春めく


※独自設定有
※吝嗇家さまへ提出しました。


「あ、いたいた!」

まだ寒さが衰えていない中、防寒着を着ていない姿はよく目立つ。
ブレザーというよりも軍服といった印象を受ける制服を着た男の子に私は手を振る。
私の声に反応して、男の子が遠くを見ていた顔を真っ直ぐにこちらへと向けた。
日本人とは思えない髪の色と瞳の色をした、綺麗な肌の男の子の名前を私は知らない。
初めて会った時に尋ねたが、答えてくれなかったのだ。
それに名乗ろうとしたら、私の名前も言わなくていいと言われた。
名前に何か嫌な思い出とか恨みとかあるんだろうか。
もしかすると、キラキラネームかもしれない。
だからお互い……ううん、私ばかりが好き勝手に気の向いたように適当なあだ名で呼んでいる。
紫の君とか少年くんとか、色々。
毎日会っている訳ではないが、近所に住んでいるらしい男の子と約束、というには適当であるが、休日に時間が合ったり暇であったりすれば、こうして公園に集まってから出かけたりそのまま喋ったりしている。
今時公園?と思われるかもしれないけど、私は公園が大好きだから全く問題ない。
紫の君にも何度か公園じゃない方がいいかときいているが、「問題ない」という答えをもらっているから大丈夫、だと、思う。
おそらく中学生の紫の君は無口だ。口を開くと出てくる言葉はきっぱりしている。
中学生にしてはかなりしっかりしている方だ。
どうして私と仲良くしてくれるとか分からない。
しかし私は紫の君と話せるとはとても嬉しいので、紫の君が飽きるまでこの交流会を続けていきたいと考えていた。
考えていたのだが。


寒くないかときけば、寒くないと返ってきた。
私は防寒して身を守っているのに。
少し暖かくなってきたとはいえ、まだ二月だというのに。
あ、でも、真夏日でもこの制服を着ていたっけ。
公園の木々が蕾をたくさんつけているのが見えた。時々吹く風は前よりずっと穏やかだ。
池のすぐ近くにあるベンチに隣同士で座る。池の鯉がゆらゆら泳いでいるのが見えた。

「私、もうすぐ高校を卒業するのね」
「ああ」
「で、そしたらすぐ審神者になるの。よく分からないけど……だけど、政府の命令だから逆らえないわけ。どんなことをする仕事なんだろうなあ」

そう、審神者になるようにとの報せが政府からやってきたのだ。
審神者。
よく分からない職業。
政府から通達が来て、その選ばれた人は黒い車に連れられ、二度と戻ってこないとまことしやかに噂されている。
が、私の周囲の人は誰も審神者に選ばれていないため、実際のところ噂がどこまで本当かは良く分かっていない。
たしかテロリストから日本を守る仕事だったはずだ。

「……やりたくないのか」
「うーん、やりたくないんじゃなくて、得体が知れないから嫌なんだよね、怖いもん。まー閉鎖的な空間じゃなければいいかな」

年下に対し、こんな愚痴みたいなことを言ってしまうのは恥ずかしいかと思ったが、なぜかつい不安を零してしまった。
だって怪しすぎる。恐ろしい。

「……すまない、なんといえばいいのかわからない」
「あ、こっちこそごめんね。まだ就職の話とか分からないよね」
「いや、そう、ではなくて、……すまない」

少年くんは私の言葉に難しい表情をつくり、何か謝りながら首を左右に振る。
ずきり、と頭が痛む。
すまないと、首を左右に振りながら。
桜の花弁が散る。
すまない。

「すまない、あるじ」




主は心が弱ると霊力も弱まる人だったと、骨喰は本丸からすでに数振しか顕現を維持できていない状況になってから初めて知る。
他の審神者が救援に駆けつけた時には、もう骨喰しか顕現を保てていなかった。
おそらくは骨喰が初期刀であったからだろうと言われた。
主は審神者専用の病院に担ぎ込まれ、骨喰は他の審神者たちの助けを借りつつ、主の傍にいた。
主が心配だったからだ。
今までみてきた主は不安そうで、次第に笑顔を浮かべなくなっていったから。
骨喰は顕現されてから今日に至るまで主の傍にいたので、余計に心配だった。

―骨喰の主はどうにも霊力が乱れ、審神者の仕事が難しくなった。けれど、骨喰の主はこれからも役に立つので、実験を兼ねて現世にかえす。骨喰はその警護をせよ。霊力が回復した頃にまた貴方たちの主として、審神者に復活してもらう。

何の実験かは知らされなかった、骨喰に知られたらまずいらしい。
政府に抱いたのは不信感だ。不快感だ。
それでも、それでも、主が主であってほしかった。
だから骨喰はこうして主の傍にいる。
政府など、どうでもいい。
主が、また笑ってくれればそれで。


「大丈夫?」

昔のように主が表情を変える。
憔悴したような顔で布団に横たわっていた主はもういない。
喜怒哀楽がはっきりしている主を見て、安心すると同時に骨喰は不安を抱く。
桜の蕾がまだ閉じている頃、主は再び骨喰たちの主になる。
春めく季節に。
だが、それでいいのだろうか。
本丸に閉じ込められれば、また主が弱ってしまう可能性がある。
しかし骨喰たちは主と共にいたかった。
あるじ、おれには分からない。

木々が揺れる。
冬と春の狭間を孕む風が骨喰と名前のからだをゆるりと通りすぎた。