うるさいしてるよバカ!

 短くも濃い時間を共に過ごした彼らは、気の良い奴らだったと断言出来る。
 それが思い出と化したからなのか、それとも不当に喪われたものだと感じたからなのかは分からない。
 
 二百年も経てば知っているものがなくなったって不思議じゃない。
 見知った街は遺された残骸からかつてはこうだったのだろう、と想像するのがやっとなほどに朽ち果て、廃墟と化してばかりだった。人々は散り散りに。声を潜めて、そこかしこにある絶望から身を隠すように、ひっそりと生きていた。
 ただ、その変化を知って絶望するよりも早く。おそらくオレは憤っていた。
 ドラゴンのような長命種であればいざ知らず、ただのヒトだった彼女たちなのだから、とっくのとうに寿命を迎えていて当然だ。
 当然の、はずだったのだ。
 二百年後の世界はかろうじて生きているような状態だった。
 彼女たちの冒険は不本意な結末を迎えた。
 
 ――オレはその死に、納得が出来ない。
 
 それはクリスタルタワーの再起動に成功した人々の想いと噛み合った。
 第八霊災の発生を阻止するために。あの英雄のために。
 いつか彼女に焚き付けられた想いは、彼女への恩返しに繋がった。希望を。想いを。彼らが歩んできたものを遺すために。
 冒険が好きな、あの人へ。
 
 続いてきた血筋、呪いとさえ思えた赤い目。
 自分がやるしかない、やらなければいけない――いいや、やりたい。他の誰でもない、オレが成し遂げたい。
 クリスタルタワーと共に眠りにつく、ということをすんなりと受け入れられたのは、彼らのおかげだ。
 遠くにあった物語が眼前に広がっている。
 足りないものを埋めるために作られる物。
 いまあるべきではない技術を利用するでなく、自分たちが追いつくまで封じておくという決断。
 まばゆいその人たちと触れ合える高揚感。
 英雄という存在への憧れ。自分から引いたその境界線を越えることが出来るのだと、気付いた時。
 迷いなくその道を選ぶことが出来た。
 それを伝えることが出来るのは自分だけだ、ということを、その瞬間、誇りに感じた。
 
「分かった」
 
 自分が選んだ道を、彼女は短く肯定してくれた。
 その表情が泣きそうだと思ったのは己の願望かもしれない。
 真っ先にあんたの名前を探すと告げたのは、あの人ならやってくれるだろうという信頼と、少しでもオレのことを覚えていてほしいというわがままだった。
 オレもあんたみたいになりたい。彼女は誰よりも自由で、英雄に相応しい冒険者だった。
 だから二百年の時を経てなお、人々を励まし続ける英雄の伝記には、誇らしくなったのだ。オレの目は確かだっただろ? というふうに。
 そこに彼女の想いが語られていることはなかった。だけどあの人の心に、オレの存在が少しでも残っていたらいい。
 ひとりの英雄への親愛に満ちた文章からあの人の面影を探して、どんな顔をしていたのか想像することしか出来ないオレにとってのよすがだ。
 
「オレがやるよ」
 
 オレにしか出来ないことがある。あの人に未来を届けることが出来る。だというのなら、あのとき、クリスタルタワーと共に眠りについたように喜んでその役目を受け入れよう。
 やりたい、と思ったのは事実だ。いつかの未来に届けられるのなら届けたい。彼らの想いをただしく伝えたい。
 これはあの時と同じだ。
 みんなが前を向いている。英雄は過去の存在に過ぎず、けれど彼らはひとりでは立てずとも、支え合って生きている。
 オレが――オレが、伝えたい。
 あんたの知らないところで、あんたに励まされて生きている人がいる。あんたという光を胸に、人々は諦めずに、懸命に過ごしている。
 あんたが辿った道が、希望だったのだと。
 
