マスだけかいて生きていられん
情報屋、仲介屋、運び屋、攫い屋、殺し屋。世の日の当たらない場所には、日常とかけ離れた事柄で商売をしている業者がある。自分もこう見えて何でも屋を営んでいると、その日、何となしに訪れたバーのカウンターで知り合った男は、俺に語った。
その男が言うには、犬の散歩から子どものお守りに、ゴミ屋敷化した家の掃除から解体、人手不足の飲食店のスケット、その片手間に情報屋のように知っている情報を売ったり、依頼があれば何でもこなすのが何でも屋であるらしい。
聞いていて、何でも屋と言えば聞こえはいいが、実際にはただの体のいい小間使いじゃないかと思った。攫い屋や殺し屋という物騒でも身を削ってそうな職種と同じ羅列に並べるのはどうかと思う。
「へぇ、」とだけ返事をして、グラスを傾け中身を全て煽った俺の感情を察したらしい男は「毎日、仕事に育児にと忙しく退屈であるはずの日常を必死になって生きている現代人にとって、意外にも需要はあるんですよ?」と苦笑を浮かべた。
「それにほら、何でもするのが何でも屋なんですから。……俺にできないことはない。どんな職種の人間よりも俺は優秀だ」
「……随分だな。だったら、人攫いもするのか?人殺しも?」
「依頼があれば」
社交的でにこやかな笑みが、妙な迫力を醸し出していた。肯定も否定もしていない返答が、まさしく肯定の証だった。目の前にいる男は、人攫いも人殺しもしたことがあるのだと思ってゾッとした。
これ以上は関わるべきではないと、俺は席を立つ。そんな俺に、男は「お兄さんも、何か依頼があればお請けしますよ」と名刺を差し出してきた。
「同じニオイがするから」
「は……?」
「俺も初めは何でも屋として普通に普通な仕事を楽しくやってたんだけど、段々と物足りなくなちゃって、退屈に感じてきて」男はバーテンに俺の飲んでいた酒のおかわりを注文すると、隣の椅子を引いた。「まぁ座りなよ。というか、よかったら一緒に働かない?いま人手が足りなくてさ」
男は俺を見上げて微笑んだ。そうして、「物足りない日常からの脱却なんてのは案外簡単だよ」と言う。
冒頭からここまで、男の筋書き通りに話が進んでいたのだろう。そして最後のそれは、人手が欲しいがための常套句だ。変わらない毎日を忙しく生きる現代人にとって、大層魅力的な台詞だ。実際に、その一言は俺にとっても魅力的な台詞だった。
指定日の当日、午後13時。指定された駅で何でも屋の男と落ち合い、言われた金額を包んだ封筒と引き換えに、プリントアウトされた地図と、領収書だと言いながら差し出された便せんを受け取った。中には硬いものが入っている。これについて尋ねる前に「鍵だ」と男は言った。それだけで合点がいく。
「なるほど? つまり、この地図の通りに進み、中に入っている鍵で扉を開けた場所に準備してもらったものがあると、そういうことか?」
「そうだね。その便せんの中に詳細は書いてるけど、まぁ、時間だけ守ってくれたら構わないから。明日の朝9時ね。その時刻になったら人を寄越すから、鉢合わせしたくなかったらその時間までに消えててね」
結局、俺は男の誘いは受けなかったが、代わりに仕事を請けてもらった。男が引いた椅子に座り、出てきた酒を口に含んでから切り出した俺に、男は「えぇ……そっち?」と残念そうな表情を浮かべていたが、仕事は軽く請け負ってくれた。それからは請けてもらう仕事の内容しか話をしていない。
「じゃ、俺はこれで」
俺が渡した封筒の中身を確認した男はそう言って、横を通り過ぎた。すれ違いざまに「お誕生日おめでとう、せっかくだしいろいろオプション付けといたから、楽しんで」と言い残した。
何の話だ、勝手なことをするなと咎めるより先、男は雑踏の中に消えて行ってしまう。そこにあるのはただの休日の街並みだった。
今まさにアンダーグランドな非日常的なやり取りをしていたというのに、数秒足らずで休日の浮き足立った日常に溶け込めるなんて、不思議な感覚だった。
