虜になりそうなテクが怖い

厚手のパーカーにジーンズにシューズ。これにダウンベストを羽織るのがエースのお馴染みの格好だった。
どれも長年愛用しているもので、その生地の痛み具合いや色褪せ度合いから年期が伺える。同じ学校に通う学生たちのみならず、ほとんど毎日エースの顔を一眼見にやってくるバルトロメオにとっても、その格好はエースを見つけるための目印となっていた。

大学校内を不整に行き交う学生の中から、ほむら色のダウンベストを着込んでいる人物をバルトロメオは軽々と探し出した。
毎日見に来ているが、今日のエースは今日にしかいない。バルトロメオが毎日大学にまで足を運ぶ のは、この持論があるからだった。
今日も無事に今日のエースに見ることができて、バルトロメオの胸には嬉しさが込み上がっていく。視界が涙で歪みそうになるのを堪えながら、バルトロメオはエースに熱烈な視線を送った。見れば見るほど、風になびく黒髮からは芳醇な香りが香ってくるようだし、バルトロメオに気づいて投げられたその視線に心臓を射抜かれたような気分になった。

「はぁー、今日もエース様はステキだべぇ」
「毎日、毎日、ほんとに飽きないやつだな……」

ぽやぽやと熱を浮かしながらエースの魅力に陶酔するバルトロメオに声がかかった。いつの間にか
エースがすぐ横に到着していた。

「お、お疲れさまだべっ、エース様っ」

バルトロメオは訛り口調でしどろもどろに馴染みの挨拶をする。エースは短く返答を寄こし、荷物を持つと言うバルトロメオの申し出を断ってから歩き出した。その後ろをバルトロメオが追う。
バルトロメオの方が背が高いため、エースを斜め上から見下ろすようになる。バルトロメオの視線の先には、しばれる程の冷気に晒されている頸があった。
以前、良かれと思ってエースに渡した紙袋の中に、カシミヤのマフラーを入れ込んだことをふと思い出した。入れ込んでからそれっきり、そのマフラーの姿を一度も見ていない。エースの首元のみならず、ルフィが使っているのすら見ていなかった。
少しの寂しさを感じたバルトロメオだが、頭を振って気持ちを入れ替えた。

「今日はこれからバイトでずか?」
「……ん、」

一拍置いて頷いたエースは、バルトロメオを振り返った。
基本的にバルトロメオの言動に呆れて困っているエースは、普段から彼に対して眉を寄せていることが多い。
ムッとした顔で睨み上げれども、今さらバルトロメオがこれしきのことで取り乱すことはなかった。
ピタリと立ち止まり、小首を傾げて終わることだ。

「もー、なんでお前はいっつも後ろ歩くんだよ。話しづらいだろうが、早く歩けって」

呆れ半分、怒り半分といったところだろうか。
ぷんすことした煙りを飛ばすような言動に、バルトロメオは敬愛してやまないルフィの影を見た気がした。
彼が弟に似たのか、弟が彼に似たのか。たった数年前に知り合ったバルトロメオには判断できなかったが、どちらにせよ、彼らが仲良しであることには変わりがない。二人のことを知れば知るほどそれ程似ていないことに気づいたバルトロメオだが、彼らの絆や愛から生まれた共通点を随所に見ては、繋がりの深さを垣間見る。
愛おしいことだった。
条件反射で頬が緩みそうになるが、怒られているのが現状。顔を引き締めたところで、どうしようもできないのが事実だった。

「そっだらこと言ったって……おれなんかがエース様の横を歩くなんておこがましいべ」
「だからなんでだよ、おれはそんなに大それた人間なんかじゃねぇって」
「いんや!ルフィ先輩のお兄様であるなんて、もうそれだけで神様に近しい存在だべ!ようやくエース様の七色に光るオーラに目が慣れて直視できるようになってきたところだべ」
「……」

よくわからないバルトロメオの発言に、一層の呆れ顔になってから開かれた口は、吹き付けられた突風によって閉ざされた。
風が過ぎ去ってから、エースは一言だけ「寒ぃ」と言って身を縮こまらせる。
これ以上ここでバルトロメオと言い合ったところで、バルトロメオの言い分や態度が変わらないことをエースは知っていた。時間と体力の無駄だと判断したエースは、ポケットに両手を突っ込んでから再び歩き出した。