 みんなに想いを託されて踏み出した一歩は、その次に進むまでに途方もない時間がかかった。
 第一世界に転移出来たと思ったら統合よりも前だったし、滅亡にほど近い第一世界には絶望が渦巻いていた。
 だけど長い時間は準備期間になったし、人は英雄に頼るばかりではなく、支え合えば生きていけるのだと証明も出来た。作り上げた街は始まりこそオレが塔の力や中に眠っていたアラグの遺産に頼っていたが、人々は自分の手で今日を明日に繋げていった。
 誰かの助けになれる。それが嬉しい。もしかしたら、あの人もそんな始まりだったのかもしれない。
 かの英雄の命を繋げる。第八霊災を止める。
 重大な目的のために情報を集め、あらゆる方法を模索する傍ら、クリスタリウムの街の営みを見守ることは安らぎに近しいことだった。
 罪喰いという脅威と隣り合わせの中、それでも明日へ、未来へと踏み出す人々は、私がかつて励まされ、背中を押され、そして託されてきたものと同じなのだから。
 第一世界にも未来を。多くを望み叶えることは容易ではないにしろ、しかし、第八霊災を防ぐということは第一世界の救済にも繋がる。
 その為には、原初世界からあの人を喚ばなければいけない。
 
 
 幾度かの召喚の失敗ののち、今度こそ、と応えてくれたその人は、星見の間に来るはずが座標がずれてしまった。
 心の準備が出来たのは良かったのかもしれない。懐かしい彼女を突然目の当たりにして、自分が何を思うのか。素知らぬ振りが出来るのか。それが分からなかったから。
 彼女へも素性を隠そう、と決めたのは早い段階でだった。私が光を引き受け身代わりになると決めた以上、水晶公は名も知れぬ存在であるべきだろうから。
 ……と、まあ、便宜上の話だ。二度も三度も別れる必要はないだろう。グ・ラハ・ティアはクリスタルタワーの封印と共にかの英雄たちと別れた、それを最後にしたかった。
 
「素敵な人たちだね」
 
 ああ、あんたにそう言って貰いたかったんだ。
 そうだろう、と胸を張って言いたい。
 絶望に満ちても生きていける。未来を繋いでいける。
 そんな万感の想いを、この人は知りもしないだろうけれど。
 
 己の命を計画に組み込んだ時点で、私はあの人に水晶公として接するほかなくなってしまった。
 それでもあの人に貰った希望を伝えたい。あなたを救おうとした人々がいたのだと告げたかった。
 それは私のエゴで、あいつらはそんなこと気にしちゃいないことは、よく知っている。
 何より優先されるべきは彼女の命。第八霊災を未然に防ぐこと。
 そのための彼らの二百年だ。そのための、私が過ごした百年だ。
 
「水晶公は? 終わったら何がしたい?」
 
 計画も大詰め。いよいよ最後の大罪喰い討伐ともなって、私は最後の最後に彼女とちいさな冒険に出る僥倖を得た。
 もはや未練もなかったはずなのに、彼女にそう聞かれてしまえば、最期だと思えば、どうしても思いの丈を吐露してしまった。
 塔を離れた負担から眠ってしまって、つい、あの頃に戻ったような錯覚をしてしまったからかもしれない。
 
 選んだことに後悔はない。
 だけど、出来るなら、もっと――もっと、冒険がしたかった。
 この血がなければなにかを背負うこともなく、グ・ラハ・ティアと名乗るがまま、自由でいられただろう。
 けれどこの血がなければ、彼女の未来を繋ぐことは出来なかった。今よりも未来を選んでいなければ。
 だから、これでいい。
 これで良かったのだ。
 
 蓄積してしまった光に苦しむ彼女を見ると、心苦しくなる。自分で頼んだくせに、代わってやれたら、だなんて。
 でも、それももう終わりだ。オレが全部を受け取って、次の大罪喰いを出さないように砕け散る。
 計画もこれで完遂。彼女はあの時の冒険の続きに出る。オレの知らない未来へ。
 
 アリゼーに問われたことがある。
 最初のきっかけはなんだったのか。どうしてそこまでして戦うのか。
 
(そうか、オレはあんたに――)
 