案外、周りの目から見たら俺たちのやり取りも日常的な風景だったのかも知れない。
そんなことを考えながら地図の通りに進み、着いた場所はウィークリーマンションらしき場所だった。受け取った鍵で書かれていた号数の扉を開け、中に踏み入れる。キッチンが備え付けられている廊下を進み部屋に続くドアを開けたところで、自分は今現在、非日常にいるのだと、ようやく自覚した。
六畳と思われる部屋にあるのは、備え付けらしいベッドとクローゼットとエアコン、それと長年好意を寄せながらも親友として関係を築いてきたエースだった。エースのその様子を見て、男の言った“オプション”の意味を悟る。
エースは、口枷と目隠しをされ、耳にはノンワイヤレスのヘッドフォンをしていた。大音量で音楽が流されているのだろう、微かに音漏れがする。正体を知られないようにしたかった俺にとって、ここまでは要望どおりだった。しかし、それ以上のことを頼んだ覚えはない。
エースはチェックのシャツ一枚だけを羽織っている上から、赤いリボンを巻かれていた。所謂ラッピングを模しているのだろう。手は後ろ手に縛られ、両足もそれぞれ膝を折った状態で固定するように縛り付けられている。その状態で部屋の中心に座り込み、荒い呼吸を繰り返していた。
穴あきのギャグボールからは涎が伝い、肌蹴た胸元を濡らしている。その尋常じゃない唾液の分泌量と、小刻みに震えている様子から、薬を盛られているのは明白だった。
「エース……?」
恐る恐る近づき声を掛けるが、エースには声はおろか気配すらも届いていないのか、全くの無反応だった。
急に感動にも似た嬉しさが込み上げた。毎日マスターベーションのおかずにし、頭の中では散々好きに抱いたエースが、お膳立てされた状況でここにある。夢にも見た状況だ。叶わぬ恋ならばせめて身体だけでもと、バーカウンターでの出会いに縋った結果だ。とうとう実際にエースを抱ける日が来たのだ。しかも親友というポジションを保持したうえで。
感動しないわけがないし、興奮するのも当たり前の状況だった。
すぐ側で膝を付けば振動が伝わったのか、エースはビクリとして顔を上げた。口枷を外し、頬に両手を添えるとエースは顔を背けるようにして拒絶を露わにする。
「ふっ、ッ誰だっ、ンっ!」
「エース…エースっ」
「んっ、ぅ、や、やめっ」
「ッ!」
両手で頭を固定して唇を舐める。口内に舌を入れたところでエースは歯を立ててきた。反射的に離れると、エースは鈍い動きで後ろに逃げようとする。
俺はエースが誰だかわからない相手を拒絶している事に、これ以上ない興奮と愛おしさを覚えた。
「はぁ、はぁ、…はっ、な、んだ、誰だよっ!」
俺の頭の中にいるエースは、こんな反応しない。だってそれは俺が抱いているから。エースはいま、誰だかわからない、言うなれば俺以外の相手に唇を貪られているから嫌悪した声を出し、心底嫌がっているのだ。これを愛おし思わずに何を思えというのか。
もっと触りたくて、もっと嫌がる姿を見たくて、大して変わっていない距離を詰め、肌蹴て露わになっている胸の突起を指で摘む。エースは途端に電撃でも走ったかのように体を跳ねさせ「んあっ!」と大きく喘いだ。薬のせいでかなり敏感になっているのかも知れない。
「あ、うぅ…さ、触んな、…ぁあ、ぅ、ん」
「エース、ここ気持ちいいのか?ちょっと触っただけでもう赤くなって、硬くなってきたぞ?」
「ぅあっあ、ぁっ、んっ、ぅん、…ふっう」
触って舐めて。しばらく好きに弄って堪能していると、しだいにエースの抵抗は弱々しくなっていった。
唇を噛み声を抑えている様子は、快楽に負けないように耐えているように見えた。そんな本人の意思に反して、鼻から抜ける息が妙に色っぽく、余計にこちらの欲望を刺激する。
俺の下半身はもう随分前から張り詰めていて、痛いくらいだった。
エースのそこにも視線を落とすと、体同様、赤リボンで根元きつく結ばれている陰茎が目に入る。欲の発散をせき止められ苦しそうなそこからは、透明な液が溢れ出ていて床を濡らしていた。
