今がチャンスとはいえ…!

(辻褄合わせのため、休日設定)



買い物から帰宅したエースは、自宅前でバルトロメオを見つけた。
まだ日が落ち切ってはいないといえ、2月半ばはまだ風も冷たく気温も低い。そんな寒空の下で両手に紙袋を下げているバルトロメオは、自宅前の通りを行ったり来たりと落ち着きがない。
出会ってから数年も経つというのに、いまだに不審者のようなバルトロメオにエースは小さくため息した。

「あっ!エース様ー!お帰りなさいだべ!」

エースの帰宅に気づいたバルトロメオは、両手を上げてエースに駆け寄った。「今日はなんと!バレンタインデーだべー!」と言って、ペカーっと辺りに星でも舞そうな笑顔を浮かべるバルトロメオに、エースは眩しそうに目を細めた。

「尊敬する先輩たちへささやかながらの気持ちとして、チョコレートを買ってきただべ!受け取ってくんろー!」
「うるせェよ……大声出すなよ、近所迷惑だろ」

両手の紙袋を見せ付けて愉快げに声を張るバルトロメオを、エースは呆れながら叱り付けた。
いくらか声量を落としたバルトロメオは、「ルフィ先輩はどこだべ?てっきりご一緒かと」と続ける。キョロキョロと辺りを見渡す素振りをする彼に、エースは「家に居なかったなら遊びに行ってんだろ。どこ行ったかは知らねェけど」と肩を上げた。

「ま、そのうち帰ってくんだろ。うち上がれよ」
「え?おじゃましていいんだべか!?」
「いいよ」エースはバルトロメオの両手にある荷物に一目向ける。「お前だってルフィに直接渡したいだろ?いつ帰ってくるかどこ行ったかも分かんねェし、上がって待ってろよ。捜しに行きたいなら別だけど」

すぐに滅相もない、そんなおこがましい真似はできないのだと、その申し出を断ろうとしたバルトロメオだが、「な!」と笑いかけてくるエースについ絆され押し黙ってしまう。エースが見せた笑顔は、話を聞かないバルトロメオでさえも口をつぐみ、遠慮の言葉を飲み込まされるほどのものだった。それほど綺麗で完成された笑顔だった。

エースとルフィが二人で暮らす小さなアパートの部屋に上がり込んだバルトロメオは、案の定、あちらこちらをはしゃぎ見て回った。家に上がるのはいいが、その代わりじっとしてろよ、と条件を出されたにもかかわらずだ。
玄関の棚に飾ってある奇妙な置物に始まり、本棚からテレビの裏に至るまで。果てには、床に寝転がり「お二人が最後に見ている天井だべ!」と両手を上げたかと思えば、起き上がってカーテンを開ける素振りをして「これが朝一番に見る外の景色だべ!」と窓からの景色を眺め出した。
そんな様子のバルトロメオは、エースが口を挟むよりも行動が早い。次の瞬間には洗面所に駆け込んで何やらをまくし立て始める。
ワーキャーと忙しくはしゃぐバルトロメオに、エースは何かを言う気力も失せた。もう放っておいてお茶でも淹れていようと、エースはひとりキッチンに移動した。

少ししてから、バルトロメオが洗面所から帰って来た。きっと、エースとルフィの朝の身支度を擬似的に模した遊びがひと通り終わったのだろう。シンクの前にいるエースの横に割り込んできて、「そしてここで朝ご飯を作るだべー!」とキラキラとした目で叫んだ。
ちょうど茶葉を入れようとしていたエースは、バルトロメオの声に驚き茶さじから茶葉をこぼしてしまった。

「もう!じっとしてろって言ったろ!」

エースはムッとなって、ここでようやく声を張り上げた。
我に返ったバルトロメオは、エースの手元を見てすぐに状況を察知した。マグカップが二つと急須とこぼれた茶葉。エースが自分の分のお茶を用意しようとしている。

「エース様、おれァすぐおいとまするんで茶ァはいらねェです!エース様の分はおれァがご用意するんで、エース様はあっちで座って待ってて、」
「いいから」エースは大げさなジェスチャーを加えながら言うバルトロメオを遮った。「お前は向こうで静かに座って待ってろよ」


怒った顔をするエースには謙遜も何も効かず、バルトロメオはただ為す術なくキッチンを追い出された。向こうで静かに待ってろと強い口調で命じられてしまえば、バルトロメオは素直にエースに従う他がない。手持ち無沙汰で若干ソワソワとはしているが、バルトロメオは正座でエースを待った。

