赦しを乞う夜

 そばにいられる、一緒に冒険が出来る、というだけでこの上なく幸せなのだから、その先を望むことは罰当たりだとすら思っていた。
 しかしあの人は神様ではなく、オレに赦しを与えてくれたから。
 触れる権利を得た、と、それだけで頭がくらくらする。数々の大冒険を乗り越えてきたその肌に、髪に、この人自身に、触れられる。
 この身体に戻ったって意識としては百年生きた水晶公の続きなものだから、身体の時が止まっていたにしても、老人だった部分と若造に過ぎない今との差に振り回されていた。
 水晶のない身体では軽すぎて、勢い余ってぶつかってしまいそうなんだ。

「いいよ」

 許可をもらえたところで、単なる若造であるオレはもっと先を望んでしまう。
 あんたに。憧れに。遠い星を手に入れることなど出来ないというのに。あんたが、目の前に現れたから。
 ──ああ、いや、違う、この人は決して星じゃない。光り輝けど、遠くの存在じゃない。だってオレは、この人が歩んだ道を知っている。
 だからこそオレはあんたに甘えてしまう。
 その細腕に、やわい頬に、乱れて広がる髪に、存外緊張をみせるうすい体に。
 許されたいのだと。

「…………ふふ」

 かすかにこぼした吐息が耳を震わせる。
 この人が生きてきた証をどこまでも確かめて、いま、この場にいるのだと実感したい。
 目頭が熱い。

「ああ、もう」

 言葉では呆れながらも表情では微笑んだその人が、腕をのばしてくる。指先が目元をなぞる。
 なさけない有様にこの上なくへこんで、日を改めてやり直しを要求したくなった。
 だがそれを告げる前にその人が口を開いたから、オレはだまるほかないのだ。なによりもこの人を優先したい、一言一句、聴き逃したくない。

「不安?」

 そんなはずがない。勢いよく首を振る。
 目の前にだれよりも頼もしいあんたがいて、不安のひとつも感じることがあるものか。

「じゃあ、うれしなみだ?」

 嬉しいとも、違う気がする。きっと感情が追いつかないんだ。あんたに触れられる現実に。
 こんなにも情けない有様で、オレは自分の感情に呑まれそうになっているのに、あんたはオレに赦しを与えてくれる。
 穢らわしいとすら思える感情はたしかに自分の一部にあって、大事にしたい、ずっとあんたには清廉でいて欲しいとたしかに思っているはずなのに、反面この人の苦しげな表情をオレの手でつくりだしたいとも奥底が暴れている。

「いいよ」

 あんたはオレの心のうちを知らずにそんなことを言う。
 かつてあんたに、なにより苦しい役目を背負わせてしまったオレに。

「ラハ」

 そう呼ぶのはずるい。
 いよいよ我慢が出来なくなってしまうから。

「あなたに触れてほしい。だれよりも私を案じてくれたあなたに」

 だから、と手を引かれるがまま、頬に触れる。
 柔らかくて、あたたかい。──生きている。

「明日、起きるまでいっしょに眠っていて。あなたが先に起きたら、髪を撫でていて。起きてもしばらくベッドにいて、いちにち、この部屋で過ごして、またここでいっしょに眠るの」

 オレに冒険の計画を明かしてくれたときのように、楽しげに、目をきらきらとさせて。

「どう?」
「…………すごく、いいと思う」

 胸がつかえたように、うまく言葉がだせない。やっとのことでひねり出した返事にその人は「でしょう」と微笑んで、オレのほうへ両手を伸ばす。
 招かれるがまま身を寄せれば、当然顔も近付いてどぎまぎとしてしまう。体重だけはかけないように重心をコントールすることに意識を割いていたら、額がこつりとぶつかった。

「さっき言ったことを叶えてくれるなら、あなたになにをされたっていいと思ってる。でも一番はじめには、キスをしてほしいなぁ」

 目を伏せたその人の頬は赤く、オレは更に、自分が情けなくなる。
 全部を言わせてしまうなんて、と。
 いい加減に腹を括らなければ。

「…………あんたが、好きだ」

 オレだってあんたになら何をされたって良い。なのにオレもだとすらうまく口に出せなくて、せいいっぱいの言葉に彼女が照れくさそうに笑ってくれた。

「わたしも、ラハが好きだよ」

 一等強く光り輝くその人は、オレだから赦してくれるのだと言った。

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