※テュオハリム加入までのネタバレあり


























 カラグリア、シスロディアを解放したアルフェンたちは、次なる地メナンシアに辿り着いた。
 レナ人とダナ人が共存するこの国は、今までの国々からは信じられないほど美しく見えたが、その実裏側ではおぞましい企てがされていた。大勢のダナ人たちが星霊力を根こそぎ奪われ、虚水と化していたのだ。
 それをメナンシアの領将・テュオハリムに伝えようとする、抵抗組織"金砂の猫"をまとめるミキゥダに案内されて、彼らは採鉱場の奥地まで訪れた。
 領将の不在を狙ったのか、側近であるケルザレクが反乱を起こしたのはそのすぐ後だった。


「共存派のレナ人たちは捕らえられてしまった。最後まで抵抗していたナマエ様もご無事かわからない」
「なんだと、ナマエ、様が!?」


 近衛兵の同僚から知らせを受けて、驚きの声を上げたのはキサラだ。
 兄の死を嘆く間もなく、アルフェンの言葉もあり、彼女は宮殿へ向かうと言った。
 複雑な心境を慮って、先ほど聞いた名前の主のことも訊ねられずにいたが、ロウなどは耐えきれなかったらしい。


「なあ、さっきのナマエって誰のことなんだ?」
「ん…ああ、私たちダナ人にも平等に接してくださった方でな。裏表のない人だから疑っていたわけじゃないが、彼女が実は反ダナ人だった…ということにならなくて心底良かったと思っているよ」


 キサラの話を聞いて、なんとなく会ってみたいな、とアルフェンなどは思っていた。けれど今は反乱兵が宮殿を占拠している事態。とてもそんな余裕はなかった。
 だが、思いがけずも機会は向こうから巡ってきた。
 ケルザレクの従えるズーグルを倒し、そこへテュオハリムが率いた者たちが反乱を鎮圧し、他の国へと旅立とうとした時だった。


「お待ちくださいませ!」


 高貴な、けれどところどころ破れて汚れてしまっているような身なりの女性が、息を切らせて追ってきたのだ。
 満身創痍といった姿に思わずシオンが治癒術をかける。


「ナマエ様、ご無事でしたか!」


 キサラの一声で、彼女こそが話に聞く人物だったことがわかった。とすると、その傷だらけの姿は反乱兵たちに抗った故だろうか。
 そういえばテュオハリムは宮殿で最低限の挨拶と引き継ぎなどは済ませていたようだが、なにせ急に国を離れるなどと言い出したのだ。話が伝わっていない人もいたのだろうか。
 ともあれここまで追いかけて来られたのだ、話を聞こう…とすると、テュオハリムが歩き出しているのが見えた。


「あ、おい。テュオハリムに用事があるんじゃないのか」
「まさか、何も告げられずに出てきたのですか」
「はあ…わざわざ足早に宮殿を辞したというのに、どうやら失敗してしまったようだ」


 咎めるようなキサラの言葉と、足を止めたままの一行に観念したのか、先に進んでいたテュオハリムが踵を返して女性に向き直る。


「なにか、用かね」


 うわあ、と周りから声が漏れたのは仕方なかったと思う。レナ人に頑なな態度をとるリンウェルですら、少し気の毒そうに女性を見やった。
 案の定、ナマエとやらは目を見開いて震えている。もちろん怒りで、だ。


「なにか用か、ですって!?」
「ナマエ、様…これにはきっと事情が」
「お黙りなさい、キサラ!そなたに事情を説かれようなど、屈辱にも程がある!」


 おや?とアルフェンなどは首を傾げた。彼女はダナ人にも平等に接する人物だという話ではなかったか。やっぱりレナ人なんて…という呟きが側から聞こえた。
 しかし女性の勢いは止まらない。


「領将の地位を捨て、わたくしを置いて黙ってメナンシアを去るとはどういうおつもりです!」
「やれやれ。こうなることが見えていたから、君には何も言わず去るべきだと思ったんだ」
「テュオハリム、さすがにそれは…
「キサラ!!」