両手に湯気の立つマグカップを持って居間に入ってきたエースは、部屋の隅にいるバルトロメオを振り返った。

「ほら、こっち来て飲めよ」
「エっ、エース様がおれのためにお茶を淹れてくださっただべェ〜!」エースが机にマグカップを置いて示すと、バルトロメオは涙ぐんだ。「おれァ、とんでもなく幸せもんだべ〜!」
「たかが茶を淹れたくらいでなに言ってんだ……」
「しゃっ、写メ撮ってもいいだべか?」

バルトロメオは言うが早いが、スマホを取り出すとそのまま写真を撮り始めた。何枚も何枚も、バルトロメオはただのお茶が淹れられているマグカップの写真を、あらゆる角度から撮った。
バルトロメオの気がすむのを待てども、彼の表情はずっと嬉々として輝いたまま。エースは調子を狂わされて口を挟めないでいたが、一向に飽きだしそうにないその様子にしびれを切らしたエースは、「冷めちまうだろ!早く飲め!」と机を叩いで叱り付けた。

「外が寒かっただろうと思って淹れてやったのに、台無しになっちまうだろうが」

拗ねたように言うエースのその言葉に、バルトロメオは耳を疑った。

「な、なんてお優しいんだエース様は……!」瞳に涙を溜めるバルトロメオはいまにも泣き出しそうだ。いや、すぐに堪え切れなくなって「おれァ、感激だべよォ〜!と泣き叫びはじめてしまった。

エースはうんざりとしながらも、どこか気恥ずかしい気持ちもあって唇を噛む。当然とも言えるようななんて事のない思いやりであったが、こうも喜ばれると逆に居た堪れなさも湧いてくる。だってお茶を淹れただけだ。お高く珍しい茶葉であるわけでもない。スーパーの特売で買い溜める安くありふれた茶葉だ。
逆にもっと気の利いた何かを用意できなかったものかと、エースは辺りを見渡した。
取り敢えず、節約のためになるべく使わないようにしている暖房を入れるために腰を上げる。

「おれのことなんて気にしなくていいだべ!何時間でも何日間でもお帰りをお待ちできるように防寒はカンペキだべ!このコートも、裏地が毛皮になってて、あったかいべ」

気を取り直したバルトロメオは説明口調になって自分のコートの前開きを捲って見せた。
エースはそのコートに感心と興味を示した。「へェー」と言いながらバルトロメオのそばに座り直すと
その毛皮に触れる。
フカフカとした手触りに本物の動物を撫でているような気分になって、エースは頬を緩めた。

「こっちもフカフカなのか?」
「もちろんだべ!」

エースの目に付いたのは、バルトロメオに首元にあるファーだった。コートの裏地と違って毛足が長い。それを掴んだエースは、距離を詰めて頬を寄せた。急に縮まった距離にバルトロメオが身体を硬直させている間に、エースは毛皮の肌触りを楽しんでいた。

「こっちのはふさふさって感じだな」エースはクスクスとして笑う。「おまえ、くすぐったくねェの?」
「ッ……!」

近くから香るエース独特の温かみのある香りに、バルトロメオはドギマギとした。それ以前にエースの毛先が首筋に当たっている。そこからぞわりと熱が広がっていくのがわかった。
正面から、胸に擦り寄るようにしてきたエースに驚いたバルトロメオの両手は、どうしようもできないまま宙に浮いていた。やり場のない手のひらにじんわりと汗が滲んでいく。
身動きも取れないし、体が硬直してうまく呼吸もできないが、ドクドクと心臓の鼓動は早くうるさい。憧れ敬愛するエースとここまでお近づきになれて、嬉しく幸せであるはずなのにいやに居心地が悪かった。

「さ、さあ、もういいだべ」バルトロメオは焦った口調でも、手付きはそっとしながらエースの肩を押す。「こんなのよりチョコレート食べるだべ」
「あ、そうだな。ちょうど腹減ってたんだ」
「それはよかっただべ!」

気を取り直したバルトロメオは、傍らに置いていた紙袋のうち、エース宛の紙袋を選ぶ。それだけで大きい紙袋が2つパンパンに膨らんでいる。残った同様の2つの紙袋はルフィに宛てるものだった。
朝からチョコレート渡しに奔走していたバルトロメオも、残すところエースとルフィに渡すのみだ。2人には1番に渡しに来たい気もあったが、とっておきは最後まで取っておきたかったし、先に会ってしまえば後々を考えてお別れが早くなってしまう。そう考えて最後の最後に訪問することを決めたのだった。

「またたくさん持ってきたな」
「どれがいいか迷ってるうちに、どうやってもこうなっちまうべ」

日持ちしないものから食べてほしいと、バルトロメオは紙袋の中を選別していく。
その様子を眺めながら、エースは「毎度のことだが、大したお返しもできねェのに」と呆れながら呟いた。

