異性恐怖症
※sink in thinkingさまへ提出しました。
幼なじみの名前が声をかけてきた男に興味を示すことなく相手を振り切るような速度を決して緩めることなくこちらへ向かってくる。
ゴールドはまたかと顔を顰め、名前の元へ歩き出した。
名前は昔から可憐だ。
幼いゴールドはてっきり幼なじみとしての贔屓目かと思ったが、全く見知らぬ赤の他人でさえも名前の容姿を褒め称えるため、贔屓目ではなかったことをゴールドは知った。
よく。
とても、よく。
「ゴールド、もうきてたの?」
名前がゴールドを見るや否や、早歩きが小走りに変わった。
色のない無表情が、華の様な笑顔になる。
最初から最後まで存在を無視された男はゴールドを視界に入れて、すぐ名前を苛立たしそうに一瞥してから、ゴールドに睨まれていることに気付き、そそくさとどこかへ逃げていく。
トラブルを起こす原因をつくるのはやめたほうがいいと何度も注意しているはすだが、名前は聞く耳を持たない。
なんでも視界に映すのは我慢できるし、一言二言喋るのも必要であればなんとか出来るが、全くする必要のない男は視界に映す気も一言も喋る気にもならないとのことだ。
ゴールドの少し前で名前が走るのをやめ、申し訳なさそうに手を合わせる。
「待たせちゃった?ごめんね、ちょっと邪魔されてさ」
「いや、オレも今来たところだし、きにすんなって」
「ありがとう、ゴールドは優しいね。じゃ行こうか」
無邪気ともいえる声色で名前がゴールドを褒める。
複雑だ。
名前は男嫌いだ。
いや、異性恐怖症だと言えた。
ゆえに男への対応はそっけない以下のものとなる。
けれどゴールドは別だった。
ゴールドにはこうやって話しかけ、笑顔を見せ、目を合わせている。
つまるところ、ゴールドは男として見られていないのだ。
名前の反応は過剰で分かりやすく、隠すことをしない。
男であれば、それが誰であろうと構わず攻撃的になる。
確かにゴールドの年齢は名前より一、二歳下だ、しかしもうゴールドは名前より背が高くなった、声も低くなった。
それでもゴールドを名前は無視しない、不法投棄されたゴミを見るような目で見てこない。
男として見ていないのだ。
過去、自分を誘拐した犯人の男と同類の性別と、認めていないのだ。
……認めたくないのかもしれなかった。
何年か前、名前は誘拐された。
名前が好きだと日記に書いていたらしい男に。
その男は名前を誘拐した夜、トレーナーに捨てられていた凶暴なポケモンに殺されて、もうこの世にいない。
そして、誘拐された次の日の朝に名前は保護された。
その事件から名前は、男は自分に加害を与える存在だと思い込むようになってしまった。
トラウマで、嫌悪。
異性恐怖症の始まり。
ゴールドは、名前に恋していた。
ずっと前から、誘拐が起こるよりもずっと前からだ。
無邪気さも、背伸びしたような言動も、意外としっかりした一面も、ゴールドの手を引っ張っていくところも。
だから名前がこうして嫌な顔をせず、遊びに付き合ってくれるのは、とても、とても、嬉しい。
無視をされたいわけではない、ゴミを見るような目で見られたいわけではない。
けれどゴールドは名前が好きだった。
隣をゆっくりと歩く名前は可憐だ。
髪も目も頬も鼻筋も、きらきらと輝いてみえる。
旅を初めて暫く経つが、名前よりも可憐な少女は見たことがなかった。
……これは流石に惚れた欲目かもしれないが。
その容姿は昔も今も他者の目を惹く。
良い意味でも、悪い意味でも。
好きだな、と陳腐に心の中で呟く。
言えないのは、名前の中であの事件が恐怖そのものであると知っているからだ。
男として見られたい、触れてみたいなどぼんやり脳内に願望が浮かんでくることはあれど、名前が傷付くのが怖くて、自分が嫌われるのが怖くて、何も言えない。
臆病だ。
ゴールドは気持ちを伝えた後、名前が今のように、昔のように、こうして笑いかけてくれるかどうか想像するのをやめた。
それでもいずれ名前が事件と向き合わなければいけない時が来るのであれば、ゴールドは名前をどうしても守りたいと強く思う。
守りたいのだ、名前を何もかもから。自分からも。
「ゴールド」
「ん?」
「ううん、なんでもないや」
「なんだよそれ」
おもむろにゴールドのことを呼んだ名前が、返事をしたゴールドと目を合わせた後、そっと腰にある赤と白のモンスターボールに触れる。
名前を誤魔化すように、あるいは気恥ずかしいとでもいうように、ゴールドはいつも通り快活に笑う。
名前がゴールドにつられたような微笑を浮かべる。
ゴールドは名前が、たった一人に微笑む理由に気付かないままだ。