今日は朝から一段と冷え込んでいた。身を縮こまらせて突風の中を歩いていくエースは、言った通りにかなり寒そうだった。
バルトロメオはまた以前に渡した紙袋を思い出していた。エースがまた同じ格好で冬を過ごすことを見通して、あの中にはマフラーだけではなく、コートもセーターもズボンも、上から下までひと冬越すには十分量のな服を詰め込んでいた。どれもバルトロメオのお下がりだ。エースに見合った服を購入するのも構わなかったが、それでは受け取ってすらもらえなさそうで、自宅のタンスにあるもののち、綺麗でエースに似合い、かつ、エースが着るにあたって申し分のない上質なものを選んで渡していた。

「あの、エース様……、言いにくいんだけども、おれの渡したお下がりの服、お気に召さなかっただべか……?」

エースの自宅まで持って行って手渡した際、彼は顔を綻ばせて喜んでくれた、と思う。ありがとう、助かると確かに言われたはず。それでも、一向に着てくれていないところをみると、実は迷惑だったのではないか。
お下がりなど、場合によってはゴミを押し付けているだけだ。このままエースの部屋で場所を取るくらいなら、引き取ったほうがいい。
そう思った末、バルトロメオは恐る恐る、エースの斜め後方からその顔を覗き込むようにして切り出した。

「あ?……いや、そんなことはねぇけど……」

難しい顔をしながら言葉を濁すエースに、バルトロメオは胸が痛んだ。
不要な気遣いをさせてしまった。やっぱり迷惑だったのだ。きっと渡した紙袋に入れられたまま、部屋の片隅で埃をかぶっている。

「っ!申し訳ないべ〜、エース様ぁぁぁ!」
「はぁ?」
「やっぱり迷惑だったんだべ〜!!すっ、すぐ引き取りに行くだべ〜!!」
「や……おい、ちが、」

急に泣き崩れたバルトロメオに、エースはあたふたとして声をかける。しかし、こうなってしまったバルトロメオにはなかなか届かない。

「おいって!うるせぇよ!」

困りながらも張られた声に反応して、ようやくバルトロメオは静かになった。グズグズと鼻をすすりながら、明日、何なら今日、今すぐにでも服を取りに行くと言うバルトロメオに、エースは「そういうんじゃねぇって、取りに来る必要なんざねぇから」と声をかける。

「もぉ……恥ずかしいからやめろよ、」エースはバルトロメオの肩の布を引く。「ほら、早く立て」
「ほ、ほったら、なんで着てくんないだべか……、いらねぇからだべ?気に入らなかったからだべ?やっぱりおれなんかのお下がりはエース様には必要なかっただべ〜」
「ちげぇって!うるせぇな!」

バルトロメオはのろのろと立ち上がれども、泣き言はやめなかった。エースが叱咤したところで静かにはなるが、涙と鼻水は止まらない。黙ったまま視線で訴え続けるバルトロメオに根負けしたエースは、困った様子で口を開いた。

「あんな……あんな上等な服、着る機会なんざそうそうねぇだろ……。泣くほど着て欲しいんなら、お前……そういう機会を作るくらいしろよ……」

エースの口から思ってもみない台詞が飛び出して、バルトロメオはただただ天を仰いだ。バルトロメオのお下がりを普段使いできないと判断したらしい健気さに、案にデートに誘えと言われていることに、バルトロメオは声も出ないほど打ちのめされた。
そんなバルトロメオをよそに、エースはバツの悪そうな顔をして先に歩き出す。
バルトロメオは数秒そのまま固まっていたが、やがて吠えるようにして泣き始めた。存分に泣き、少し気が紛れたところで、バルトロメオは涙を拭いて駆け出した。

「エース様ぁぁぁ!!」
「なんだよ……触んなよ」

大声を出しながら近づいて来るバルトロメオに、エースは呆れながら振り返る。涙と鼻水だらけの手を避けるようにしながら、泣いて赤くなっている顔のバルトロメオに向き直った。

