君の本当が知りたい

2、3週間程前の話だ。
ルフィも寝付き、一人でぼんやりと観ていた深夜のテレビがつまらく感じてきた頃に掛かってきた一本の電話。エースのバイト先の同僚のうちの誰かだ。わざわざ着信音を変えて、この音からの電話は必ず応じるようにしているから、出る前から相手は大体わかるのだ。

普段から俺のケータイには、エースのバイト先の誰かから電話が掛かってきていた。なんでも、遅刻するくせに連絡が取れないエースに困り果てた店長に、きちんと相手が出る連絡先を教えろと言われてエースが教えた番号が、何を思ったのか知らないが俺のケータイだったらしい。

そうして、いきなり知らない番号から知らない男が「エース寝てるだろい、今日も遅刻だよい。とっとと起こして10分以内に来させてくれ」と告げてきた時は驚いた。電話もそうだが、実際にエースがご飯の羽釜を抱えたまま寝息を立てていたからだ。
それを皮切りに週に1、2回の頻度でエースのバイト先から電話があるが、深夜に鳴ったのは、4年経って初めてのことだった。かと言って、想定外なわけでもない。エースが一緒に飲みに行っている事は知っていたから、何かのトラブルだろうかと推察しながら電話に出た。

「あ、サボくん?よかった〜、出てくれて!もしかして寝てた?起こしたならゴメンね、」

深夜帯にも関わらず、明るい声だ。通話相手はサッチだった。
ちょうど寝付けなかったところだと答えれば、彼は「ホント?でも、サボくんはいつでも出てくれるからお兄さん助かるよ〜」と言う。褒められ、素直に嬉しく思った。エースを可愛がってくれている人達の役に立てることが単純に俺は嬉しかった。

「何かあったんですか?」
「いや、それがね、今日飲み会だったんだけど、エースが駄々捏ね始めちゃって…、悪いんだけど迎えに来てくれない?」
「駄々…?エースが?」
「そう、もう一軒行くって聞かなくてさ〜、しょうがないから次の店探すふりして途中まで送って来たんだけど、勘付かれて動かなくちゃってよ。頼むよ、連れて帰って」
「…、わかりました、迎えに行きます」

場所を聞けば、最寄り駅の前に並ぶ飲屋街から出るところで立ち止まっているらしかった。急いで行けば5分もかからないだろう場所だ。俺は電話を切ると、直ぐにその場所に向かった。


見つけた時には、エースと、マルコとサッチが三人でいた。エースはマルコの腕を引っ張って行こうとしており、その様子をサッチが傍で眺めている。エースが駄々を捏ねるなんて、悪い酔い方をしているのだろうかと思っていたが、実際のエースはしっかり立っているし、帰らないと言い張る声もしゃんとしているから、あまり酔っているようには見えなかった。
そっと近づいていくと、徐々にエースとマルコの声が聞こえてくる。

「だってじゃないよい。もう十分だろい?普段から付き合ってやってんだ、今日はもう終わりだよい。お前は明日休みなんだろうが、俺もサッチも明日も遅番だが仕事だ、」
「だから、遅番ならいいだろって!」
「いいわけあるか…、若いお前と一緒にすんじゃねぇよい。おじさんたちは朝から働いてんだ、限界なんだよい。だいたい、寂しいつったって、お前は独り暮らししてるわけでもなし……、帰れば兄弟がいるだろうが、一緒にでも寝てもらえよい」
「そんなのは嫌だ」
「なんで、仲良しだろい?」
「だって……、なんか、違ぇんだもん…、マルコがいい……」

なんとも珍しい光景だった。あの典型的な甘え下手であるエースがこうも必死になって甘えようとしているなんて。
一応、恋人という間柄になって半年が経つが、弱音を吐かれたことはないし、今のように縋られたこともない。どうしても兄弟であった期間が長いから、普段はその間柄を意識することはないし、俺たちの関係はする事をしているだけのセフレみたいなものだ。

