。気にしないで」

確かに匂いはするけれど、顔を顰めてしまう程の不快さはない。
アルコールの匂いを纏ったビリーはいつもよりずっと大人びて私の目に映る。アルコールは私にとって、大人の証だからか。私の年齢がまだ日本でもここでも子どもだと判断されるものだからか。
硝子に手を当てたままの私へビリーは薄く微笑み、ふと自然に硝子の外へ顔を向けた。

「眠れないの?」
「うん、今日は色々あったから。嬉しいことも、悲しいことも、たくさん」
「……そっか」
「だからかな、眠れないの。それにまた星が見たくって」
「ああ、確かひさしぶりに吹雪が止んだんだよね」
「そうそう。青空も――見えたんだよ」

二つの光が消え、一つの願いが潰え、私は運命に出逢った。
全てが終わり、全てを取り戻した後に、カルデアを隠すような吹雪が止んだ。澄んだ青空に眩しい太陽が、ひどくなつかしかったのが印象に残っている。
そして、マシュが星が見たいと言い、つい数時間前にダヴィンチちゃんから許可を貰い、一緒に星の図鑑を手に外へ出たのだ。
マシュが、とても、楽しそうにしていて、堪らなく私は嬉しかった。
かなしくて、うれしくて、感情がぐちゃぐちゃに掻き乱されたから、私は眠れないんだろう。

「――ビリーは、残ってくれたんだね」
「うん。あれ、もしかして不満だった」
「なにそれ!そんなことないよ。いてくれて、とっても嬉しい。……ちょっと驚いたけど」

アウトローだから、という不確かな、けれどもあり得そうな理由でかえってそうだったとは言えない。
そんな想像をしていた私にビリーが帰還後、すぐに声をかけてきた時は吃驚したものだ。

わたしはビリーが一目見た時から、どうしようもなく好ましくて仕方なかった。
だから、鬱陶しがられないように加減しつつ、ビリーと一緒にいるようにしていた。
やがて、一緒にいるうちに声色が落ち着き、笑顔を浮かべる時間が少なくなったビリーを私は一番眩しく思うようになった。
太陽の如くに人を照らす光ではなく、ひっそりと、しかし確かにある煌めき。そう、例えるなら、星のような。今、外で瞬く星みたいに。

「驚かなくてもいいよ。だって、僕は君のサーヴァントだからね。君の傍にいるよ。サーヴァントってそういうものなんだろう?」

主従はいやだけどね、とビリーは言う。―――かなり、おどろいた。そんな、ビリーが、そんなことを私へ。
感情が、溢れてしまう。かなしみも、うれしさも、なにもかもが私の胸を苦しめる。
だめ。だめ。泣いてはいけない。私はあの日から泣かないと決めたのだ。マシュの前でも、頼り甲斐のある先輩でいたいから、と誰の前でも泣かないようにしてきた。窓硝子から手を離し、私はビリーに向き直った。耐えて飲み込むよりも早く口が勝手に動く。強がりを、言おう。

「いつまで、私の傍にいてくれるの?」

言おうとして、言えなかった。
私とビリーの視線が合い、交差する。
星が、光る。いっとう煌めきを増して、私たちへと囁いてくる。
貴方が笑う。儚く、やさしく。
陽気さが影に隠れ、ひっそりとした静けさが私を蝕んだ。ビリーの大切にしている夜が、私に与えられる。

「なにもかもが許されるまで、かな。それまでは――僕は君の敵を撃つよ」
「すべて?」
「君が望むのなら、ね」

あやふやな心地がした。
夜が来て、明けるような感覚。
私の傍にいてくれると、喪失感に項垂れる私にビリーは言ってくれた。
ああ、そうだ。私はきっと、ビリーのこういうところに惹かれたのだ。
たった一つの星へ私を導いてくれるだろう人の前で、私はやっと涙を見せれた。

そんな私をビリーが眩いものを尊ぶ目で見ていたのを、私はずっと知らないままだ。