「数字の中で、7だけが孤独なのよ」


※中学三年生頃。
※吝嗇家さまへ提出しました。


私の通っている学校には、一人の天才がいる。

その天才の名前は轟焦凍といって、うちの学校の中でも、かなり有名な男子生徒だ。
頭がよく、運動神経もよく、容姿端麗。更に個性まで優秀ときた。
どこかの漫画か小説の登場人物ではないかと、真剣に考えてしまうくらいに恵まれたスペックを、同じクラスの轟は有していた。
私は轟と同じクラスになるまで、顔の認識はしていても話したことは全くなく、上記のハイスペックが盛り込まれたそれらの噂は、尾びれがびらびらとついたものかと思っていた。
が、実際、同じクラスになった轟は、噂通りの奴だった。

その、頭の良さに運動神経の良さを目の当たりにした私が、嫉妬や苦手意識を持つわけではなく、ただ度肝を抜かれた。
本当にこんな奴がいるんだと、ある意味感動したのを覚えている。
轟はどんなことにおいても一番だった。
誰よりも誰よりも優秀で、私は天才の意味をそうして初めて知ったのだった。

そんな完璧超人の轟にも、欠点なるものが存在した。
轟はとにかくクラスメイト――人と関わらない。必要な時しか喋らない。話しかけない。
友だちはいないようだ。
そもそも轟は女子に好かれるせいで、若干男子から妬まれているが、それにしたって、男子と親し気に会話をする場面などを、見たことがなかった。
いつも冷めた目で教室の狭い世界を見ている。
と、くじ引きで二回連続、轟の隣の席を引き当てた私は、そう思った。
……一体、何運でこうなっているのか、全く理解出来ない。
あぁ、多分、私が轟の隣に配置されたのはこういう意図があってね〜と、どこからか声が聞こえてきても困るけど。
ていうかそれどんな個性だよ。
「席替えから今日の今まで、ぼくの個性の仕業でした!」とかどこからか言われても、「はぁ?」しか返せないよ……。何が目的だよ……こわ……。
くっそぉ……。
私は手に持ったホッチキスと紙を数枚確認した後、机を挟んでだが、真正面に座る轟を狐のような目で見てみた。

事の始まりは五分前。
担任に今日の日直だった私と轟は――隣の席で日直を組む仕組みだ――クラスで配布する紙をホッチキスで止める作業を任されてしまった。以上だ。
……轟はいつもホームルームが終わると、すぐ教室を出ていくので、私一人で雑用かーなど担任に言い渡された際に思ったのだけれど、意外にも轟は作業のために残った。
つい机の配置を変えながら、「早く帰らなくてもいいの?塾とかあるんじゃ……」と聞いてしまうぐらいには驚いた。
轟は私の方を真っ直ぐに向いて口を開く。

「塾には行ってねぇよ、いいからやるぞ名字」

と、これまた驚くことに私の苗字を覚えていた。
え。私の苗字知っていたんだ……と目を見開いたのは内緒だ。

こうして始まった作業は、やはり、言葉が無かった。
ホッチキスの噛み合うような音。紙がすれる音。私の呼吸音。それだけ。
いつもはいつまでもだらだら居座るクラスメイトも、今日は私と轟しかいない。
もしかすると、轟がいることに驚き、帰っていたのかもしれなかった。
ありえなくもないから困る。

真正面の轟は、新鮮だった。
私は男子が左側で女子が右側という席順の都合で、轟の赤髪と、火傷のある横顔をよく視界に映しているからか、どことなく違和感を感じるというか、騒めくような変な感じだ。見慣れない、とでもいうのだろうか。
しかし、気まずい。会話が全くないのお手本状態では?ってぐらいには、静かだ。
私自身喋る方ではない。轟も、そうだ。
……二人でいるはずなんだけど、一人と一人でいる感じ。
胸の奥底が冷たく圧迫される錯覚。
これは、孤独感だ。私は、孤独をいま、確かに感じている。
――あぁ、そういえば。

「『数字の中で、7だけが孤独なのよ』……」

なんて台詞があったような。
誰が言ったんだっけ。どこで聞いたんだっけ。

「………数字に孤独とかあんのか」
「え?」

うーん、と思い出そうと過去の記憶をフル回転されていれば、轟の声がした。
いつの間にか閉じていた瞳を開けると、轟の色違いの目と、目があった。

「……もしかして私、口に出していた?」
「ああ。数字の中で、7だけが孤独――だったか?なんでだ」
「え、あー……、小説に出てきた台詞だったんだけど、忘れちゃって……ごめん、なんでだか分からないんだ」

ごめんさない、独り言なんです。とは言えず、私は誤魔化すように苦笑を浮かべながら、尋ねてきてくれた轟にそう返す。
折角興味を持ってくれたのに面目ない。

「思い出しておくね!でも多分、専門的な意味だったような」
「専門。数学か」
「いや……うーん、しっくりこないから違うと思う」

これまた意外にも、そこから会話が始まった。
数字から色々な知識の欠片を披露する轟に、またもや私は度肝を抜かれることとなり、
天才なんだなあと再確認をする。
ホッチキスの噛み合うような音。紙がすれる音。轟のどこか暗い声。私の間の抜けた声。
作業が終わるまで、それは続いた。
胸の奥底が冷たく圧迫される錯覚は、いつの間にか消えていた。



それからしばらくして、私は『数字の中で、7だけが孤独なのよ』と言った人を思い出す。
思い出して、腑に落ちるかのような納得した。
そりゃ天才の轟が反応するわけだ。
私はうんうんと、何回か頷き、何の因果か三回連続で隣の席となった轟に話しかけるのだった。