だからこそ、寂しがって甘えたような声を出すエースを見ても、あまり嫉妬心は沸かず、まぁ、そうだろうなと腑に落ちた。
意地っ張りで辛抱強いエースが、すんなり寂しいと口にしてベタベタに甘えるには、相応の理由がいるのだ。

サッチ曰く、エースよりも歳下の新人でも可愛らしい女の子の新人ても、おじさんたちにとって一番可愛いのは、長年可愛がってきたのも相まってエースであるらしい。仕事はできるが、ほどほどに手がかかり、しっかりしているのに年相応に世間知らず。好きか嫌いか、白か黒か、はっきりして生意気なところも彼たちおじさんには受けがいいのだと、彼はかつて語ったことがある。
家でも外でも弟を第一に考えるお兄ちゃんは、そんな彼らの前だけでは何をして何を言っても無条件に可愛がられるたった一人の弟分だったということだ。そんな扱いを受けていれば、たしかに多少我が儘を言うようにもなるだろう。
エースとマルコの姿は、夕刻の公園でよく見かける子供と母親との「まだ遊ぶ」「もう暗くなるから」と押し問答している姿と完全に一致する。
俺や弟と甘え合うのは違って、この形が本当に彼が望んでいる形の甘えなのだ。

ぼんやりとしていると、サッチが俺に気付いてこちらに寄ってくる。

「悪いね、普段はもうちょっと聞き分けがいいんだが、今日は寂しい寂しいってずっとあの調子でよ。寂しいのは俺の財布だっての」サッチは苦笑を浮かべる。「6人で始めた飲み会も2軒目から早々に半分よ。奴らは正しい判断だった」

うんうん頷くサッチにも、二軒はしごした割にあまり酒が入っている様子は感じなかった。本当に財布が寂しいのか、最初からエースの相手が目的の会だったのか、とっくに覚めてしまったのか。何にせよ、面倒を掛けていることには変わりはない。「俺ももうちょっと若ければな、いいんだけど」とどこか寂しげに言うサッチに、お詫びとお礼を言った。

「エース!サボくん来てくれたぞ〜、よかったなっ!」

サッチは言いながらエースを手招く。背後にいた俺にようやく気付いたらしいエースは、あっとなって、今度は何故本当に呼んだのかと怒り始めた。2人はそんなエースを必要以上に相手にせず、「うんうん、バカでもアホでも嫌いでもいいから、今日はもう帰らせてな」「朝までのコースは俺が連休の時にしてくれよい」と適当にあしらい、最後に「真っ直ぐ帰れよい」と言い残して2人は去っていった。

「どうしたんだ?エース、何かあったのか?」

彼らをぽつんとして見送っているエースに声をかければ、たどたどしく視線を逸らされた。仮にも恋人である俺ではなく、マルコが良いのだと言って彼らにそうしていた事に後ろめたさでも感じているのか、単純に甘えていたところを見られて気恥ずかしいのか。

「べつに、何も……、そういう気分で……、悪かった、な…、ほんといろいろ……」

とにかく複雑な心境らしく、エースは難しい顔をしてぽつりぽつりと言いこぼした。
それから、帰るぞと短く言って先に歩き出したエースはもう、可愛がられたがっていた弟分の姿ではなく、兄の姿をしたエースだった。
本当に、俺の前ではとことん甘え下手なエースが存外かわいそうに思えた。

俺が甘えているからってエースが甘えてはいけないわけではないのに、言ってくれれば幾らでも相手になるのに。
エースの背中に向かって両腕を広げて”さあ飛び込んでこい”と思えども、エースの言い成りになるでも怒り出すでもなく、きちんと向き合って言いなだめていたマルコとサッチの姿を思い出して、広げた腕は萎んでいく。
エースが求めいているのはあれで、俺は違うのだ。

