抗えないからほどけてく

「そういうんじゃねェって、やめろよ」

真っ暗闇の世界の中に、一つの音が入り込んできた。

「他の連中を遠ざけてくれてたってのは礼を言うけど、でも」 

しばらくその音を聞いていると、徐々に周囲の騒音も聞こえるようになってくる。それくらい意識が戻ってきてから、ようやく音の正体が話し声で、それもデュースの声であることに気が付いた。
海に出て以降、おれはいつだってデュースの声に起こされてきた。その声が直接自分に向けられていなくても、耳が勝手に拾うくらいには、デュースの声は起きる時間であると習慣付いているらしかった。
どうやら、「もう怒った、先に帰る」と言い放って出ていったはずのデュースが側にいるようだ。目を開けば、ぼんやりとした視界にマントが映る。間違いなく、デュースのものだった。
デュースが動くたびにマントは緩やかにはためいた。マントそのものの長さと色合いと、薄暗い照明のせいで、それをどこか気だるげだと感じる。いや、毎度のように飯屋で眠ってしまうおれの迎えを実際に面倒だと思っているのか、聞こえてくる声にも元気が感じられない。

「あぁ、頼むよ」

頼む?頼むとはなんだ。仮にも船長であるおれを抜いて、いったい何を話しているというのか。
デュースがいるのなら、直接声をかけて起こされるまであと数分はまどろんでいても大丈夫だろう。そう思っていたというのに、デュースのその台詞によって一瞬で目が覚めた。
起き上がり見れば、デュースは1人の男と対峙していた。やたらガタイはいいが、爽やかな印象の男だった。男からデュースへと視線を移せば、仮面越しの瞳と目が合う。

「デュース、そいつ、」

視線が交わっていたのは一瞬だった。聞きたいことを聞き終わってすらいない。
男の腕を引いて後ろを向くデュースは、二人分の背中を見せてくる。顔を寄せ合って、まるで内緒話をするかのようだ。いや、実際に内緒話をしているのだ。
ぽつんと一人、取り残されたような気分になったのだから、間違いない。居心地が悪い。
見渡した周囲には、まだ卓を囲っている人がちらほらといた。
肉を噛み締め酒を酌み交わし、談笑をするべき場所であるこの場で、立ち上がって声を潜めている目の前の二人だけが浮いていた。おまけに二人の話し声は周囲の喧騒からも浮き出ておれの耳へと届く。
ありがとなとか、話が通じて助かるとか、デュースが淡々として言う。それに対し、男はデュースの肩を叩いて苦労人だなお前も、と妙に馴れ馴れしく笑いかけていた。デュースはそれを肯定する。苦々しくはあれど、仮面越しに笑ったのがわかった。
*
あ、デュースの友達か。
そのあとも中々離れない二人に、おれは閃いた。きっとそうに違いない。てっきりデュースにもおれと同様に友達はいないものだと思っていたが、実際には違ったらしい。べつにそれは構いやしないが、おれに紹介してくれたっていいだろうに。どうして二人だけで話すのか。
一度目が合ったきり、デュースはこちらを見なかった。二人との距離も数歩分ほど空けられている。その空間を眺めていると、あるはずのない壁が見えた気がした。
瞬間的に、おれはその壁をぶち壊すようにして二人の輪に割って入っていた。

「あんたデュースの友達か? そうだろ? デュースはいい奴だからな。おれもデュースの友達で、エースってんだ。よろしく」

笑って言って握手を求めれば、男は面を食らったかのような顔を向けてきた。それでも次にはすんなりとして差し出した手に応えてくれた。
男は空いた手でおれを指差すと、頭上越しにデュースに目線を向けた。その動作が何を意味しているのかおれにはさっぱりだったが、デュースには通じたのだろう。振り返って見たデュースは、何かを拒み否定するように首を左右に振っていた。

「ところでさっきから何を話してんだ?デュースは何を頼んだんだ?」
「あ、気になる?」男の喋り方はゆったりとしていて物腰が柔らかだった。「教えてほしい?知りたい?」
「なんでもねェから。おまえ、ほんと余計なことしかしないな。黙ってあっち行ってろ」
「なんだよ……」
*
デュースは、おれと男の間に割って入ってくると、結んでいた手を乱暴に離した。そして店の出入り口に向かって男の背中を押す。