 いつかオレは、未来であんたの名前を探すと言った。あんたはどこまでも英雄で、冒険者だから、きっとオレの言葉がなくたってあんたの名前は未来に残ってた。
 あれを冒険がしたかった、英雄に憧れたオレの未練なのだと思っていた。
 今なら分かる。いいや、いま、ようやく分かった。
 オレがあなたに生きていて欲しいと思う理由。すべての原動力。
 
 オレはあんたに、恋をしてたんだ。
 
 だからオレはあんたの行く先を見たいと思った。未来に残り続けたあんたの名前が誇らしかった。冒険が途絶えたことに憤った。あんたの命を繋げることが出来ることに高揚した。
 あんたの中で、オレはどんな存在だっただろうか。冒険の片隅で出会ったただのミコッテだったか?
 泣きそうな顔で名前を呼ばれたら、少しでも長く覚えていてもらえたんだろうと勘違いしてしまいそうになる。
 でも、オレのためにそんな顔をしてくれるのなら、満足だ。
 
 ――銃声が聞こえた。
 
 
 
 あの人の命を救えるのならそれでいい、と、そう思っていたはずだった。
 ところが生き延びた己に、朝を告げてくれたその人の顔を見てしまったら、もうダメだった。
 欲が出てしまっていけない。
 オレもあんたの行く先を見てみたい。隣に並び立ちたい。あわよくば、その目に自分をうつしてほしい。
 恋心の自覚と共に消えるはずだった命を、逆に繋いでもらうと同時に第八霊災を未然に防ぐことが出来て肩の荷が降りたからか、どうしても彼女を目で追うようになってしまった。
 原初世界にいるとき。こちらの世界にいるとき。オレは塔からほとんど離れられないから、こっちにいたって一緒に冒険に出て駆けまわれるようなことはないけれど。
 今はどこにいるのだろう。なにを見て、なにを感じているのだろう。
 そんなことを想像しては、土産話への期待を原動力に暁の面々を原初世界へ返す手段の模索に身を入れていたのだ。
 そういうどうにも浮かれてしまうオレの、一緒に冒険に行きたいという願いを彼女が拾い上げてくれたから、オレは益々調子に乗ってしまう。
 水晶公としての役目を果たしたオレを、彼女が連れて来てくれたから。
 
 念の為に弁明しておくが、浮かれてばかりではない。水晶公の役目を果たしたように、原初世界でだってオレの出来ることはやる。そこにあの人と共にいたい欲が出てしまうのは、ゆるしてほしい。
 罪喰い化の治療が進んだように、テンパード化も治療が出来るはず。
 アリゼーのやりたいことを手助けするために、シドたちの手も借りて術式の模索準備を進めていた。
 そろそろ青燐水の調達を頼んだアリゼーとあの人も戻ってくるだろうか、とセッティングを進める手を休めたところで、衝撃に襲われた。
 石の家で、彼らと再会出来て、気が緩んでいたのだと思う。でなければ容易に背後を取られるなんてこと、いくらあの人が実力者であってもあるものか。
 
「やっぱり。似合うと思った」
「え?」
「青燐水のほうはちゃんと調達してきたから、あとは任せた」
 
 お茶入れてくる、と手をひらりと振って部屋を出ていくその人の後ろ姿を呆然と見ていた。
 似合う? 何の話だ。
 いや、さっき頭になにか乗せられた。耳が変に押さえつけられている感覚。取って見れば、キャップだった。
 大概の帽子はミコッテやアウラ、ヴィエラのように種族差を考慮した形状なのだが、これはそれがない。
 公だった頃にフードで覆っていた時とは違い、器用に納めなければ耳の違和感は酷いだろう。
 いや……いや、それより、
 
 ――似合うと思った。
 
 そう言った、あの人の笑顔が脳裏に焼き付いて離れない。
 似合うと思ったって、これを見てオレを思い出してくれたのかとか、オレのために作ってきてくれたのかとか、青燐水の調達の合間に何をしてるんだ、とか。
 あの人の銘が入ったキャップがこの手の中にある。
 …………好きだなぁ。
 
「へえ?」
 
 シドが笑い声を上げた拍子に我に返った。
 振り向けばにやけ顔がそこにある。
 
「恋してるんだろ? いいじゃないか、青少年」

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