そこで初めて寂しさを感じた。俺はエースにとって必要のない存在なのではないか。そんなわけない事は知っているが、そう思わずにはいられない。

「っ!エース、」

エースの手に指絡めて手を繋ぐと、振り返ったエースは驚いたように目を丸くした。きっと、俺が情けない顔をしているのだ。
無理やり口角を上げて、傍の路地の方を指差す。

「帰りたくないならさ、行かない?たまには、」

エースは、俺が指差すその先にちらりと見えるラブホの看板を見て、少し顔色を良くした。うずうずとしているのがわかる。興味があるのだ。

「決まり、行こう。あ、……あんまりお金持ってきてないけど、たぶん足りる」
「とか言って本当に財布持ってんのか?明らかに手ぶらだろお前」

Tシャツにスエットに、弟の突っかけを借りてケータイだけを手に持って出てきていたことを思い出したのは、手を引いて歩き出してからだった。
痛いところをぐさりと刺すエースに、「帰ったら返す」と笑って見せれば、彼は「別にいらねぇから」と言って同じように笑った。同時に握った手を力強く握り返された。




そのホテルでしたように、今日もいつもの通りに抱き合いキスをして服を脱がし、いたっていつも通りに行為に及んでいたから、手を一纏めにして縛り、ベッドの枠に固定させ終えた時には、エースはキョトンとしていた。
どうやら彼は、いつもと違うこの状況を理解できていないらしい。エースはあれ?とでも言うように首を傾げる。
あどけなく可愛いらしい表情を見せてくれたのはほんの一瞬で、次の瞬間にはムッとしたように眉根を寄せられた。
きっと、何だろうね?といった意を込めて同じように首を傾げた俺が癪に触った、そんなところだろう。

「サボっ!何のつも、ッ!っあ!?」エースは途端に体をビクつかせた。「え、えっ?なんだこれっ!」

縛り上げる前に後孔の中に塗った薬が効いてきたのだ。塗り広げていた自分の指でさえ、ズクズクとした痒みを訴えてきている。察するに、強過ぎる刺激ではなく、多少もどかしいくらいの感覚だろうか。反対の手でチューブの蓋を閉めながら、今一度そこに書かれた要項に目を通す。持続時間は1から2時間程だと記載があった。
長いのか短いのかよくわからない。
意識を逸らしたいのか、立てた膝を擦り合わせるようにするエースの様子をみて、まぁ十分だろうと、体を伸ばしてそれをベットサイドに置いた。

エースは自分の体に起きた異変を理解することで一杯一杯らしい。その異変の正体を見える場所に置いたというのに、気付いていないというか、俺のことが目に入っていない様子だ。見られているということにも気付かずに、いまだ無防備な表情を晒したままたくさんの疑問符を飛ばしている。
それもそのはずだ。
今日までこういった薬を使ったことがなければ、ラブホで買えるようなちょっとした玩具も使ったこともない。エースにとって、こういったラブグッズの類いは快楽に直結するものではなくて、ただただ未知の感覚を与えてくるものだった。

もちろん、拘束や、手足をベッドに抑え付けるような無理強いな行為でさえしたこともない。
俺はエースが大事だ。いつ如何なる時も、エースを一番大事にして大事に扱って、紳士に行為に及んできた結果として勝ち得ていたのは、どうやら絶対的な信頼だったらしい。
これは結果であり、はじめからそれが欲しかったわけではない。ただ単純に、大事だから大事にしているだけだ。

「んっ、…はぁ、あ、」

混乱も終えたらしいエースは、次第に後孔の感覚が快楽として伝わるようになったのか、悩ましげな声をこぼした。体をくねらせながら、期待の篭った目を向けてくる。悩ましいとも不機嫌とも言えるようなその表情からは、俺に対する怒りの感情も感じた。
怒ってはいるが、今はそれよりも刺激が欲しい。そんなところだろう。
そんなエースが可愛いくて、思わずふっと笑みがこぼれる。膝を撫で、余った紐で脚も縛ってしまおうかと考えた。