「びしゃびしゃだなエース……乳首なんか弄られてこんなにして……、もしかしてもうイきたいか?」
「あぁっ!い、や…!やめっ、あっ、あ、ぁ、触んじゃっね、…ぅぅん」
軽く竿を握り上下に扱けば、エースは腰を引いて刺激から逃れようとする。
「イきたくねぇのか?……そうだな、イッたら体力なくなるし、せっかくだからもうちょっと我慢するか。痛くねぇように先に後ろの方を慣らしてやる」
「…んっ、ふっ、ふ、…ぅ、」
折りたたまれて縛られている脚を床から離させ、そのまま床に押し倒した。下半身には何も身に付けていないので、後孔が丸見えになる。そこは濡れていた。一瞬、エースの溢した先走りだと思うも、すぐに違うとわかった。
その瞬間、ずっと高揚していた気分が急降下し、心臓を握られたかのような緊張が伝う。まさかと思い、そっと指で入口に触れると、ヒク付いたそこからは液体が溢れ出てきた。
「ひっ、や、やめろッ、…そこは、やめッ!だめだ!」
「精液……?いや、ローションか?」
出てきた液体が透明でとろみがあることで、いくらか緊張が遠退いた。これが白濁としたものであったとしたら、自分がどうなって、どうしていたか分からなかった。
「これ…なにか突っ込まれたあと……?まさかお前、使用済みになってたりしてねぇよな?」
だとしても、すでにローションの他にも何かを入れられ慣らされたあとかも知れない。本人にどうなんだと問い詰めたい衝動に駆られたが、グッと耐える。それをしてしまえば、わざわざ人を使ってお膳立てをした意味がない。
そうだ、人を使ってお膳立てしたのだ、多少のイレギュラーはある。ローションで事を運び易くしているのも、薬の投与やリボンと同様に何でも屋の善意から施されたオプションのうちの一つでしかないのだと、自分に言い聞かせた。
「んぅ、うっ、…ふっ、ッ!ぃや、入れんなぁ、ッ!あっ、」
後孔に指を一本突き立てると、くちゅりと厭らしい音を立ててすんなりと飲み込んでいく。どうやら痛くはないらしいが、ローションで柔らかくなっているわりには狭く、指を動かすのも戸惑われるくらいの締め付けがあって、ほっとした。今まで後孔を使用してセックスをしたことはないから分からないが、感覚的に未使用であると判断できた。
少し指先を動かせば、指とひだの間から液体が溢れ出てきた。いったいどれ程の量を入れられたのか知らないが、これが全て俺の精液であったならと想像すると、再び興奮がしてきた。
「ッ!ぅう、出すんじゃ…、ひっやぁ、やめろッ、くっ、ぅ」
中のものを掻き出すように指を動かすと、エースは一層顔を赤くした。意に反して流れ出る感覚をまるで粗相をしているかのように感じているのか、中のものを零さまいと入口をキュウと締め付けてくる。それ程までに屈辱的なのだろうが、このローションを自分の精液と見立てている俺にとって、そんな行為はただ煽るだけであった。
「エース…!例えもし、これが俺の精液で、それが他の男に掻き出されそうになったら今みたいに拒んでくれるか?」
「ぅっ、ふッ、」
訊ねたところで返答は返ってこないが、自分で言って自分で想像して、さらに興奮が高まった。ぞくぞくとした感覚が下っ腹の辺りから湧き上がってくる。
早く実際に、エースの中を自分の精液でいっぱいにしたくて、先を急いだ。勢いに任せて、指を一本二本と増やして慣らしていく途中で、エースは引き攣った声を出し、何度も不自由な体で上へ上へと逃げようとする。その度に俺は指が抜け切る手前で足の付け根に手を回して引き寄せ、元の位置まで戻した。
同じことの繰り返し、抗いようのない状況と、しだいに後孔の具合も良くなってきたのか、エースの声音に赤みが差す。
「もぅ、やめっ、…ッ!ひっ、ぁあっ!ぁっン、んっ、…ンあっ、あっ」
頃合いだろうか。そう思った俺は硬く張り詰めたものを取り出し、慣らしたそこに当てがう。瞬間、エースは体を硬くしたが、やめろと静止されるよりも早くその中に割りいった。
