革命
「なんでだよ!!!なんでそんなこと言うんだよ!!なぁっ!!」
「そうですよっ!私たちは何も悪くないっ!!花蓮はっ、嫌なことはしなくてもいいって言ったんですっ!!」
「ほんと、うざいよね。さいてー」
「おれたち、わるく、ない」
「......」
そこにはがやがやと複数の人間の声が体育館一面に響き渡っていた。
いくつかの人間は耐えるように頭を下げ、またいくつかの人間は目を怒らせて強くその声の主たちを睨めつけていた。
ここは鈴宮学園という由緒ある学校の体育館。
国有数の名門校であり、数多くの大企業の子息たちが初等部の頃から多くの親にこぞって入学させられる男子校と言うやつだった。
そんな男子校で起こったとある集会。
6月中旬───すっかり梅雨入りしてしまった蒸し暑い、夏の準備月。
旧暦のうえではもう夏終盤だが、生憎現実はそう文学通りにはいかない。
七月を過ぎなければ学生の醍醐味とも言える夏休みはやって来ないのだ。故にまだまだ中途半端な気温と湿度、そしてその原因を作る梅雨という気候は体育館内にいる大勢の生徒たちを酷く憂鬱にさせていた。
湿気った空気がそこら一体に充満して、 そこにいる誰もが嫌気がさしているっていうのに、体育館に蔓延する最悪な雰囲気に、余計不快感が強まるのは一人や二人ではなかった。
そう、体育館の先頭の壇上でパイプ椅子に座っている1人の青年もその1人。
「瀬名、五月蝿くないの?」
そして、その青年の傍らには眼鏡をかけたもう1人の青年がいた。
その青年が言うには、パイプ椅子の男は"瀬名"、と言うらしい。
壇上には3人の制服を着た青年がいた。
ひとりは先ほどのパイプ椅子に座った男。
もう1人はその傍らで緩く眉を歪めている男。
そして、悲しそうな、それでいて軽蔑を含んだ目で、体育館の後ろを俯瞰している男だ。
三人が三人、どこか遺伝子操作でもして組み込まれたのではないかと疑いたくなるほど端整な顔つきをしている。
パイプ椅子に座った男───瀬名は、顔色一つ変えずに、足を組んだ。
こげ茶かかった髪色と瞳。まつ毛が長く、くっきりと縁取られた二重には気候のせいか少し気だるそうだ。
暑さのせいか、袖の長いワイシャツを腕のあたりまで捲り上げ、その腕から覗く肉体美は、さながら陸上のトラック競技に出てくるアスリートのような洗練さを含んでいた。
膝に手を乗せ、落ち着いた表情で佇むその姿に息を呑むものがある。
瀬名は体育館の後ろに目をやった。
「五月蝿い」
傍らの青年が聞いた質問の答えだった。
心地いい大人びたその声は、高校生の子供っぽさを感じさせないほど落ち着き払っていた。
制服を着ている時点で、一生徒としてこの学園にいることは分かるが、それにしても重く、有無を言わせない強さがその声と瞳に、宿っていた。
しかし、傍の青年は慣れているのか軽いゆったりとした口調で彼に語り続けた。
「じゃあ、口を塞いであげなきゃね」
たおやかな穏やかな笑だった。
瀬名と比べて幾分か子供らしい茶目っ気を感じる。
肩に力でも入っているのではないか?と感じさせるほどピクリと動かない瀬名に対して、彼は誰の目にもわかるほど肩の力が抜けている。
この体育館内に走る緊張感にも関わらず、だ。
その点で言えば彼は肝の座った、というよりも、逆に警戒心を持たなければいけない人物なのかもしれない。
ざわめく体育館から切り離されたように、二人の会話は静かになされた。
「あぁ、このゲームもそろそろ終わりだ。」
瀬名は抑揚のない声で応えた。
「じゃあ、チェックメイト、だね。」
傍の青年は、やはり周りと比べて緊張感がない。
「ふん、そんな高貴な遊びでもなかったがな」
周りの声など聞こえないとでも言うように、2人はぽつりぽつりと緩やかなペースで会話を進めていた。
あつい、もう終わりにしよう。
瀬名はそんな表情をちらりと浮かばせて、徐に椅子から立ち上がった。
立ち姿を見ると、やはりよくスタイルの整った男だった。
スタイルだけではない、顔重視のこの学校で引けを取らないほど美に秀でたような顔だった。
絵に描いたような美しさ、というが、恐らく絵に書けば彼の美しさは損なわれることだろう。
彼の美しさは顔や肉体などの造形に表れているのではない。
その精神こそが、彼の美しさを表しているのだ。
男の目に映るのは喚く集団から一転、一つの壇上に乱雑に置かれたマイク。
瀬名はゆっくりとそこまでたどり着くと、面倒くさそうにそれに手を伸ばした。
マイクなしで声を出してもいいのだが、如何せんこの湿度だ。
こんな空気の中でわざわざ声を張り上げるのも、彼にとっては酷く面倒になったようだった。
───そして彼のっ直ぐな視線が体育館の空気を横切る。
小さく息を吸い、スイッチの入ったそれに、瀬名は言葉を発する。
「黙れ」
【これが、始まりの合図だった。】
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