運命論者


※Anachronismさまへ提出しました。
※参考はWi/kiさま


「彼を殺害する、それがわたしの運命で。わたしに殺害される、それが彼の運命だったのです」

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国木田さん。
警察車両を見送り終えることもなく、私は手帳に何かを書き加える国木田さんを呼んだ。
私の呼びかけに、眉をぎゅっと寄せた国木田さんが、こちらを振り返る。
真っ直ぐな眼差しに、私は恐々と口を開いた。

「私、わからないんです。運命と思い、被害者を殺害した加害者の気持ちが」
「解らなくていい」

国木田さんにそう、切り捨てられるように言われ、私はそっと地面に顔を向けた。
そして、つい先程解決した事件に思いを馳せる。


警察からの依頼で、とある事件現場にやってきた私と国木田さんを待っていたのは、証拠が一向に見つからず、かつ加害者の特定は全くできない事件であった。
乱歩さんは他の事件に行き、不在であったために、当時探偵社にいた私たち二人が向かったのだ。
刺殺。滅多刺しの――衝動的な犯行。と現場に来たわたしたちに、警察の方はそう見解を述べた。
刺殺はそういうことが多いことは、わたしも知っていた。
そこには、証拠品の発見となる手立てが無く、加害者が加害者になる確固とした理由が、事件の関係者に確認できなかった。
難しい事件だった。
しかし、方法は言えないが、なんとか事件を犯人を特定出来た。
加害者は被害者と友人関係にあった女性。
やっとの思いで発見した証拠品を突き付ければ、あっさりと女性は自白した。
動機は、被害者が結婚するんだと言ってきたから。
つまりは色恋沙汰、痴情のもつれ。
加害者は被害者にひっそり恋をしていたが、そんなことを知らない被害者は他の人と結婚すると実に嬉しそうに報告をしてきたので、ついかっとなり――気付いた時には、滅多刺しの被害者の遺体が傍らにあったらしい。
……証拠を冷静に隠した加害者が本当に驚き、ショックを受けていたという弁が、本当かどうかはしらない。
すくなくとも、想い人を殺害した加害者は、冷静で落ち着いていた。
想い人がいる私からすれば、ありえない話で態度だった。
私なら、耐えられない。
周囲の怒声や罵倒など気にした様子もなく、自白をつらつら喋り続けたあと、息を整えてから加害者は悲しげに表情を崩した。
ああ、と、私は、気付く。
そして、彼女は自白の締めにあんなことを言った。


運命。
巡り合わせ。人のなにもかもを無視して与えられるもの。
だったと、思う。
あまり覚えがないが、きっとそんな意味だったはずだ。
事件現場の付近にある森林を眺めながら、ぼうとしていると、国木田さんが声をあげた。

「運命論者」
「へ」
「おそらくだが、あの女性は運命論者なんだろう。そういう口ぶりだった」
「運命論者とは、なんですか」
「世の出来事は全て、予めに定められていて、人間の努力ではどうやっても変更できない。という運命論の思考を持つ人のことだ」
「……なるほど……」

確かに思い出してみれば、彼女は国木田さんが言った運命論者のようなことを言っていた。
そう、彼女は運命論者だったのか。
ううん。もしかすると殺してしまったことを受け入れたくない一心で、運命のせいにしたのかもしれない。
いや――それすらも、運命のうち、なんだろうか。
全てが予めそうなるよう決定しているのならば、そういうことになる。
だとすれば、人は運命の完全な支配下にあるのか。
生まれ落ちた日から死に伏せるまで、ずっと。

「おい名前、帰るぞ」
「あっはい!」

歩き出した国木田さんの後を追う。
コンパスの差がひどい有様だけど、国木田さんが気を遣ってくれているからか、そんなにひどい差はなかった。
……国木田さんの、そういうところが、私は好きだ。
胸が苦しくなってどうしようもなくなる。
どんなところも素敵に映るし、どうしようもなくときめきを与えられる。
一目惚れだった。
……私は、国木田さんに恋する、運命だったんだろうか。
ふと、魔がさしたように思ってしまった。
私は、先程から、なんでもかんでも「運命」に結びつけている。
彼女に共感するところが、あったというのか。
運命論者に、思うところ。
想い人を殺害した彼女に、思うところ。

「運命……」

――彼を殺害する、それがわたしの運命で。わたしに殺害される、それが彼の運命だったのです。

これだ。
共感ではない。運命という単語が、私の意識を引き留めているのだ。
かなしい彼女の表情が、声色が、いつまでも私の中に残り続けている。
運命になれなかったひと。
赤い糸で結ばれていなかったひと。
それが、彼女だった。
私は国木田さんの背中を追い続ける。広い背中、厳しくも優しい人。
想い人が、他の人と想いを通わせ、添い遂げようとしたのなら。
……立ち止まり、ぎゅっと手を固く握って、首をぶんぶんと左右に振る。

「……」

ありえない。ないのだ、決してあってはいけない。
もしかすると、私は彼女のように、なってしまうかもしれない、だなんて。
考えたくないが、一瞬でもそう思った。
だって、赤い糸で結ばれていなかったのだ。せめて、運命の中に組み込まれていたい。
ひどい思考。
彼女の気持ちがわかった、だなんて。
認めたくなくて、私は国木田さんに尋ねたのかもしれない。

「名前、どうかしたのか?」
「いいえ……なんでもありません」

私が着いて来ていないことに気付いた国木田さんが、訝しげにこちらを振り返る。
それに笑えているかどうかは分からないが、笑い返し、私は再び歩き始めた。
……本当にありえないのだろうか。
運命は誰にもわからない。
その通りだと思う。本当に、ほんとうに。
私はいまだに視線を向けてくる国木田さんの隣に立ち、大丈夫ですと告げる。

国木田さん、私、もしかすると、運命論者かもしれない。