「ぅあっ!ッ!…い、ぅッ!」
「い?痛い?痛いのか?エース……やっぱり初めてだったんだな……?」
エースの中は熱くってトロトロだった。ぐっと力を込め、肉壁を押し広げて奥まで入り込む。そのまま前傾姿勢になってエースの顔横に肘を付いた。
間近でエースの顔を伺う。急にエースの目を覆うリボンの色が水分によって濃くなった。痛くて苦しいのだろうが、はーはー言いながら大きく呼吸をしている様子は、なんとか受け入れて慣れようとしているように見えてキュンときた。
可愛くて仕方なくて、エースが目隠しをしていてよかったと思う。今の俺は見せられないくらい破顔しているだろう。
「はぁ…、は、ゲホっ、!ふっ…ぅ」
仕打ちに耐えるエースをそのまま眺めていると、しだいに目元を覆うリボンの色の濃い部分が広がっていった。そしてその下から雫が流れる。
それを見て、俺も目頭が熱くなった。可愛くて好きで幸せで嬉しくて心地よくて、それと同時に何やってんだろうとも思う。頭の中はぐちゃぐちゃで、思わず流れた涙は何を思っての涙なのか分からなかった。
「もっ!やめ、ろっ!…ッつ、あっ、ぁあ!あッんっ、あ!」
気付けば無心で腰を動かしていた。一際大きく響いたエースの声に我に返れば、泣きじゃくっている様子のエースが目に入った。感じているのか、呼吸が荒く、全身をがたがたと震わしている。
「あ!あぁー、ッ!…はぁっあ!」
「……どうしたんだ?エース……、そんなに悦がって。薬のせいか?だとしても、もっと嫌がれよ……」
エースの腰がビクビクと跳ねる度、熱く柔らかな肉壁は、動きを止めている俺を奥まで咥え込むかのように動いた。
「それとも俺のちんぽは気持ちいいか?」
「ぁ、も、やッ、ぅあ!あぁっー!……ふっぅん、ゃ、…もぅ、んッ」
止めていた律動を再びゆっくりと開始すれば、エースは背中を反って喘いだ。もう限界が近いのだろう。エースの陰茎は真っ赤になっていて、先端の穴は先走りを流しながらヒクヒクと開閉を繰り返していた。
俺のちんぽを咥え込み、大層気持ち良さそうに悦りながらも、歯を食いしばって否定の言葉を言う様子に笑みがこぼれる。
「そうだよな、エースがいま挿れられてんのは俺のちんぽだもんな……口では嫌がっても体は喜んで当然だよな」
「ぅあっ、ッ!うっん、んっあ!ぁあ!…やっ、も、やめろっ!くっふ、くそッ…」
腰を打ち付けるスピードを速くして、思いのままに好きに揺さぶり絶頂を求めた。
全身から汗が吹き出し絶頂を迎える感覚が近くなると、脚を開かせ、奥の奥まで陰茎をねじ込んで果てた。エースの最奥に精液を注ぎ込んでいる間、これ以上はないくらいの幸福感があった。
「あ…ぁ、なかっ、出てッ、……あ、ぁぁあ……」
エースは、俺の精液を中で感じているようだった。
エースも絶頂を迎えたいのだろうが、根元で堰き止められているためにそれができない。それでも体に力が入り、まるでイッているかのように腰が跳ねていた。同時に後孔も締め付けてくる。その刺激に俺の陰茎は再び硬さを帯びていった。
抜かないまま2回目に入ると、エースは嫌々をするように頭を震わせた。半開きになった口からは、はしたなく唾液が流れている。
「はぁ、はぁっ、なんっで!…っ、もぅっ!あ、んっ」
「なんでって、この状況で一回出して終わりなわけないだろ……バカで可愛いな、エースは……」
「ふっ、ぅう…、なんで…、ぅッン、やめろ、もっ、抜けよっ!やめてくれ!」
唯一自由にできる口を必死に動かして言葉紡いでいるのを見ていると、次はそこに精液を注いでやろうと思いついた。中を精液でいっぱいにするのもいいが、せっかくだから全部を精液まみれにしてやるのも悪くないだろう。
「ふっぅ、んっ、あ!ぁあッ、はっ!は…ぁ、あー、」
