特別であってとくべつではないふたり


※きみはポラリスさまへ提出しました。

「僕のことばっかきかれるのは不公平じゃないか、君のことは教えてくれないの?」

そういう返しは全く想定してなかった。

「え?」

マイルームとしてあてがわれたカルデアの自室は今も違和感を拭えない。カルデアに初めて来た時、壁も床も辺り一面白く、奇妙な気分に襲われたものだ。機関と名の付く施設はみんなこうも真っ白なものなのかと思ったが、実際はどういう内装だったのだろう。もう今となっては本でしか確認するしか手段がない。
最初にマイルームへ入った当時、ドクターだけが白くなかったことに驚いたものだ。
そんな白の世界を彩るビリーにどこも刺激的な色はない。別にぱっとしないとかじゃなくって、こうなんというか。……つまり見ることに負担がかからないといいたかった。
ビリーは真意の読めない表情を変えずに私の勧めた椅子に座り、こちらの様子を伺っている。私はビリーと面積の狭いサイドテーブルを挟み、同じような椅子に座り、召喚に応じてくれたビリーについて知ろうと質問をしていたのだが……。

「え……いやあ……、私そんな面白い話はもっていないけど……それでもいいなら」

謙遜ではなく、本当に面白いエピソードなど持っていないので、予めビリーに事実を伝えておく。
もう少し私の人生が平穏な破天荒さに満ちていれば、自信満々に話せただろうか。
いや、あったとしてもトーク力がないといけない。そして、残念なことに私にはトーク力がなかった。本当に残念に思う。
どんなに内容の良い話だとしても語り手が下手であれば、話の魅力が半減するどころじゃないし。酷い場合は話が破綻してしまう。
躊躇う私へビリーはにっこりと笑みをくれる。

「かまわないよ」


私は名字名前。
何の変哲もない高校生、であった。もう私の高校生という肩書きには何の意味もない、高校が無くなったからだ。燃えたのだ。私がカルデアにいた時に起こった大事件のせいで。高校どころじゃない、郵便局も可愛がっていたペロがいた家もよく行っていたコンビニも仲の良い友人の家も、帰る家も。カルデアを残し、燃えた。
そんなバカなと笑ってみるが、現実は変わらない。かといって良い方には転がらず、放っていけば悪い方へと突き進む。
生き残った私は急遽、カルデア唯一のマスターとなり、マシュと共に世界を救うこととなった。
世界を救うなんて到底できやしないと思っていたが、今日までなんとかなっている。
意外だ。確かに自棄になりかけたり、不安に押し潰されたりもするけど、不思議と乗り越えてきている。もしかするとなんかそういう才能があったのかもしれない。不思議と乗り越えられる才能とか。冗談はさておき。今日も今日とて私は頑張るしかない。せっせっと力を合わせ、世界を救おう。

初めて召喚したサーヴァント、ビリー・ザ・キッド。クラスはアーチャー。やわらかそうな金髪。灰色にも青色にも見える瞳。少年のように華奢なからだの線。涼しげに整った顔立ちが私に向けられる。

「やあ、」

気さくな嗄れた高い声、耳に何故かよく馴染む。私はその姿をまじまじ見てしまう。
冬木の時にも思った、サーヴァントって案外普通の人たちと同じ形をしている。
しかし、形は同じでもその内に秘めている力は、随分常識とかけ離れていることを、私は
この身をもって知っていた。いともたやすく地形を変える力を。
ビリー・ザ・キッド。……名とガンマンだということしか知らない。私の歴史に関しての知識は、小さい頃読んだ偉人の漫画と、授業で習ったあやふやな記憶だ。全く頼りにならない。こんなんでやっていけるのかな。
神秘的な光を纏う、ガンマンだと一目で分かる服を着た彼へ私は挨拶をする。