「…サボ、」エースは脚を擦り合わせる。「か、かゆい…、」
「痒い?痒いから?なに?」

ピシリと、温まってきていた部屋の温度が凍るような感覚。
表情を固くしたエースは、静かに目を見開いていった。それから、まじまじと顔を見られ「え?」と、反対に聞き返される。
やっぱり、脚を擦り合わせる仕草が可愛いかったので、紐はポケットに突っ込み直してベッドから降りた。そこで初めて、エースが裏切れたかのような表情を浮かべるのがわかった。


ベッドの側にディスクチェアを引いてきて座り、すっかりヘソを曲げたエースの顔を覗き込んだ。向こう側の腕に顔を擦り寄せて、目と口をギュッと閉じている。
もどかしい感覚はじんわりと体を蝕んでいくらしく、時間が経過するに連れてエースの体にはじっとりとした汗が滲んでいき、陰茎も徐々に勃ち上がっていった。
時々、溜まった快楽を吐き出すように、薄く口を開いては熱い吐息をこぼした。たまに体に手を這わすと体をビク付かせたり脚を忙しなく動かしたりはするものの、かれこれ30分以上このままじっとして耐えている。

「エース、こっち向いて」

腕と頬の間に手を差し込み、こちらを向かせる。エースは思いの外すんなりとこちらを向き、うっすらと目を開いた。

「は、…サボ、っんで、こんな…」
「んー、」紅潮した頬を親指の腹で撫でる。「……寂しいからかな」
「はぁ?ッけわかんね!……、お前っ、ふ…ン」

エースの口をキスをして塞げば、嫌がるように身をよじられた。やだとかやめろとか、そんな言葉になる手前の音を合間に紡がれても、俺は聞き入れなかった。体のあちらこちらに手を這わせながら続けていると、エースは気持ちがいいのか、ただキスをして体を撫でているだけだというのに、随分と感じ入った声をこぼし始める。

「っあ、あっ、ぅうッ…、も、やだっ!」

口を離した途端、エースは「はなせッ、もぅ、嫌だ!離せ、触んなっ」と暴れ出した。急な抵抗に思わず手を引けば、バカだの嫌いだのと捲くし立ててくる。そうしてあらかた文句も言い終えたのか、静かになったエースは「かゆい、も…、かゆいぃ」とぐずり始めた。
キスと愛撫で感度が高まったらしい体では、後孔からの刺激に耐えられなくなったらしい。

「ぐずっ…ふっ、ぅ…、かきたい、サボ、」
「掻きたい?……ふぅん、わかった、ちょっと待ってて」
「へっ、え…ッ待っ、ゃ、やだっ!サボ!」

言いながら立ち上がり部屋から出て行こうとすると、エースは慌てた様子で引き止めてきた。振り返り見れば、涙の膜を目に張っていた。「サボ、サボ」とうわ言のように繰り返し呼び、表情で、どこに行くのかと訴えてきている。
まるで、縋り付かれているような感覚になって、少し満たされる。それでもまだ足りなくて、俺は敢えて何も言わずに微笑みだけで応えて、そのまま部屋から出た。


一度自室に戻り、エースに塗った薬と一緒に購入していたディルドを取り出した。形もエグくなく、標準よりも小ぶりな物だ。
十分ほど適当に時間を過ごしてエースの部屋に戻ると、エースは涙を流しながらぼんやりと横たわっていた。想像以上にまいっているらしい姿にはっとした。