エースの膝を合わせて上体に向けて押さえ付けると自然と尻が宙に浮く。そして真上から突き入れると、エースは苦しそうに息を吐いて体を震わせた。腕は体の下敷きになっているし、なすがままで自分のいいようにポジションを変えられないのは辛いだろうが、エースの体のいたるところに巻き付いているリボンを解いてやろうとは思わなかった。抵抗されるのが嫌なのではなくて、純粋に勿体ないからだ。
いまのエースを俺の誕生日プレゼントなのだから、自由を奪って存分に俺の思い通りにしたい。
自分の中に沸いているその感情に気がついて、ここまでお膳立てしてくれた男にようやく感謝の念を抱いた。
「はっ、は…、エース…、気持ちいぃよ」
「ぅッはっ、はー、あっ、や、やぁあ…は、ンんっ、ぅう…ふっふ…ぅぅ!」
再び絶頂へと近付いていって、俺は一度陰茎をエースの中から取り出した。肩で息をしているエースを抱き起こして座らせると、エースはぐったりと力なく項垂れる。それでも、体が疼いているのか腰が僅かに動いていた。
エースの後ろ髪を掴み、上を向かせると目の前で自分の陰茎をしごいた。エースの吐息が掛かる。それが余計に射精を促し、いっきに絶頂を迎えた。
「んっ、ぅう…」
エースの顔に精液をかけ、先端を押し付けて塗り広げていく。エースの唇にも当てがい何度か行き来させたが、エースが口を開くことはなかった。
「もっ、ッ、ィキたい…、俺も…、頼むからッ」
顔に精液を出され、自分もそうしたいと強く思ったのか、エースは離してやった顔を自ら陰茎に擦り付けてきた。熱い吐息の合間にイキたい、お願いだと繰り返す姿は、酷く可愛らしく思わず口端が持ち上がった。
汗と涙と精液で濡れている頬を指で撫で、そうだなと頷いた。今まで一言もイキたいなどと漏らさずに耐えたものだった。
イッたからと言って、この行為自体が終わるわけでもあるまいし、そろそろ出させてやってもいいかも知れない。
「なぁ、な、なんでもする、……何でもするからっ!は、はやく…、早く…」
「……は?」
何でもする、その台詞を聞いた瞬間、どこかにいっていたイライラと不機嫌がぶり返してきた。
「何でもするって?……何言ってんだ?お前、誰かもわかんねぇやつによくそんなこと言えるな」
何でもと口に出してしまうほど切羽詰まっているのだとしても、あまりに考えのない発言だった。もし、ここで一生性奴の条件を出されたらどうする気なのか。誰かも分からない相手に懇願している状況であることにも腹が立つ。昔から、自分は何者にも屈しないのだと言って世の中に反発していたエースはどこに行ったのか。
衝動的にエースの頬に手のひらを打ち付けた。風船が破裂したような甲高い音が響いて、エースは床に倒れ込んむ。縛られたままの腕で受け身を取れるはずもなく、エースの顔の半面は容赦なく床に打ち付けられて鈍い音がした。その拍子にヘッドフォンは外れたが、目隠しのリボンはそのままだった。
「イっ、ッうぅ」
エースは倒れ込んだまま痛みに耐えながら身体を丸くしていく。無意識に防衛本能が働いているのだ。殴られたところで、縛られた腕では殴り返すこともできないし、そもそも起き上がって距離を取ることすらできない。殴られた意味もきっとわかっていないのだから、口が自由でも何も言えるはずがないし、むしろ喋った途端に殴られたのだ。二度目はないように黙り込むしかないだろう。
こんなにも無力な状態で次に何をされるのか、さぞかし怖いだろうが、変にジタバタせずにぐっと耐えるエースは、やっぱり精神が強くて利口だ。
首に回っているリボンの隙間に指を挿し入れ、精一杯の拒絶と抵抗をしているエースを容赦なく起こす。
「なぁ、何でもするってなに?誰かもわかんねぇ奴にそんな簡単に何でも赦すのか?」
「……さ、」
声を聞いて、エースは目の前にいる人物が誰であるか悟ったはずである。それでも、エースはそれ以上は続けずにグッと唇を噛んで頭を左右に振った。
「やめろ……、」
「なぁ?エー……? やめろってなんだよ」
「ぅっん、ふっ」
エースは俺の問い掛けには答えずに、徐々に首を下げていく。苦しそうな声を溢すエースは、肩を震わせ腰を揺らしていた。その様子に身体が疼くのだと悟る。考えてみれば、先ほど倒れ込んで丸くなっていた時も、身体の疼きに耐えていたとも見れた。
