どうか私に失望して
私は死ななくてもいいんだって――そう思った。
気付いた瞬間にぞっとした。
なにをおこがましいことを。
誰かに生を願われることは、誰かの命を引き換えにしてもいいということではない。
だめだ。私、本当に、…………だめだ。
すぐさま大罪喰いになってしまうようなことはなかったようで、抱え込んだ光は溢れかけたまま、私は気絶したらしい。
ペンダント居住館に用意された居室で目を覚まして、アルバートにほんの少し、いまの状況を教えてもらって。
火山で、あのとき、水晶公の――グ・ラハ・ティアの行動を思い出して。それで。私は。
あの時、確かに私は死ななくても良いんだ、と思ったのだ。
ぞっとする。
誰かに助けてもらうことを当たり前だと思っていたのかもしれない。
そんなわけないというのに。
私は。
「……生きる資格をなくした、とか言うなよ。それでも水晶公がお前を生かそうとしたのは事実だろ」
「でも、私は」
「誰だって死にたくなんかない。ただあいつは自分が死ぬことよりも、お前が死んじまうことのほうが嫌だっただけだ」
あ、
思い出す。
そうだ。死を恐れるよりも、もっと、この人を止めなければとか、そう思っていたことが私にもあったはずだ。
死ぬことよりも怖いことがあったはずなのに。いまの私は、己の死が何よりも怖い。
それが恐ろしい。
私はいつからそんな自己保身に走るようになってしまったのか。いや、違う、元から私はそうだった。死にたくない、消えたくない。だから生きるために戦って、イシュガルドへ逃げたりもしたんだ。
「でも水晶公が……グ・ラハ・ティアが、代わりにって、安心してしまったのは事実なんだ」
私はそれが情けない。
どうして誰かの死を受け入れることが出来ようか。どうして。
アルバートはやれやれ、みたいな仕草をして、ため息をついた。
「だったら謝ればいいだろ。あいつもまだ生きているはずだ」
そう、だけど。
だとしても私が一度でもそれを受け入れようとしてしまったことは事実で。
それに、あの人に合わせる顔がない。
そういう情けない泣き言をアルバートが吹き飛ばした。
「じゃ、このまま水晶公……グ・ラハ・ティアっていうんだったか? あいつが死んでもいいっていうのか?」
「そんなわけない!」
ならやることは決まってるだろ、とアルバートは肩を竦めた。
足を止めた私はもう一度、歩き出して。
「当初の方法を選ぶことも、ためらわないでくれ」
それでも命を天秤にかけてしまうのだ。
そこに行きあたって呆然とした。
アリゼーが水晶公に怒って。
私は。
「ほうぼうから愛されて大変ね、……あら」
「なっ!」
「ちがっ、」
ああ、だめだ。いっぱいいっぱいになっているのかもしれない。
とにかく罪喰いの危機は去ったとみていいって思ったから。あとは帰るだけだって。
気付けば目の前は滲んでいて、視線は感じてもみんながどんな様子かっていうのは分からない。
それでも、とヤ・シュトラの背中に逃げ込んでみんなからの視線を切る。
滲んだ涙がこれ以上頬を伝わないように、星見の間の床を睨みつけた。
「あっ」
「…………一発、殴らせて頂戴」
「むしろ存分に泣いていいんじゃないかしら? そのほうがきっと分かってくれるわよ」
「いや、その、違う、違うんだ、生きることを投げ出すわけじゃない、みんなを返す方法だってまだこれから探し直す段階で、だから真っ先にそうしようというわけではなくてだな、」
――この人は、いざというとき、自分の命を差し出すんだろう。そういう覚悟がある人だから。
「……話さなければ分からないこともありましょう。我々は出ていますから、どうぞごゆっくり」
「えっ!? い、いや、この状態の彼女を放置してしまうのは気が向かないのだが……」
「泣かせたんだから責任取らせるのよ。言っておくけどね、水晶公、その話をしたって逆効果なんだから」
え、ま、待って、みんな行っちゃうの。
今ふたりきりになりたくないっていうかこうやって泣いてしまった時点ですっごい気まずいんだけど!