「お、おれと、でっ、でででっ……お、ぉお出かけしてくんろっ!」
「……お出かけって、お出かけな、」

お出かけなど稚拙な言葉であるが、やはりバルトロメオは自分がエースをデートにお誘いするなど、おこがましくてたまらない。かなり譲歩して絞り出した単語だった。
眉間に皺を寄せていたエースだが、お出かけという単語に表情を崩した。こう見えて社会的地位があるバルトロメオにデートと言われたならば、また大仰なプランを立てられそうであまり気乗りしなかっただろうが、お出かけと言われたならば、ちょうどショッピングモールに行きたかったことを思い出す。

「それならいいぜ」
「ほ、ほんとだべか!?」
「ただ、いくつか条件があるけどな」


エースが出した条件は、大げさにしない、はしゃがない、泣き出さないの三拍子だった。
その条件を前に、バルトロメオは珍しく深刻そうな顔をして「ムリだべ」と首を横に振ったが、「じゃ、ムリだな」と切り替えされて、結局は“おはな”な条件を飲み込んだ。

二人は隣町のショッピングモールに行くことにした。地元にあるものよりワンランク上の店が入っている。
待ち合わせ場所でエースの到着を待つバルトロメオは、確認をするように背後を振り返る。そこには数名の部下たちがビデオカメラを手に待機していた。エースの出した条件への対策だった。
考えに考えた末、バルトロメオはエースのことを見ない、という結論に辿り着いた。エースの姿は後でゆっくりビデオで見ればいい。もうこうするしか、エースの出した条件をクリアする術がなさそうだった。
エースと二人きりでお出かけなど、バルトロメオは今にも浮かれぽんちになって飛び上がりそうであった。それでもバルトロメオは“おはな”な条件を頭で何度も何度も唱え、冷静を装いながらエースの到着を待ち続けた。

約束の時刻より少し早めに着いたエースは、数メートル先にいるバルトロメオを先に見つけた。いつ見ても先に見つけられて見られているので、真面目な顔をしてじっとしているバルトロメオは初めて見たような気がした。
背が高く均一に鍛えられた身体にド派手な髪と奇抜な配色の服。自分が同じようにしたいとは思わないが、バルトロメオのセンスをあらためて見てみて、好みであると言えた。
エースは着て来たバルトロメオのお下がりである黒のライダースに触れる。これだって、裏地は赤色で、ドクロが一面にプリントされているのだ。首元の毛皮の鬱陶しさと少し大きいことを除けば、嫌いではない。

「え、エース様!」

突っ立ているエースを見つけたバルトロメオは、エースに向かって手を振った。いつも通り腑抜けた顔になったバルトロメオに苦笑を浮かべながら、エースはそれに応えて歩き出した。
代わりにバルトロメオは逃げ打って柱に隠れる。自分のお下がりを着ているエースは想像以上の破壊力だった。むしろあれがは本当に自分のお下がりなのであろうか。いや違う、あれは最早エースによって神聖なる召し物へと昇華してしまった。

「お前、黙ってればかっこいいんだから、ビシッとしてろよ。泣き崩れたら置いてくからな」

かつて自分の物だった服をマジマジと見るバルトロメオに、合流したエースは開口一番にそう言った。

「かっ!?か、かっこいいなんて、そんな、滅相もねぇべ〜、かっこいいのはエース様だべ、ぅっ」
「おい、忘れてねぇだろうな?」

耳を疑うような言葉に、バルトロメオは早くも涙を浮かべていた。すかさず眉を顰められて、バルトロメオは口を閉じる。

「“おはな”だろ?」
「ウっ、……も、もちろんだべ、忘れてねぇべっ!」

バルトロメオが必死な表情で頷くと、エースは満足げに笑った。
かっこいい身なりで可愛い単語を口にして笑うエースに、バルトロメオは可愛いお方であると思わざるを得ない。ここがエースとルフィに感じる感情の決定的な違いだった。ルフィの言動にはかっこ良さと破天荒っぷりに驚くばかりだが、エースの言動には可愛さを感じてしまうことがある。これはあまり良くない感情であると、バルトロメオは可能な限りそう思わないように努めていた。