「どうも、初めまして。私は名字名前、よろしくね」


夜は好きだった。ここには朝も昼も夜も、もうなくなってしまったのかもしれない。それでも眠気はくるし、お腹も空く。からだに生活ってやつがきっちり染み込んでいるのだ。それに狭い世界は世界として、きちんと機能しようとしている。
わたしは夜が好きだ。
静寂と化した空気を肺に取り込む時、わたしは夜に溶けていけるような気がするから。


「私はずっと考えていたんだ、ここでやっていけるのかって。でも世界を救うのって案外できるものなんだね。次から映画を観る時、壮大な世界観に置いてけぼりにされなくていいわ。なんだっけ、復讐者たちってタイトルの映画だった気がする」
「そんなこと言えるのはきっと世界で君だけだよ!マスター」

呆れた様子のビリーが肩をすくめる。

「そう思わないと……こう、いやに中途半端な感情が消えないの!」

やけくそに私は叫びそうになる。
世界を救った後の初めての夜に。祝福されるはずの夜に。
私の気分は複雑で、正直に言うと、どちらかというと、最悪の一言につきた。
どこも、何も、燃えて消え失せていないのに、私の心は悔しさと寂しさを訴えてくる。
代わりに私が燃えつきてしまう予感がしてやまず、数分前私はマイルームから逃げ出した。
白い空間から飛び出した疲労でぼろぼろの私と、暇潰しの散歩していたビリーは出逢い、食堂でそれぞれの好みの温かい飲み物を片手に、向かい合っていた。

「どうどう。落ち着いてくれよマスター、君は今ハイになっているんだ。いいかい?その甘いココアを飲み切ったらすぐにでもベッドに向かってくれ」
「ビリー……歯を磨かないとだめだと思う」
「オーケィ。歯磨きは、君の好きな所にいれてくれていい」

ビリーとは長い付き合いになる。初めて召喚した時は強くするのが一苦労で、常にかつかつだった。けれど時が経ち、それなりにアイテムが豊富になった。いまのビリーはきちんと強い。私の好きに使わせてもらった聖杯も、その身にあるのだから。それを嬉しく思う。
ビリーの銃の腕前はシンプルに圧倒される。
派手な演出がなく、わかりやすいがゆえに私へ射撃の凄まじさをストレートに伝えてくるのだ。私は惚れたのだ、ビリー・ザ・キッドに。ビリーは私の特別だった。
おそらく私のようにビリーに魅力されたマスターもいたことだろう。どこかでビリー・ザ・キッドを召喚したマスターは、どう過聖杯戦争を過ごしていたのかをサーヴァントから聖杯戦争についてきく度に想像する。あまり想像は得意ではないから、うまく出来ないけど、きっと楽しいはずだ。
私はビリーの唯一のマスターではない、とくべつではない。そんなことは分かっている。でも、聖杯を躊躇うことなくビリーに使えるのはきっとこの世界でわたしだけだ。


ビリーを召喚した名前に、ビリーの記録が反応する。この少女はかつての××の聖杯戦争でアーチャーのクラスでビリー・ザ・キッドを召喚したことがある、と。初めましてと言った理由は記録から大体のことは察せられた。なるほど、この縁でまず最初に彼女へ召喚されたのか。ビリーはこちらを興味深そうな目で伺う名前にいつもの笑みを浮かべてみせた。
記録はかなり面白そうであるが、記憶を封印された名前はおとなしそうで、記録の溌剌さの面影はない。ビリーは少し湧いた名前への興味をどうしようかと考えつつ、名前の後を静かに追う。

そうして抱いていた興味は月日を重ねていくにつれ、好意にへと変わりゆく。
世界を救うと決めた少女が突き進む道は、ただの人の身で挑むにはあまりにも惨い。思い描けないほどに恐ろしいだろう。
だが、少女は行く。
薙ぎ倒し踏み越えてたまに迂回して。
そうか、とビリーは思う。
記録での自分が彼女を気に入っているような様子の意味が、なんとなく分かった気がする。
――その時、ビリー・ザ・キッドの中で名前は特別となったのだ。