その一切をなぎ払って


※サイレント映画さまへ提出しました。
※キャラに当たりが強いかもしれません。


私は幼馴染みの順平のことが好きだ。
髪色、瞳の色、身体の厚み、性格、みんなみんな魅力的に思う。
十年ほど抱き続けたこの思いは、きっと他の感情が混ざり、純粋に「恋」だけではなくなってしまったが、やはりこの気持ちは恋でしかないのだ。
だって、いまでも私は順平を見ると心臓が締め付けられるし、順平があの子を見ているとに心を痛めているのだから。
――順平は、相田さんを好いている。
相田さんに、恋をしている。
だから私はあの子が苦手だし、過激な事をいってしまえば、嫌いだ。
性格に難があるのは、順平に長年恋心を抱いている事実から、自分で客観的に理解している。
こんな性格だから、私は順平の応援なんか素直に出来なくて、振り向いて貰えないのだ。
でも、この胸の奥底からふつふつと湧き上がってくる感情を、無理矢理押し付けれるわけがなくて。

「凄い目つきだなあ、どら焼きでも落ちているのか?」
「!?……い、いや……どら焼きが落ちているわけないでしょう……」

木吉に声をかけられ、私はあの子に向けていた視線を、そちらの方にやるとのほほーんとした柔和な表情の木吉と目が合う。
その表情に毒気を抜かれた私は溜息を吐いた。

「驚かさないでよ。心臓が止まるかと思った」
「心臓は止まったら、やばくないか?」
「やばいから今度から気をつけてね」
「ああ、わかった。それでリコの事見ていたけど、なにかあったのか」
「……え……ないけど……たまたま通りすがりに、相田さん見かけたから……見ていただけ」
「へえ、じゃあ俺も一緒に見ようかな」
「え」

宣言した通り、木吉が窓側にいる私の隣にやってくる。
高校生とは思えないほど無駄に大きな身体が、私の肩に触れた。
温かい。子ども体温というやつかは知らないが、木吉の身体はなんとなく温かかった。
まあ温かいといって、私の心がときめきを覚えるわけじゃないけど。
木吉は相田さんを見つけると「あ、ほんとにリコだ」と呟いた。
私は、木吉の横顔を見つめ、そしてまた相田さんの方に視線を向ける。
木吉と相田さんの間柄を私は知っていた。その関係が綻んだことも、だ。
順平はそれを、多分、知らない。
知らなくていい。
あの子についてあれこれ悩む順平の姿は、本当に見たくない。
忘れようと、隣の木吉に不本意ながらも話しかけてみた。

「ところで、テスト前だけど勉強している?」
「してるぞー名字はどうだ」
「一応はしてる」
「そっか、日向の勉強とかってみているのか?」
「なんで?」
「ほら、漫画でよくあるだろ。幼馴染みが勉強教え合うやつ」
「頭のレベルが同じだと意味なくない?」

何てこともない会話をしていると、背中に声が投げ掛けられた。

「なにしてんだよ」

どこかぶっきらぼうで特徴的な、この声。
聞き間違えるはずがないって、心が訴えてくる。
夜が明けたような錯覚。胸の上の方が、ぎゅうと握りつぶされた。

「順平」

私はどんな声色だったんだろう。

「随分と珍しい組み合わせだな……」

口をへの字に曲げた順平が、眉間に皺をつくり、私と木吉の斜め後ろにいた。
不機嫌、なんだろうか。そんな気がする。
伊達に幼馴染みをやってきていないのである……といいたいところだが、順平はわかりやすいから、誰にだってその時の気持ちを分かられてしまう。
残念だなあ。

「たまたまだよ。たまたま、ここであったの」
「そーそー。名字、なにしてんのかなって思ってな」
「……どら焼きがなんとかって言ってたじゃん」
「そういうこともあるかもしれないだろ?」
「ないない。そう思うよね、順平」
「………ああ、木吉がいつも通りだってことがわかった」

やはり不機嫌そうに、順平が言う。
それから、すたすたとこちらに歩いてくるので、私は慌てて順平の方に駆け寄った。
こっちに来られるとまずい。外には、あの子がいるのだ。おーいとあの子に順平が声をかけるとか堪ったもんじゃない。

「で、で。どうしたの、順平は」
「あ、あー。いや、たいしたことじゃねーんだけど」


頭を掻きながら、どこかへと視線をやりつつ、順平が口を動かす。
順平のことはすべて大したことである私からすれば、息を呑む瞬間である。
な、なにをいうんだろう……。
どきどきしてきた。顔に出さないように一生懸命な状態だ。

「……俺と帰らないか?」
「お、デートの誘いってやつか?」
「ち、ちっげーよ、ダァホ!!っつーか会話に入ってくんな!!」

木吉に耳を赤くして突っかかっていく順平を見送りながら、私は今の順平の言葉を咀嚼する。

俺と帰らないか?

……。
理解した途端に耳が熱くなった。
耳どころではない、かっと顔全体が熱くなる。
よかった。順平が木吉のところに行ってくれて、本当に良かった。こんな顔見られでもしたら、好きだってばれてしまう。
ありがとう、木吉。今度どら焼きあげる。
私はがあがあと木吉に言葉を荒く投げる順平を横目で見ながら、今にも弾け飛びそうな心臓を落ち着かせようとした。
息を吸って、吐いて……ああ!それでも落ち着かない、しんでしまう。
痛む目を瞑り、私は改めて、やっぱり。と思った。

順平が、すきだなあ。
わたし、やっぱり順平が好きだ。
こんなことで死んでしまいそうになるくらいに、ただただ喜んでいる。
気持ち悪いとか、しつこいとか、純粋に「恋」ではないとか、どうでもいい。
順平があの子を好きだということも、もう、どうでもいい。
どうでもいい要素を取り除いていけば、私の中には、順平に恋した過去と、順平に恋している今しかなかった。

目を、覚悟して開ける。順平の背中が見えた。
あの時とは違う、広くて大きな背中。
――でも、あの時のように、ときめいている私の心。
順平の背中に、心の中で言葉を贈る。

わたし、あのときから、あなただけをおもっている。