「そんなものいらないべ!エース様のその存在がおれにとってすでにプレゼントみてェなもんだべよ」

バルトロメオは頬を緩めてデレデレとしながらそう答えた。
エースは、何だそれと思いながらも、口の中で呟くだけに止める。バルトロメオに悪気がないのはわかっていたからだ。それでも、お前がおれの何を知っているのだと、少し気分が悪くなっていた。

「だって、大好きで尊敬するルフィ先輩があるのはエース様のお陰だべ!エース様の存在なくルフィ先輩を語れねェ、ってなったらおれァが1番に感謝しなきゃいけねェのはエース様にだべ!」

バルトロメオは、自らエースが飲み込んだ問いに答えた。
満面の笑みを見せるバルトロメオに引かれるように、エースも口元に笑みを浮かべていった。

「へへッ!わかってんじゃねェか!」

エース自身、自分の存在が誰かにとって特別で誇れるものであるとあまり言えなかったが、誰にでも誇れはっきり自慢だと言い切れる弟を介した言い方で褒められると、そうだろう?と素直に思えた。
嬉しくなったエースはバルトロメオの肩を強く叩く。バルトロメオは首をかしげながらも、「んだべ!」と力強く相づちを打った。

「よし!バルトロメオ!せっかくだからおまえも食えよ!パーッとやろうぜ!」

エースはバルトロメオの手からチョコレートの箱を取ると、無造作に開けていく。現れたのは、丸い形のトリュフチョコレートだった。エースはそれをひとくち摘んで、「うん、美味い!」とバルトロメオに笑いかけた。対するバルトロメオは「お口に合わなかったら言ってくれだべ。おれがその会社潰してくるんで」とお茶を飲みながら笑い返す。
冗談か本気かわからない返答にエースが苦笑を浮かべながらも、二個目のチョコレートを取って、「ほら、おまえも食えよ」と箱をバルトロメオに差し出した。

「おれァいらねェです。全部エース様の分だべ!」
「なんでだよ。食えって」

「一緒に食ったほうが美味いだろ?」とエースが箱をぐいぐいと押し付けても、バルトロメオは頑なに首を振って拒んだ。「お茶で十分だべ」と言うバルトロメオにやけになったエースは、目を細めてバルトロメオに詰め寄った。

「じゃあ、ほら、口開けろ」

エースが詰め寄った分だけバルトロメオも距離を開けるが、チョコレートを摘んだ手を伸ばされれば、手をついて後ろに体を逸らすのでは間に合わない。バルトロメオはたじろぐが、これ以上逃げ場はなかった。
おまけに「あー、」と大きく口を開けて見せられると、条件反射で口を開いてしまう。
口を開けてしまったことにはっとなった時には、エースによって口にチョコレートが入れられていたらしい。状況を把握するよりも早く、甘い味が口の中に広がっていく。

「な、美味いだろ?」

エースはバルトロメオが固まっていることに大した反応を見せず、チョコレートが美味しいかどうかを笑って問いかける。ふと指先に付いたココアパウダーに気付くと、エースはそれを何気ない仕草で舐めた。
瞬間、バルトロメオは体中の血が沸騰したような感覚になった。
一気に体が熱くなって、顔が赤くなっていっているのが自分でわかる。いや、おれはどこの中学生だ。恋愛をしたことがなければ童貞でもないというのに、今さら何でこんなことに初心な反応をしてしまっているのか。格好悪い。そう頭でわかっていながらも、顔に集まった熱は中々下がらない。心臓の爆音も鳴り止まない。

「なんだ、おまえ暑いのか?」エースはバルトロメオの顔を見て言う。「暖房入れたからな。暑いだろ。上着脱げよ」
「え……、あ、ちょ、エース様ッ」

エースはバルトロメオの上着を引っ張って脱がす。バルトロメオはろくな抵抗も出来ず、されるがままにコートを剥ぎ取られた。
ほかに誰もいない部屋で2人きり。部屋の隅には布団が畳まれている。部屋も暖かければ、充満する匂いも甘い。上着を脱がされ、着ているのは薄いカットソーだけ。バルトロメオがそのシチュエーションに気づいてしまった瞬間だった。恋人同士でなくても、生理的に有りな相手であれば、その気になれば間違いなくことに運べる場面だ。
あ、これはまずい、と剥ぎ取られた上着を返してもらおうとエースに手を伸ばすが、彼は自分の上着を抱いて顔を埋めている。

「やっぱフワフワでいいよな、これ!」

上機嫌な様子のエースに、今度はもっと下の部分に血が集まっていきそうだった。エースの意表を突いて、そのまま押し倒すことも可能だ。
しかしとして、押し倒していいものか。バルトロメオは難しい顔をして俯き、膝の上で握り込んだ拳を見つめた。









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