「彼、意外と乗り気なんじゃないの?」
「いやいや、やめてくれって。見てわかるだろ? 人を疑うことを知らねェんだ」
「ほんとに残念だなぁ」

首だけでこちらを振り返った男は、おれに向かって小さく手を振った。
同じようにして手を振り返せば、男は「ほら」とデュースに言う。おれには何が”ほら”なのかさっぱりだったが、やっぱりデュースには通じるらしい。デュースは先ほどよりも強く首を左右に振って、手早く男を店から押し出した。

「なぁ、友達なんだろ?よかったのか?おれが邪魔だったなら、べつに二人で、」
「友達じゃねェって。今のやり取りで友達に見えたか?*見えるか?おれをおちょくってんのか?」
「おちょくるってなんだよ、見えたからそう言っただけだ」
「見えたのかよ!そりゃ悪かったな。ぶっちゃけて言うが、おまえ友達の認定基準おかしいぞ」

語尾の上がるデュースのその言い方は注意を促すようだった。
そう言われてしまえばそうなのかもしれない。だって、おれには兄弟はいても、友達はいたことがないのだから。だからこそ友達が欲しかったが、何をどうすれば友達となるのか、その基準はよく分からない。ただ、肩を叩き、顔を寄せて笑い合い、アイコンタクトで会話をする。これは友達であるおれとデュースがよくやっていることだ。これをする間柄を友達ではないと言うのなら、おれとデュースの関係は何になるのだ。友達だと思っているのはおれだけなのか。おれはデュースと誰よりも仲良くしていたいのに。
こちらに戻ってきたデュースは、傍らに置いていた帽子を取って乱暴に被せてきた。次いでおれの鞄を担ぎ、「行くぞ」とおれの手を取り引く。けれども、おれの足は動かない。
おれとデュースの身長は、デュースのほうが少しだけ高かった。その差がいつも以上開いていることに違和感があったのか、おれを見下げたデュースは首を傾げた。

「って、おまえ何で裸足なんだよ!」

言うとおり、おれは裸足だった。行くぞと言われ手を引かれても、動けるはずがなかった。「このバカっ!」とおれの手を投げ放したデュースは、靴を探す様にして下を見渡した。

「こぼれた肉が中に入っちまって、窮屈だし、ついな」
「こぼしたんだろうが。つっても脱ぐことはねェだろ、そういうのが余計なんだよ。自由か」

ぶつくさと言いながらも脱ぎ散らかしていた靴を発見したデュースは、それを取るためにテーブル下に潜り込んでいった。呆れているのか、大きな溜息が聞こえる。

「デュース、あいつと何を話してたんだ?何を頼んだんだよ?友達なんだろ?」
「何でもねぇって」
「なんだよさっきから、何でもねェ何でもねェって。そんなにおれに話せないことなのか?……やっぱりおれが邪魔だったんだろ?だったらそう言えよ……だいたい、おまえ先に帰ったじゃねェかよ、なんでいるんだ。わざわざおれに所に来なくても、おれなんかほっといて二人でいればよかっただろ」

「邪魔とか……んな言い方はしてねェし。おれがここにいるのは、エースの帰りが遅いからだ。早めに宿に戻りたいつってんのに聞かねェし、いつまで経っても戻って来ねェし、様子を見に来たら寝てるし、案の定男引っ掛けて……いや、なんでもねェけど、ともかく、わざわざ迎えに来てやったのにその言い草はねェだろ。おれが迎えに来ないと、おまえ……、ホラ、なかなか起きねェし何かあったらどうすんだ」

少しだけ言葉を選ぶようにしながらも淡々とした口調で言われたそれらは、まぎれもなく事実で、的を射ているように思う。
デュースは拾い上げた靴を足元に並べた。早く履けと促されるが、図星をつかれたからと言ってすぐに素直にはなれる性分でもなく、従う気にはならない。第一、その中にはまだ肉が入っている。

「迎えに来てやっただと?頼んでねェだろ。さっきからだるそうにしやがって……」
「だるいと言うより、単にいろいろと疲れてるだけだろ……おれはエースほど丈夫にはできてな、」
「だったらなおさら休んでればいいだろ。迎えなんて頼んでねェって!」

おれの怒声に、デュースはぐっと唇を噛み締めた。それから眉尻と視線を下げ、おろおろとした素振りを見せる。
口を開いたのは、再びおれを見上げてからだった。

「……そうだな、頼まれてねェよ、おれが勝手に来てんだ。今のはおれの言い方が違った、悪か」
「違ってねェよ、面倒だと思ってるからそういう言い方になるんだ」
「エース、怒るなよ……」
「怒ってんのはおまえだろ」