「エース…!」

駆け寄り流れている涙を指で拭うと、エースはやめろと言わんばかりに顔を逸らす。それから俺が持っているディルドを眺め見て、掠れた声で「入れろよ」と呟いた。

「え?」
「早く、はやく、っ入れて…!」
「……入れてほしいの?」
「ッ!」

エースは数回頷いて答えた。
いやに素直なエースに拍子抜けしつつも、前から興味を示していたことを思い出して納得する。あの日のホテルで、自販機に入った玩具を見て買いたいと言ったのはエースだ。そんなのは気持ち良くもなんともないからと言ってベッドに連れ戻したのは俺だった。あの時のエースは、ベッドに戻り、サボがいつも通り気持ち良くしてくれるのかと挑発的に聞いてきた。その質問の真意が分からないながらも頷けば、そうかと憂いなく笑っていたのが印象的だった。

ベッドの枠に固定していた紐だけを解き、うつ伏せにして腰を高く上げさせると、解れている後孔にディルドの先端を当てがった。ゆっくりと挿入していくと、エースの脚が震えた。力を込めていないのに、ヒクつくそこは自らディルドを飲み込んでいった。焦らされて焦らされて、ようやくの刺激に随分と喜んでいる様子だ。

「くっ、ぅンっ、」
「声出していいよ、誰もいないんだから」

血は繋がっていないが、親代わりとして面倒を見てくれている祖父は出張、彼の唯一の血縁者である弟は、小煩い祖父がいなくなるや否や友達のところにお泊まりだ。泊まり込んでもう3日経つ。反抗期が遅れてきた弟は現在真っ盛りで多少扱いづらいし、自分たちだってそういう時期はあったのだから、お泊まりくらいなら好きにさせてやればいいのに。エースは今日の夕刻ふらりと何かを取りにだけ帰ってきた弟と「行くな」「行く」と、親子のような言い合いをしていた。これこそがエースが家で甘えなくなる原因で、これを元に「違う」との発言に繋がるのだ。弟がわがままを言う度に、エースはバイト仲間と飲みに出かける。

声を出してという要求に、エースは枕に額を擦り付けるようにして頷いた。

「うあっ、あ…はぁ、あ、ぁあ」
「いい子だね、エース」

惜しげなく喘ぐエースの体を起こして向き合って座らせる。縛った腕を首に回させ、自分はエースの肌に手や舌を這わせた。

「はっ、あ、あぁ…っ、んぅ」

後孔に入れたディルドは勝手に動いたりしない。もじもじとするエースを見て、言えばいいのにと思う。たまに大胆な言動をしても肝心なところは隠すばかりだ。して欲しいことを言わない。本当を言わない。
俺は、エースが他所で甘えるのはいい。エースがそれを望むのなら誰と何をしていても構わない。嫌なのは、何も望まれないことだ。役目がないことが嫌だ。
エースにとっての役目を探して、考えた末に思いついた。ないのなら作ればいい。望まれるまで追い込めばいい。たとえ一時的なものだとしても、俺を望んで欲しい。

「エース、動いて。 掻きたかったんだよね?持っててあげるから、自分で中掻いて、気持ち良くなってみて」

エースは顔を引き攣らせたが、ディルドをベッドに固定させる俺を見てその本気度を悟ったのか、少し嫌そうにしながらも「わ、わかった、わかったから…!」と頷いた。
たどたどしくも腰を振り始める。

「ふぅ、っ、はぁ、あ、ぁあ…さ、ぼっ、サボっ」

必死になって腰を振るエースを眺めていると、エースは徐々に首元に額を埋めてきた。
頭を撫でながら、呼ぶ声に返事をして気持ち良いかと聞けば、エースは頷いた。

それからエースは「つ、ぎ…、はっ、ッ次は…?」と聞いてくる。次ってなんだ。

「次って?」
「ぅ、ん、き、もちぃ…気持ちいいっ、はっ、はぁ、あ…気持ちぃ、」

エースは気持ち良いとうわ言のように繰り返す。よかったね、痒いの治りそう?と聞けば、一瞬だけ首を横に振りかけて、また頷いた。

「気持ち、よくなったっ!さ…、ぼっ、次はっ、どッしたら、?」
「……ん?」エースが息絶え絶えに紡いだ言葉を反復させて、何かがおかしいことに気がつく。「エース……、次も何も、エースが俺にして欲しいことを言えばいいんだよ。……俺はエースの望みに応えたい」

