瞬きの隙間から溢れた永遠


※きみはポラリス様へ提出しました。


怪我をする機会が随分と増えた。
自分の不注意であったり、敵からの攻撃であったりと、危険と隣り合わせだから仕方ないかもしれない。
私が負った傷はその場で緊急的に処置されるが、帰って来ると医療班の方々によって、丁寧に治療を施される。
軽い傷はもう塞がっている場合も多いが、肉が深く損傷していたりすれば、跡を残さないようにと念入りに治療してくれた。
処置が遅いから、跡が残るかもしれないと謝られたことがある。
それよりも私はいつか全ての医療道具が無くなってしまうんじゃないかといつも心配していた。
だって、カルデアになにかあった時に、職員の人たちに使う医療道具がなかったら、とても困るだろう。
私の不安が大きくなった時、私はフローレンス・ナイチンゲールと出会う。

フローレンス・ナイチンゲール。
クラスはバーサーカー。
かつて幼い私が何度も読むぐらいには気に入っていた伝記の主役。
子ども向けに美化された易しい物語は私の胸を打ち、今も話の内容を思い出せるくらいには読み込んでいた。
やさしく、芯の強いクリミアの天使。
私は物語の実在の人物に憧れていたのだ。
だから、アメリカで出会ったナイチンゲールにひどく衝撃を受けた。

×

瞼を上げる。……瞼を上げる?私は目を閉じていた?
停滞している頭を回転させようと、なぜ目を閉じているのかを考え出す。

「マスター、目を覚ましたのね。体調はどうでしょう」

淡々と、けれどもやけに説得力と迫力のある声色が傍から聞こえてきた。
顔を動かそうとしたら、その声の主が私の方へ顔を寄せてきてくれた。
ナイチンゲールだ。
ナイチンゲールが清廉な瞳で私を見下ろしている。
ここは、もしかすると、……私の自室かもしれない。
……くらい。しかし完全に真っ暗ではなく、橙色の光がぼんやりとナイチンゲールや部屋を照らしていた。

「わた……私……?え、痛い……です」

からだを動かそうとすれば、鋭い痛みが全身から訴えられる。
その痛みに私は怪我を負うような状況にいて、身の竦むような光景を意識を失う直後に見ていたこと、そして痛みを思い出す。
ああ、怪我を負ったのだ。
痛みを訴える一部分である腕を持ち上げてみる。包帯が巻かれていた、上手に。
ナイチンゲールが私の手を厳しい表情でそっと元の位置に戻す。

「痛いのなら、安静にしていなさい。わかりましたね」
「ええ、と、私……の、からだの状態、は……」

いわく。
私は全身強打したらしい。
レイシフトした先で急に出てきた敵に驚き、足を滑らせ転倒、近くにあった崖から落下するも同行していたサーヴァントに助けられたらしい。
私は転倒時に腕を負傷してからだを強打し、気絶してしまったとのこと。
話を聞き終えた私は、話をきいている内に湧き上がってきた恥ずかしさや情けなさ、危機感や安堵など様々な感情でいっぱいになった。
ついナイチンゲールから目をそらす。
……腕以外はそこまでひどくないようであるため、またすぐにレイシフト出来るだろう……、出来たらいいなぁ……。
現実逃避のようにそんなことを考える。すぐに声をかけられた。

「マスター」
「はい」
「言ったかと思いますが、私は貴方に何があれば、とても悲しい。それは、今も変わりません」
「……うん、そう、だったね」
「マスターには自分の体を蔑ろにする癖があります。矯正していかなくてはいけない、ええ、そうしなければ」
「……なるべく気をつけるから矯正はやめて……。でも、医療道具が無くなったら、みんな困るでしょ?だからあまり使いたくないっていうか」
「はい?怪我人に治療を施さなかったら、医療道具はいつ使うの?おかしな人ね。貴方の行動が周囲の規範になることが多いのですから、きちんと治療を受けなさい。私が貴方の傷を治療します。貴方の命を奪ってでも」
「……はい」

私は小さく頷いた。そうすることしか出来なかった。

力強い言葉。
本当に狂化がかかっているんだろうかと疑ってしまうくらいに真っ直ぐな瞳は、信念と高潔が確かに存在している。
美しいと率直に感じる。
怪我人と白紙の紙に向き合い、地獄を見たことのある瞳を。
私は、好いている。

ナイチンゲールの逸話を改めて調べた時の驚きは、アメリカでの衝撃とよく似ていた。
強引なところ、強行しているところ、昔読んでいた嫋やかで儚いけれど、慈愛の心で必死に戦っていたフローレンス・ナイチンゲールとは少々違っていたからだ。
でも、ナイチンゲールの叫びを、行動を思い出す度に私は気付いていった。
ナイチンゲールがカルデアの中をランプ片手に歩く姿を目撃した際に私は確信した。
私が憧れていたのは、ナイチンゲールが人々を救いたいと強く思い、その思いを現実のものにするために実行していく姿だと。
だから、だから――私は今も、ナイチンゲールに憧れている。
私を治療してくれるナイチンゲールの姿を見て、憧れを確認している。
人々を救いたいという信念を抱くあなたは、とても、眩しい。

「もう、寝たほうがいいわ。おやすみなさい、マスター」
「……おやすみなさい、……ナイチンゲール」

赤と白を混ぜ、受け入れあったような色の瞳が、やわらかい光と共に揺れる。
睫毛が羽ばたかせるナイチンゲールを私は黙って見つめた。
真摯な眼差し。
あなたの成したことは、出した結果はきっとこれから先も確かなものとして在り続ける。
奉仕と献身。人間の善性。
私が、永遠だと信じたいもの。
それをあなたは、ナイチンゲールは狂化されても抱き続ける。信念を燃やしてゆく。
今も、おそらくこれからも。
綺麗だ。
あなたの瞳は、この世のどんなものより、とてもうつくしい。