言えば、デュースの眉間に一層皺が寄った。口元もムッとしたように形取られる。
「ああ、そうかよ、それならそれでいいよ。おれはエースの相手をするのは面倒だと思ってるし、怒ってる」

立ち上がったデュースは、「じゃあな」と言い残して歩き去って行った。
デュースのその背中を見るのは、この短時間のうちで二度目だ。怒っていることを肯定しながらも、一度目と同様、いたっていつも通りの背中だった。

一息吐いて、デュースが並べた靴のうち一つを拾い上げた。逆さにすると手の平の上にひと口サイズの肉が転がり出てくる。外野からヤジが飛んできたのはそのタイミングだった。二つ隣のテーブルからだ。豪快そうな男の二人組。
「フラれちまったなァ、ボウズ!」
「……ふられた? おれがか?……何をだ?何も振られちゃいねェだろ。おれが何を振られたんだ」
「あ?」男はぽかんとした表情で疑問符を浮かべていた。「何を言ってんだおまえ」

それはおれの台詞だった。不思議そうにしている男たちに、こちらも眉を潜めて応答する。一体なんの話をしているのか。振られたと言えばまさに今だ。ワケのわからない話を振られている。
相手をするだけ無駄に思えた。手早く帰り支度を整えていると、再び「なんだカレシじゃなェのか」と問われた。

「カレシ? そんなんじゃねェよ……おれとデュースは友達……、でもねェのかな……。なぁ、どう思うよ?おれとさっきのアイツと、どっちがデュースと友達に見えた?」おれの問いに男たちは怪訝な表情を浮かべて顔を見合わせる。「おれは、百歩譲ってどっちも友達だと思ってんだけど、」

でも、デュースはアイツとは友達ではないと言い切った。とすれば、やはり同じことを普段しているおれも友達ではないと宣言されたも同然だ。
自分の見解を述べれば、一人の男が噴き出して笑った。それから「いい事を教えてやる」のだと言って手招きでおれを呼ぶ。
下がりかけた視線はそこで留まった。


店を出て宿への道を辿って行けば、すぐにデュースに追い付いた。

「デュース!」

すぐすばに寄っても、声を掛けても、デュースは歩みを止めなかった。横について顔を覗き込むようにしたところで、ようやくおれを見たデュースは口元をむずつかせた。何かを言いたそうな様子だ。
それでも、結局はつんとして視線を向こうへ投げてしまう。

「聞けよデュース、さっきいい事を聞いたんだ」
「なんでおまえの話を聞かなきゃならねェんだ。おれは怒ってんだぞ」
「……それはおれが言っただけだろ、悪かったよ。聞かずに決め付けちまってさ……。おまえは怒ってねェよ、そうだろ?」

デュースは再びおれを見た。不服そうな顔をしているが、文句を言う気はないらしい。あらためて念押しをしたところで、デュースは簡単に折れた。

「……なんだよいい事って、また変なのに絡まれて余計なことしたんじゃねェだろうな?」

「もうこの前みたいに宿までつけられんのも待ち伏せさせんのもヤだなからな」と、続けながらデュースは背後を振り返る。
そうやってデュースがよそ見をしている間に、おれはデュースと手を繋いだ。

「は……」

引攣らせた声を出すデュースは体を硬直させているようだった。繋いだ手を握り返してすらこない。

「なに、なんだよ」
「デュースが言ったんだぜ?肩を叩いたり笑い合ったりする間柄が友達じゃねェって。なら、いままでやってないことをすれば友達って思ってくれるかも知れねェって、おっさんがな、教えてくれたんだ」
「ともだち……?」
「いままでやってないことと言えば……、まぁいっぱいあるけど、手始めに手ェ繋いでみようかなって。こうやってすることに決めとけばデュースもおれを迎えにくることもなくなるしな!いい案だろ?」
「は……?それは、どこに行くにもおまえと手ェ繋げって言ってんのか……?」
「ああ! 置いて行くくせに迎えにくるくれェなら、初めからおれを置いて行かなきゃいいんだ」

笑って繋いだ手を見せつけるようにすれば、デュースは顔を赤くした。片手で顔を隠すようにして、繋いだ手に力を込めてくる。

「くっそ……!おっまえは……!本当に余計なことばっかりだ!」






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