助けを求めてヤ・シュトラの袖口をつまんだら、むしろ背中を押されて彼に近づく羽目になってしまった。
「それは今言ったほうがいいことよ、きっとね」
そして私の無言の引きとめをあっさりと無視して、みんなは出て行ってしまったのだ。
残るは私と、水晶公で。
「……ごめん、あんたにそんな思いをさせたいわけじゃ、ないんだ」
私だって分かっているはずなのに。
みんなが帰れなければ困るということ。
誰だって死にたいわけじゃないってこと。
首を振って、嗚咽まじりにどうにか言葉を絞り出す。
顔を上げられない。
こんな私で、あなたに向き合えない。
「違う、違くて」
そうじゃないんだ。
私、最低だ。
「あなたを……あなたを、天秤にかけてしまった……」
私、火山であなたが光を引き受けようとしてくれたときに、安心したの。
私はまだ死ななくていいんだって。
今だって犠牲が少なくて済むならそっちのほうがいいんじゃないかって。
「私、あなたに言ってもらえるような英雄じゃない……」
そんな最低さにようやく気付いてこんな風に泣いている私なんかに、命をかけないでほしい。
私はだれかに助けられていい人じゃない。
誰かに生を願ってもらえるような、そんな人では。
「…………光栄だな」
こぼれ落ちたような声が響いて、思わず俯けていた顔を上げた。
滲んだ視界に困り笑いがぼんやり映る。
記憶よりも淡くなってしまった赤色がひょこりと揺れた。
「オレだって……そうだな、死にたいと感じているわけじゃない。それでも、それ以上にあんたに、あんたたちに生きていてほしい、死んでほしくない、そのためなら自分の命だって差し出せる」
そういう思いなんだ、と彼は言った。
「オレの代わりに生きてほしい、というわけではないんだ。あんたが自分に対して死ななくて良かったと安堵しているように、オレもあんたが生きていて良かったと思いたいだけなんだよ」
だからそれでいいんだ、と。
「あんたは弱音を聞こうとしてくれただろ」
率先して先頭を走って、未知の敵だろうと果敢に戦って。
大罪喰いを倒そうとしてくれて。
第一世界を救おうとしてくれて。
「何よりあんたは水晶公を信じてくれた。だから、いいんだ」
――よく、ない。
なにひとつよくない。
だってそれは、私は剣を振るうことしか出来ないからだ。
英雄と呼ばれようとも私には街を作ることは出来ない。人を率いることも出来ない。
戦うにしたって作戦を練るのはいつだってアルフィノたちに任せきりで。
アリゼーみたいに率先して誰かを助けることは出来ない。
サンクレッドみたいに家族のために何かしてやりたいって足掻くことも出来ない。
ウリエンジェみたいに秘め事をたったひとりで抱えて決意を貫くことも出来ない。
ヤ・シュトラみたいに、魔法と知恵で人を導くことも出来ない。
リーンみたいに、戦い続ける決意をすることだって。
「…………あんたって自己評価が低いんだなぁ」
心底意外そうに言われたものだから、そういうことではなく、と不満を返そうとしたものの。
目の合った彼の、その表情に私は言葉も忘れて沈黙してしまった。
「あんただって、アルフィノやアリゼーたち、暁のみんなに生きていて欲しいって思ってるだろ?」
口調はむかし、よく話したグ・ラハのそれなのに、眼差しのせいで、まるで自分がクリスタリウムに住む子供になったみたいな気持ちになる。
諭すようにやわらかな声色で聞かれて、素直に頷いた。
その通りだ。みんながちゃんと元の世界に戻れたらいいって、思ってる。
「それは例えば、アルフィノなら交渉ごとが得意だから生きていて欲しいのか?」
「違う……」
「アリゼーが率先して人を助けようとするからか?」
「……私が、みんなのことを好きだから、だから生きててほしい」
同じだよ、と彼が言う。
「オレはあんたが好きで、あんたに生きていてほしかった。だから、これでいいんだよ」
あんたが謝る必要はないし、気に病むこともない。
そうは言うけれど。だって、私は、あなたみたいに百年もそのために生き続けるなんて。
「あんたにそう言ってもらえるのは光栄だ」
「私、思っちゃいけないことを考えた!」
慰めようとしなくていい、納得させようとしなくていい。
だって私はもうあなたに向き合えない。二度もあなたの死を受け入れようとした奴に、優しくしないでほしい。
「頑なだなぁ」
どうか私に、失望して。
「悪いことしたとき、なんて言うんだっけ?」
「え?」
開いていた距離を、彼はたったの一歩で埋めてしまう。
問われた意図が分からないでいると、彼は穏やかな笑みを浮かべた。怒ってなんかいないと示すように。
「ごめんなさい、だろ?」
「……ごめん、なさい」
私を許さないで。
「いいよ。許した」
浅ましくも生に縋りつくような愚かな私を、英雄と呼ばないで。 [
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