Winter

ざわめく街道の一角、船を模したイルミネーションの前でエースが突然脚を止めた。

「エース様?」

一緒に歩いていたバルトロメオは、エースが見上げている先を確認した。珍しいモチーフとはいえ、ただ帆船の形をしたイルミネーション。鯨が並走している以外に何の変哲もないし、変わった仕掛けがあるわけでもない。
にも関わらず、ぽかんと口を開けて眺めているエースは随分と心奪われている様子だった。船酔いをしてしまうバルトロメオにとっての船は何の魅力もないが、エースには何か思うものがあるのかも知れない。そう感じたバルトロメオは少し離れた場所でぼんやりと立ち尽くすエースを見守ることにした。

二人の視線の先では、イルミネーションを前に何組かの家族連れやカップルが入れ替わり記念写真を撮っていた。エースも写真が撮りたいのかと思えども、そんな様子は微塵も感じられず。かと言って他に何を思ってどうしたいのかもわからない。バルトロメオはただ白い息を吐きながらエースを待ち続ける。
そうして早くも十数分が過ぎた頃、エースに不審な目を向ける人が出始めた。端に寄って目立たないようにしているバルトロメオに反して、エースはイルミネーションの真正面で突っ立っているのだ。通行の邪魔であるし、大の男がイルミネーションの海賊船を前に何をするでもなく、ただ夢中になっているという状況は少し不自然だった。加えて雪も散らつき始める。

「あの……エース様?」

見かねたバルトロメオが近付きそっと声をかけ、顔を覗き込んだ。身長差を埋めるように屈んだが、バルトロメオとエースの身長差はまだ少しある。上にあるバルトロメオの視線をエースは上目遣いに見返した。

「んだよ……」
「えッ、とですね、」ムッとした表情のエースについ怯む。「たしかにこの船はかなりイカしてるけども、ずっとここに居たら冷えますだべ」

しどろもどろになりながらも、バルトロメオはエースの肩を抱いて移動するように促した。せめて雪が掛からないよう街路樹の下に連れて行こうとした。
エースは、触れられてるのかも分からないほど謙虚に置かれた手を一瞥する。瞬間、バルトロメオはパッと手を離して胸元で小さく手をあげた。無理強いをする気はないという意思表示だった。
エースはその手を追いかけジッと見つめる。

「寒ィのか?」
「え? いや、滅相もねぇべ、おれは平気だべ!……おれじゃなくてですね、エース様のお身体が冷えてお風邪を召されたりしたら……」
「おれはそんなにヤワじゃねェよ」
「だども……あ、」

エースの両脚は真っ直ぐ下に伸びたまま動き出す気配がない。それをチラリと確認したバルトロメオに名案が降ってきた。次に、降って湧いて出たプランを即実行に移すがため上着を脱ぎ始める。

「おい、バルトロメオ!」

エースからしてみれば、あっとなった途端にいそいそと上着を脱ぎ始めるバルトロメオの行為は奇行でしかない。慌てて“待て”を出した。

「何しようとしてんだ」

バルトロメオは、エースがこの場を動きたくないのであれば、自分一人で傘を買いに走るつもりであることを告げる。その間には自分のジャケットを羽織ってもらっていれば寒さも凌げる。次いでにカイロと暖かい飲み物も買ってくれば完璧だ。
そのプランを説明されたエースは言葉に詰まった。どこから突っ込めばいいかわからなかったのだ。いくらか迷って「女扱いしてんじゃねェよ」と切り出した。

「そんな! エース様を彼女扱いなんておれなんかがおこがましいべ!」
「女だっつってんだろ! 性別の話だ! だいたい、このくらいの雪に傘なんか必要ねェし、お前の上着も必要ねェ」

強い眼差しでそう言われても、その睫毛には大粒の雪が乗っている。白い頬っぺたが赤くなっているし、薄い唇から吐き出す息は白く揺らいでいて心許ない。そんなエースが儚い存在に思えてならなかった。
仮に今現在は寒さを感じていないにしても、ここから先はわからない。一度冷えたら暖まるまで時間もかかる。そうなる前に手を打ちたいのだ。

