今日の話をメモ

「似合ってねェな、デュース」

手元の雑誌からふと顔を上げる。いつの間にやってきたのか、すぐ横にエースがいた。
エースの肩越しに見える自動扉は、ちょうど閉まるところだ。かと思えば、人影に自動ドアが開き、客の来店を知らせるチャイムが鳴る。昼時のコンビニだ。客足は多い。つい、雑誌に夢中になっていて何度も鳴っていたはずのチャイムをまったく気にしていなかった。

視線を戻した先のエースは、片手を上げて「よォ」と言って笑った。何がそんなに面白いのか知らないが、満面の笑を作るものだから、何となく、おれもつられてしまってエースに向かって微笑んでしまう。

「なんだよ」
「いや、デュースの家行こうと思ってて。通りかかったらデュースがいたから」

エースは、「おれの服を着て」、とおれの着ているジャケットを指差す。
言うとおり、おれはエースのジャケットを羽織って出てきていた。数日前、これを着ておれのアパートにやって来たくせに、今日は暑くなりそうだからと、次の日には置いて帰っていったものだ。
シンプルで落ち着いた色味の服を着ているおれにとって、エースのダボっとして派手な色味のそれは誰の目から見ても似合っていないだろう。
しかし、徒歩5分の距離にあるコンビニに出向くだけの用事だ。道中の寒さだけを凌げられればなんでもいい。そう思って手前にあったものを着ただけだった。

「ちょっと借りた。っつーか、エースのそれもおれのだよな?」

おれの指摘に、エースは自分の着ているパーカーを引っ張り見る。

「それ、結構前から探してたやつだぞ?いつ持って帰って、いや、着て帰ったのか?」
「どうりで買った覚えがねェと思った、デュースのだったか……」エースはイタズラっ子の様な顔をして笑う。「よかったじゃねェか、みつかって」
「みつかったところで……着られてたらどうしようもできねェだろ」
「……とか言って脱がすくせに」

エースは少し考えたうちに、したり顔をして言った。

「お、まえ……」

聞き捨てがならなかった。エースはおれの家では基本的に半裸だ。脱がす以前に、家に入った途端に服を脱ぎ始めるのだ。恋心を仕舞いこんでいるうちに散々っぱら目のやり場に困らせたにも加えて、恋人となった今でも脱がす楽しみなど与えてくれたことがない。だというのに、その言い草は聞き捨てならない。それとも、おれをその気にさせたいがために、煽るために服を脱いで過ごしていたとでも言うのであろうか。今までずっと、出会ってよく遊びに来るようになって、恋人となるまで3年間も。だとすると、間接的におれが脱がせていたことになる。
まさかとは思うが、もしそうだとするなら、かなりドキリとすることだった。
ドギマギとしてうまく言い返せないでいるおれを置いて、エースは通路を進んでいく。おれはその姿にそんなわけがないと、軽く溜息してから雑誌を棚に戻して後を追った。

通りかけ様に買い物かごを手に取ったエースは、始めから何を買うか決めていたかのように、紙パックのお茶やパンを迷うことなく入れていった。棚からは、どれも朝食としておれがよく食べているパンが減っていた。

「……なぁ、スーパー行かねぇ?」

弁当類の陳列棚で、あれこれと弁当を吟味しているエースの横に並んで言った。
朝ごはん用のパンをカゴに入れたということは、もうその時間までおれのアパートで過ごすつもりなのだろう。昼はコンビニ弁当でいいとしても、夜もそれだと高くつくし、家に帰ったら一歩も出たくない気分だった。

「あー、いいぜ?鍋するか?」
「鍋な、お前好きだよな……楽でいいけど、まだその季節には早くねェか?」
「安上がりで腹がいっぱいになるだろ? だから好きだ」

「今年初鍋だ」と、エースは歌うように言った。

「ふーん、その相手がおれでいいのかよ」

何かの意図がある発言ではなかった。自分の分の弁当を選びながら口を付いて出た言葉。鍋といえば家族で囲うもので、家族が好きなエースは一番目は家族と楽しみながら鍋を囲うのではないかと思っただけだ。
そんなおれを、エースが驚いた様な顔をして見ていた。

「あ……べつにエースと鍋するのが嫌とかじゃなくて」

エースはふっとして笑う。「わかってるって」と呆れたように言って、「おれはこれにする」と選んだ弁当をカゴに入れた。

「デュースは?おれ腹減ってんだから早く決めろよ」
「これとあれでどっちにするか迷ってる」
「こっちのほうがいいって」エースは、おれが持っていたパスタ弁当をひったくる。「これに決定な。あとお菓子も」

言うが早いが、エースは踵を返してお菓子の陳列棚へと向かった。
適当なお菓子を取ろうとしたところで、エースが横から止めた。「こっちにしよう」と代わりに取ったのは、新商品と札があるものだった。あまり美味しそうだとは思えない味のお菓子だ。相変わらず冒険心があるというか、新しいものに目がない。