額を離させて、これは俺がしたい事をしているのではないのだと、ぐちゃぐちゃの顔と向き合って言う。一体何を考えてどこから誤解をしていたのか、エースは「だって、おっ前が、お、怒って、」と、そこまで言うと、目に涙を溜めてグッと押し黙る。

「はぁ?…何言って……違うよ、怒ってない。なんで?怒ってないから」
「ぐずっぅ、おこ、怒ってんだろっ!」
「怒ってなんか……、なんで?なんでそう思うんだよ?縛ったから?痒いの塗ったから?一人にしたから?」

思い当たる節が次々と出てくるが、声の音量が無意識に尻すぼんでいく。そんなことを聞いたところで、答えは決まっている。今日やったこと言ったこと全部だ。
案の定、エースからの返答も「……ぜんぶ」だった。
ですよね、と途端に居た堪れなくなる。きっと、薬を塗って縛ったまでは良かったのだろう。痒みを訴えてきたまでは、まだエースも乗り気だったように思う。問題はその後だ。エースに何もせずただ見ているだけで、挙句に一人にしたことが相当応えたのだろう。
素直であったのは、俺が怒っているから赦しを得ようとしていたのだと悟った。これは外で時には叱られながらも目一杯可愛がられていることが影響しているのか、そのいつの間にか身に付けていた健気さが酷く可愛い。むしろ心臓がえぐられるように痛い程だ。良心が痛むとはこの感覚のことを言うのだろう。

「でも……、怒ってはないから、……何に怒ってるって思ったの?」
「ふっ、ぅ、ズっ、ぐずっ」
「エース、」涙を流しながらも、唇だけはぎゅっと結ぶエースに、言葉を促すように背中を摩る。「言って、言って欲しいよ」

やがてエースが小さく言葉にしたのは、「ま、マルコがいい、って言ったから」だった。続けてボロボロと涙を流し始める。次から次へと、涙腺が壊れてしまったのだろうが、他にも言いたい事の代わりとしてそれを溢れさせているように見えた。
あの日からずっと気にしていたのか、それとも今日の仕打ちを受けて思い当たる節がそれしかなかったのか。もしかしたら、それ以前から人恋しくなる度に彼らと遊びに行ってしまうことにずっと後ろめたさがあったのかも知れない。

エースは胸に顔を埋めて泣きすがってきた。堰を切ったように、俺がとか俺だってとか、サボがとかサボにとか、でもとかだってとか、嫌だとか気持ち良くないとか、矢継ぎ早に声に出す。

主語と述語ばかり。ぼんやりと推察はできるが、脈絡がなさ過ぎて何を言いたいのか明確にはわからない。吐き出すにも時間がかかって、吐き出しても理解されないなんて、何とも哀れな話だった。いや、初めから吐き出すという選択肢がないから、心内を人に伝える準備が整っていないのだろうか。

「フッ、バカだなぁ、エースは」

だとしても、急に求められて対応できないエースをバカだと思いつつ、無性に泣けてくる。何を言いたいのかきちんとわかってはあげられないが、必要とされていることははっきりと伝わった。十分だった。
いつの間にか腰まで下がっているエースの一纏めにした腕から紐を解き、しゃくり上げるエースが落ち着くまで抱き寄せてしばらくの間じっとしていた。