 仲裁しようとしたキサラに、再び苛烈な瞳が向けられる。
 もしや共存派だというのは間違いだったのか?と警戒したが、女性の次の言葉に耳を疑った。


「我が君を目の前で呼び捨てにするとは、許婚であるわたくしに思うところがあるのではなかろうな!?」


 途端に冷たい目は女性からテュオハリムに向けられる。
 呆れと、軽蔑と、羨み(これはほとんどロウのものだ)が込められた視線だ。
 つまり、キサラに対する怒りはレナやダナといったものではなく、純粋に悋気によるものだったのだ。
 それにしても自分の許婚を何の説明もなしに置いていこうとは、どういったことなのだろう。


「私はもう領将ではない。ならば君も私の許婚である意味もないだろう。これからは自由に生きると良い」


 うわあ、二度目の声がまた漏れた。これだから男って!と側から聞こえた。
 だが女性も負けていない。


「侮りなさいますな!確かに家からは領将との婚約と推されましたが、わたくしは自分で我が君の側にいると決めたのです。領将であろうとなかろうと、関係などありませんわ!」
「君はそう思い込んでいるだけだろう。私はそんな大したものではない」
「我が君であろうと、わたくしの認めた方を貶めるのは許しません!」
「ちょっと、良い加減にしてちょうだい」


 平行線を辿りそうな言い合いにうんざりしたのか、シオンが横から口を出す。確かにこのままだとメナンシアを出るのに日が暮れかねない。


「言い合いなら他所でやって。私たちは先を急ぐの」
「はあ…すまない、出先から躓いてしまったな」
「誰のせいだと思っているんですか。それもこれも、ナマエ様に何も説明しなかったからでしょう」
「えっと…ナマエ、だったか。あんたは俺たちについて来たいってことで…いいのか?」


 助け舟を出すつもりで話しかけると、彼女はアルフェンの頭の上からつま先までゆっくり見定めるように視線を動かした。


「そのような無礼な振る舞い、実に遺憾ではあるが…まあよい。端的に言えばそうじゃ」


 平等に接するって話じゃなかったか?とキサラに目で訴えれば、彼女は誰にでもこういう態度なんだと言われた。なるほど平等に偉そうだ。


「わたくしはこの身をかけて我が君にお仕えすると決めておる。ゆえにお側に付き従いお支えしたいのじゃ」
「何が不満なんだよ、大将。こんなに美人に尽くされて」


 今度はロウの言葉に気を良くしたのか、微笑んでロウの頭を撫でていた(それでヘラヘラしていたロウはリンウェルに小突かれていたが)。なるほど、裏表がなさそうだ。


「これから向かうミハグサールの領将は君の身内だろう。無理に私に従い、敵対する理由もあるまい」
「とても遠い、血の繋がりも薄い親戚ですわ。確かにその縁でミハグサールとの流通は取り仕切っておりましたが、それだけのことです」


 ミハグサールとの流通、と聞いて少し引っかかった。もしかしてヘルガイの果実と関係があるのか?
 難しい顔がテュオハリムに見つかったのか、彼は小さく首を振ってみせた。何も言うなということだろう。
 彼女が関わったかもしれない事実を明かすな、というのは、言動よりは薄情なことをしているわけではないのかもしれない。
 だがそれを知らない彼女はお構いなしだ。


「我が君は先程、確かにわたくしに自由に生きろとおっしゃいましたな」
「…実に嫌な予感がするのだが」
「であればわたくしが勝手にお供するのも自由ということ。これから、どうぞよろしくお願いいたします!」


 十分自由に生きてるじゃん…側から聞こえた声に、今度は全面的に同意した。
 頭を抱える元領将のお世話係にナマエが重宝され、むしろ道中で一行から有難がられるのはまた別のお話。


2021.10.05 投稿