「今日はルフィとサボにクリスマスのプレゼントを買いてぇんだ。付き合えよ」
「もちろんだべ!どこへでもお供するだべ!任せてくんろ!」
「はぐれんなよ。人が多いから、お前はぐれそうだ」
「は、はいだべ!」

エースはそう言うと、先に店内に入っていく。
残されたバルトロメオは深呼吸をして“おはな”な条件を唱えた。それから、極力エースを見ないように決心付けてエースを追った。

休日であることに加えてセール期間であり、店内には人がかなり多かった。
何を買うか事前に決めていなかったエースは、店先に並ぶ商品を見ながら歩いて行く。そちらばかり気にしていると、人にぶつかりそうになったり、半歩後方にいるバルトロメオとの間を遮られたり。そうなるたびにエースは忙しなく顔を上げてバルトロメオの姿を確認したが、バルトロメオはそっぽを向いていて、目が合うことはなかった。
あまりに静かで、商品を見ているうちにその存在を忘れることも数回あった。あっとなって見渡せば、バルトロメオは言いつけ通りにきちんとそこにいた。
変わらず目が合うことはないが、そもそもとしてこの男が自分から離れることなどあり得ないのだろうと、エースはそう思った。

しばらく店を回るうち、エースは無難に財布をプレゼントすればいいのではないかと思い付いた。

「な、無難だけどいいよな」

エースがバルトロメオを見上げて意見を問うと、ようやくエースとバルトロメオの視線が交わった。

「あ、財布だべか……、財布は人から貰うといいって確かばあちゃんが……」
「ほんとか?」

バルトロメオが昔に聞いたことのある知識を口にすると、エースの表情がパッと明るくなった。同時に丸く開かれる目から、バルトロメオは慌てて目をそらした。

「ほ、本当だべ!ばあちゃんが言ってたべ」
「なら財布にするか、どこにあるっけな……」エースは言いながら辺りを見渡す。「あった!」

ちょうどその先に財布や鞄を取り扱ってるブティックがあった。
人の流れを遮るように歩き出したエースは、とうとう人とぶつかってしまった。「あ、すまねぇ」と立ち止まって頭を下げて謝るエースに、ぶつかった男は舌を打った。ずいぶんとガラの悪い態度だが、遮ったのは自分だ。エースさして気に留めず、目当ての店を目指す。

「なんだべ、アイツ……」

その呟きに振り返ると、バルトロメオが男を追うための一歩を踏み出していた。

「あ、おい、いいって、」エースは慌ててバルトロメオに声をかける。「おいってば!」

その声に反応したのはぶつかった男だけだった。自分を追ってくるバルトロメオに気付いた男は、逃げるように歩調を早めて行く。それに苛立つバルトロメオも歩調を早めた。
エースも追いかけるが、鋭い目付きのバルトロメオの前には自動的に道ができるし、歩幅も違う。手を伸ばすように追いかけても、開いてくばかりの距離と、あり得ないと思っていたことが現実に起きていることに、エースは焦った。

「なっ、なんだよ、お前ら!」

どこからか湧いて現れた部下たちが行く手を阻み、男は手際良く壁際まで追い詰められた。バルトロメオは男の前に仁王立って凄む。

「てめぇ、あのお方を誰だと思ってんだべ、」
「バルトロメオ!」

その声と同時、ポケットに突っ込まれているバルトロメオの腕に、エースの手が掛けられた。

「おまえ、おれを置いて行くなよ……!」

バルトロメオが振り返ると、どこか不安を感じているような表情のエースがそこにいた。それも自分の腕を掴んで。何を言われたのか、何が起きているのか、バルトロメオは処理が追いつかなかったが、ぎゅっと服を握り込まれる感覚に心臓が飛び跳ねた。

「っ!!!え、エース様ァァ……」
「はぐれんなって言っただろ」

不安と不満を訴えかけるようなエースの言い方に、バルトロメオは“おはな”な条件を一切忘れて泣き叫んでいた。

「ウォォォッォオオオオン!!!エース様ァッァアァァ!!可愛い過ぎだべェェェ〜〜〜!!」





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