だとしても、俺のイライラは収まらない。髪を掴み再び上を向かせると、エースは痛みに顔を歪めた。
「答えろよ、お前はそんなに安い男じゃねぇだろ。それとも男に媚び売るのが好きなのか?…まさか本当に後ろも使用済みだったりしてねぇよな?」
「…ッ!くっそ、やめろ…!」
「どうなんだよ」
「もうっ、嫌だ…いや……、終わりにしてくれ……」
帰らしてくれ、とエースは小さく嘆いた。俺の声は聞こえているはずであるのに、まるで話が噛み合っていない。聞こえていないかのように振る舞う姿を焦ったく思って、やめてくれと頭を振りながら懇願するエースの目隠しを取った。
エースの腫れて赤くなっている双眸が俺を見た。その一瞬は体の疼きすらも感じなかったのか、表情のみならず体さえも硬直させている。
「さ、サボっ?……、な、なんで」
エースは数度瞬いてから、他に誰もいないことを確かめるかのように辺りを見渡して、再び俺へと視線を戻す。普段は凛々しく立っている眉は不安げに下がり、その目には困惑の色を浮かべていた。無表情のまま何も言わない俺に、一層恐怖と不安を煽られたのか、様子を伺うようにして「サボ?」と問い掛けられる。
それでも何も答えないでいると、エースは視線を宙に彷徨わせた。そうして何を考え至ったのか、急に顔を赤く染める。瞬間、エースは隠すように下を向くが、紅潮した顔をを隠したいのであれば、徐々に首まで赤くなっていくので意味がないように思えた。そして、やっぱり腰を揺らし始める。
「……淫乱」
「っ!はぁ!?ッざけんな!」
エースは下を向いたまま声を荒げ、それから弱々しく仕方がないだろうと続けた。
「なにが?薬盛られてるから仕方ねぇって?だからって易々と媚び売りやがって。それともやっぱり、こんなことされんのは初めてじゃねぇのか?」
「ちげぇよ!んなワケねぇだろうが!俺がどんな気持ちでっ……!」
顔を上げたエースは俺を見て、耐え切れなくなったかのような様子で口を開いた。
「ぃ、やで…気持ち悪くて、今日は、お前の誕生日なのにッ、…祝ってやりたくて、はやく帰りたくてッ、…さ、ぼに、会いたくて、……幻聴まで聞こえてきたと思ったら……ッ!」
言いながらエースは目尻にじんわりと涙を溜めていき、あ、泣くのだと気付いた時にはエースは再び顔を伏せていた。
ポタポタと床に雫を落とし、そのあとを追うように額を床に付けうずくまると、エースは「何やってんだよ……」と震える声で嘆いた。
その様子をぼんやりと見ていると、申し訳ない気分にはなった。
「好きだったから……ごめんな、ほんと何やってんだろうな……ごめん、ごめんなエース……」
膝を付き、エース両頬を手のひらでそっと包み顔を上げさせる。泣いているエースが愛おしくて仕方なかった。エースは不安そうに、でも怒ったようにも見える表情で見つめ返してくる。
「エース……ごめん、俺いま、悪いとは思ってるけど、後悔はしてない……、むしろ興奮してる……嬉しいよエース……」
そう言うとエースは首を傾げ、困惑と軽蔑を織り交ぜたような表情をした。
「さ……」
「ごめんな、…俺さ、もう、戻れない、もう今さら昨日までの、エースが俺のものになってない日常になんて戻れねぇ……」
「……サボ?、なに言ってんだ、なに言って……、」
「無理だ、エース……、お前、俺の声を幻聴だと錯覚するくらい会いたくて仕方なかったんだな……、そんな俺に抱かれると、エースはどんな声で鳴いて、どんな姿を見せてくれるんだ?」
エースが可愛くて好きで幸せで嬉しくて心地よくて、同時に何やってんだろうとも思う。いまできる精一杯で優しく笑ってみせた。
エースは目を丸くして、それから「バカやろう……」と酷く悲しそうな顔をして泣きだした。
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