「どっちも買えばいいだろ?」
「お菓子は一人一個だ。おれの分はこれを買う」

そう言って見せてきたのは、ポップコーンだった。

「はぁ?どこの家のルールだよ。エースんとこのルールだろ?おれは違うっていうか、そのルールこんな場所で持ち出す必要あるか?好きなものを好きなだけ買えばいいだろ?」
「……金がねェだろ?」

珍しくも、エースからの返答は、しごくまともで、地に足が付いている意見だった。エースはたまにこういった発言をしては、無自覚に自分が長男であることをおれに主張する。そのたびに、おれは自分の未熟さを反省するのだ。
おれはバイトと雀の涙ほどの仕送りでやりくりをしている身である。その問題を持ち出されてしまえば、頷く他がない。

「菓子をたらふく食うくらいなら米を食うな、おれは。でもこれも食いたい」
「それなら自分の分としてそれを買えってば」
「どっちも食いてェんだよ、いま」

エースは困り顔をして言った。おれもそれに習うように眉間に皺をよせた。
エースはどうも、おれに対して自分の我が儘がすんなりまかり通ると思っているふしがある。確かに、おれはさっきのように食べるものを勝手に決められたところで、「それでもいいか」と納得してしまうタイプで、それほど我が強いわけではない。だからと言って自己がないわけでは決してないが、迷って考えているうちに、大抵のことはエースが決めてしまうのだ。エースはおれが嫌なものは選ばない。
しかし、今回ばかりは知るかと、知ったことかと、心から思う。一人一個のルールなんてないのに、自ら作成したうえでどっちも食べたいなど論外だった。さすがにこの我が儘は通したくない。
おれは無視をして好きな物をカゴに入れようとした。

「あ!わかった!こうしようぜデュース!」その手を再びエースが静止させる。「おれたちのルールにしよう」
「……エースの我が儘に従うのをか?」
「違うって、お菓子は二つで、絶対新商品を買わなきゃいけねェっていうルール。おれもこれ別のにするからよ」
「それ、ただお前にとって都合のいいルールじゃねェか。認めねェよ、そんなルール!」

エースは、おれが怒り声を出すのを意に介さずに、「でもこれだと、永遠と新商品しか食えねェな」と一人ごちている。

「は?永遠って、お前……おれとずっとこんな関係続ける気かよ……」

溜息混じりに言ってしまって、ハッとした。
違う、これはエースとの関係を続けたくないと思っているわけではない。ただ漠然と、おれがこのままエースを独り占めできる気がしないでいるだけだった。独り占めしていてはいけない気がしている。
だって、おれにはエースしかいないが、エースはそうではない。エースには一緒に鍋を囲える家族もいるし、友達も多い。恋人にだって苦労しないはずであるし、わざわざおれである必要はきっとない。
何故かエースはおれを訪ねて頼ってくるから、それに甘んじて一緒にいるだけで、代わりが見つかれば自分の役目はそこまで、くらいのことをおれは思っている。エースには、おれ以上に仲良くなれる相手はいくらでもいるだと。

「おれ、デュースのそういう、謙虚っつーか、自己評価低いとこが好きだぜ?」
怒るだろうか、悲しい思いをさせただろうか。何にしても謝らなければと思った矢先に、エースが言った。
それから柔和な顔のまま「安心する」のだと続ける。

「……よくわかんねェけどな、ほっとするんだ」、
そう言ってにんまりと口角を上げてエースは笑った。
まるで、抱えていた疑問に“それでいいだろ?”と答えられたかのような気分だった。

エースは持っていたお菓子を棚に戻すと、代わりに新商品のお菓子をカゴに入れる。初めに提案してきたものと、別のものの二つだ。
ちゃっかり、こぞとばかりに勝手なルールに従って会計に向かおうとするエースを慌てて追いかけた。

「待てよ、おれは了承してねェぞ?」
「菓子くれェでぶーぶー言うなって。あー、それならデュースも一個ルール決めろよ」

弁当の温めを断ったエースは財布から取り出した札を会計台に置いた。もうエースが選んだお菓子はレジを通ってしまっている。

「なんでもいいぜ?」

向き直って小首を傾げてくるエースに、返す言葉がなかった。

「……ルールなんて、なにもねェよ……」

何でも勝手に決めやがって、いきなりそんなことを言われても、現状が心地いいおれには改善したいと思う点がない。しいて言えば、永遠と新商品のお菓子を買わなければならないのが嫌なことくらいだ。せめて一個は既製品でもいいのではないか。
逡巡を浮かべていると、エースは「デュース、ほんとに似合わねェなその服。何で着たんだ?」と苦笑を浮かべた。

「おれが恋しかったか?」
「なんだそれ……」

そこで、一個だけルールというか、願望があったことを思い出す。
“服を脱がさせてほしい。だから、頼むから家で服を着ててほしいんだけど”
目の前には店員もいる、後ろにも客がいる。そんなことをこの場所で言うのは憚られるから、自動ドアをくぐり抜け出たあとにこれを言おうと思った。
自動ドアをくぐり抜け出て閑散とした住宅街を歩きながら、エースが困り顔をして「なんつーか、お前の部屋の匂いとか空気とかが好きで……邪魔だろ?」と服を引っ張りながら答えられることは、この時のおれはまだ知らない。




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