「だども……せめて暖かい飲み物だけでも……」
「いらねェって」

何も必要ないとはっきり伝えても、まだバルトロメオは自分の身なりを確認しては、剥いで渡せるものはないかと探している。きっと、帽子もマフラーも手袋も身に付けていないことを猛烈に後悔しているに違いない。
諦めの悪いバルトロメオにエースは盛大な溜め息を吐いた。

「もぉー! だからおれは寒くねェんだって!」

「ほら!」と、エースはバルトロメオの手を握った。ピャッと飛び跳ね固まるバルトロメオを他所に、エースは自分の持っている熱を正確に伝えるように力を込めていく。

「エッ、エース様! 」

硬直が取れたバルトロメオは、捕まえられた両手をどうすることもできないまま、顔を赤くしたり青くしたりと忙しない。きゅっと握られた両手から伝わる熱に、確かに冷えてはなさそうだと判断する余裕もない。

「な? おれ昔ッから体温高いんだよな」

バルトロメオが受けている戸惑いと衝撃を気にも留めないエースは、左手だけ繋いだままイルミネーションの船に向き直った。
憧れのエース様に手を握られ、次いで手を繋がれるという状況に対して心の中で叫んでいるが、声には出ないことが幸いといえる。

「おまえさ……、そんなに寒いのを気にするなら帰るぞって引っ張って行けばいいだろ……。おまえはこれに興味ないんだろうし……。なんでここに居続けること前提で話し進めようとするんだよ」
「でもエース様はまだ見たいんだべ?」

ポツポツと語られる話に、バルトロメオは我に返る。手を繋いでいることも忘れて、エースの問いをきちんと聞いて応答する。

「おれのことなんか気にせず、ゆっくり見てくれて構わないべ。おれはエース様を見てるだけで幸せですし……エース様の気の済むまでどれだけでも付き合いますだべ!」
「なんだよそれ……」
「あ、おれが邪魔ならおれだけ帰りますので、遠慮せず言ってくださいだべ。名残惜しいけど……おれはエース様のお邪魔はしたくないべ」
「ん……」

実際に無理やり引っ張って行かれることはなかったし、立ち止まった瞬間から早く歩けと急かされもしなかった。だからこそ嘘はないと分かるバルトロメオの言葉に、エースは俯向く。ムズムズする胸中が収まるのを待ってから、心を奪われていた船をもう一度見た。
波を受けて進んでいる船とクジラはどこか懐かしく、遠い記憶を探るような感覚になった。確かに記憶はあるのに思い出せない気持ち悪さにエースは捕われていた。

「……もういっか……帰るぞ」
「へ? もういいんですか? 点灯が終わるまでまだ時間はあると思うべ」
「いいさ」

エースはバルトロメオと手を繋いだまま歩き出す。
バルトロメオは引っ張られるがまま着いて行くが、その胸中には本当に満足できたのか、声をかけて邪魔をしてしまったのではないかと不安が押し寄せていた。物理的に手を引かれながらも、イルミネーションの船に後ろ髪を引かれてしまう。

「また一緒に来ようぜ」エースはそんなバルトロメオを振り返った。「付き合ってくれるんだろ?」

そう言われた瞬間、バルトロメオの意思はエースに引き戻された。

「エース様ァ〜! もッもももちろんだべ〜! エース様さえ良ければ、おれァいつでもお供させていただきたく存じますだべ」
「ああ……ありがとう、頼むよ」
「そんなッ滅相もねェべ! こつらこそ、一緒になんて言ってくれてありがとうだべ〜! 次こそはちゃんとエスコート出来るような男におれァなるだっぺェ〜!」
「だから女扱いはやめろって言ってんだろ……」

何度も同じことを言わせるバルトロメオに脱力する思いだったが、反して繋ぐ手には力がこもる。多分きっと、無意識で呼応するように握り返してきた手に笑を浮かばせた。






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