久々にかわいい弟から電話がかかってきたと思ったら、とんでもないことを伝えられた。

「俺も事件でしばらく家帰ってなくてさ、大学院に通う沖矢さんって人が下宿することになったんだ。俺たち家族があの家に用事あるときは遠慮なく鍵使って入ってきていいって言ってたけど、一応挨拶しといた方がいいだろ?今週の日曜に母さんたちも会いに来る予定だから、#名前#も一緒に来ないか?」
「来週の木曜まで出張だから行けない。わたしの部屋の鍵だけ閉めといてもらっていい?」
「おう、伝えとく」
「新一はその日居ないの?」
「あー、今追ってる事件が長引きそうでさ。行けたら行くつもりだけど…ひとまず沖矢さんにも#名前#の部屋は掃除要らねえって言っとくから」
「うん、沖矢さんって人によろしく伝えといてね」

要件だけの短い通話が終了する。私はホテルのベッドに寝転がり、ゆっくりと目を閉じる。
血のつながりはないけれど、高校生探偵 工藤新一は私の弟だ。彼は事件を追っているという名目でしばらく地元を離れている。私も東都内だが一人暮らしをしているので、実家には長いこと帰っていない。両親も海外を拠点に生活しているため、あの立派な家を管理する人が居ないのは確かだった。本来なら一番近くに住んでいるわたしが出入りしてこまめに掃除するべきなのだろうけれど、弟が一人で住んでいると聞かされていたから、掃除を目的に帰ったことはなかった。帰れなかった。弟が本当はそこに住んでいない事実を知らないまま過ごさなければならなかったから。

工藤新一は黒ずくめの男たちに飲まされた薬のせいで体が縮んでしまう。江戸川コナンとして毛利探偵事務所に居候している。このことを知っているのは両親とお隣さんの阿笠博士、同じ境遇の灰原哀。本人はもちろんのこと、両親からもわたしにその事実を伝えられることがないまま、彼はコナンくんとして生活をしていた。
彼らはわたしを危険に巻き込まないために秘密にしているのだろうと思う。しかし私は前世の記憶からこのできごとをしっかりと知っていた。工藤優作に救われ、彼らの養子になった時から覚悟していたことだった。
母からは親戚の子供が毛利さんの家でお世話になっているとだけ聞いていた。元気にやっているかどうか様子を見て欲しいと父から頼まれていた。言われた通り、時間があるときは毛利探偵事務所の下の喫茶店 ポアロでコナンくんを見ていた。小学校の友達や毛利さんたちと道を歩く姿を見ながら弟が小学生だったころを思い出していた。時々ポアロで顔を合わせることがあっても、わたしはあの子の正体を知らないはずなので、声をかけたりはしなかった。阿笠博士とはもちろん顔見知りなので、挨拶はしていたけれど、コナンくんと会話したことはない。あの子も私に顔を直接見られるとまずいと思っているのか、遭遇したとしても他の人の後ろに隠れて気配を消そうと必死になっていた。その様子がたまらなく可愛かった。
とにかく私は部外者となっているので、下手に実家に帰って、新一が長期間住んでいない様子を見るのが憚られた。そしていつの間にか沖矢さんという人が下宿することが決定していた。もはや記憶も朧気だが、沖矢さんの正体はFBIの赤井さんであることは覚えている。下宿の目的は知らない。私が本来知らないはずなのに知っていることは、コナンくんと哀ちゃん、赤井さん、安室さんの正体くらいだ。どんな事件が起きて誰が犯人であるかも覚えていないし、黒の組織を倒すための情報とかもなにも知らない。役に立たない。

新一からの電話の通り、一応は家主、の娘として沖矢さんに挨拶に行かなければならない。私の部屋の施錠をお願いしたけれど、見られて困るものはない。一人暮らしだし、家に帰るのは長期休暇かつ両親が日本に帰国しているときだけだったから、私物も少ない。ああでも、ベッドサイドテーブルに飾ってある古い家族写真だけは回収しておこう。コナンくんにそっくりな、どう見ても同一人物にしか見えない小学生の頃の新一が写っているのだから。




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