片腕でエースを抱きながら、もう一方はディルドに手を伸ばした。触れると、すぐにエースが身をよじる。

「やっ、だ…!も、やだぁ、」エースは止まっていた涙をまた溢れさせた。「っ、気持ちよくない…!気持ちよくないぃ!」
「っ!エース!抜くだけ、抜くだけだから!」
「ふっ、ぁ、さぼ…、サボがい、さぼ…、ッぅえ、え、ぅ…き、気持ち良くなっい、さ、サボがっ、さぼが言ったのにぃ、」
「う…、うん、うん、わかっ、うん…、そうだな、俺が言った、気持ち良いわけないよな、…ごめんな本当に」
「サボがッいい!…ほし、サボがいれてっ」
「うん、わかったから、抜かなきゃいれられないだろ、エース…!」

全力で拒みわんわん泣くエースに、抜くだけだからと言い聞かせる。望んでいたことであるが、こうも必死になってサボがサボがと言われると、嬉しいやら可愛いやら申し訳ないやら、湧き出る感情と愛情にどう対処していいのかわからなくなる。それでも優先するべきはエースだ。
自分のことは二の次にして、とにかくエースに聞き入れてもらえるよう、抜くだけでもう嫌なことは何もしないことを繰り返し伝えた。
そうしてようやくエースは泣き止み、ディルドを抜くことができた。

「っ、はー…、はー」

入れる準備をしている最中、エースは俺の手を両手で持って、落ち着こうとしているのか深く息を吐き出していた。口元に寄せているから、エースの息が手の甲にかかる。
そういえば、エースはいつも手を触りたがっていた。縛って付いた痕に目を向けて、本当にかわいそうな事をしたとあらためて思った。

変な持たれ方をしているので、エースの手を握り返すことはできないが、指に力を込めて握れる部分だけでも握り込む。

「いれてい?」

エースは返事を寄越す代わりに、ベッドに付けていた膝を立てて陰部を露わにした。誘われるままに迫り、ヒクつくそこに自身の先端を当てがう。中途半端な体勢できついだろうから、背中をベッド枠に預けさせて自身を入り込ませていく。中はいい具合に解れていた。少し緩いだろうかと思った矢先に、ぎゅっと締め付けられて思わず声が出た。

「はっ、ぁあ、あっ、さっぼ、」

しがみ付き求められるままに腰を振って、煽られた欲を満たしていく
エースは乱れた呼吸の合間に俺を呼び、俺がいいのだと繰り返していた。そう言われるたびに、「うん」と頷き応えると、寂しかった部分が満たされていく感覚がした。

「さぼっ、おれっ、本当はっ!、あっンぅ、はっ、サボがッいっ、」

それを聞いて、あ、と一つ思い当たった。

「エース、もしかして……、本当は俺に甘えたいの?」

エースが何を言いたいのか今一つわからなかったが、たったいま思い当たった推察を口にする。途端にエースはかっと顔を赤くした。どうやら正解だったらしい。しがみ付いてくる手足に力が入り、赤くなった顔を隠すように首筋に埋められた。
愛おしくてしょうがなかった。ぎゅっと抱きしめ返しながら、したけりゃすればいいだろと思うが、これを言ったところで返ってくる台詞は、できねぇ、の一言だ。容易に想像できる。

「サボ、き、傷付けた…?」
「傷?」

聞けばエースは「マルコがいいって、言ったから」と小さく言った。首を左右に振って応える。「付けてない」

「おれ、悪いと思って、」
「そんなのいい、わかってるから、俺にはあの役割りはできない。わかってる。……ただ、寂しかっただけ」

エースにとって俺は居てもいなくてもいい存在なのだろうかと、ちょっと、過ぎっただけ。言葉にして発言するだけで胸が痛かった。
エースは眉を寄せて見つめてくる。痛む胸を悟られないように、なんでもない素振りを装って言い切ったが、エースは気づいているのかも知れない。

俺の手を再び握り込んだエースは、それを口元に寄せて「お前だけだ」と言う。

「俺を一番大事なのは、サボだけだろ」途端に、エースの顔が水面越しで見たように歪んで見えた。「大事にしてくれ…」

エースの本当は、エースにとっての役目は、ずっと俺の中にあって、エースに伝えてやりたかったものだった。







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