前編

 空を見上げる。渡り鳥を見かける。遥か海の向こうから見える大きな船、あるいは知神の港から出発し遠ざかっていく船。行き来する行商人やグリーナーたち。
 それからなにより、冒険者を見かけたとき。
 良いなぁ、と焦がれていた。
 いまだ小さな体では街の外へ出ることも中々許してもらえることではなかったけれど、とにかく、外に行きたい、という想いは人よりも強かったようだった。
 旅に出たい。冒険がしたい。知らないところへ、どこか遠いところへ行ってみたい。

「嬢ちゃんは冒険者という生き物に向いているな」

 たまたま物資の補給に立ち寄ったのだという冒険者のお兄さんは、外の話をせがむ私にそう笑った。
 シャーレアンに、冒険者が立ち寄ることは滅多にない。それはシャーレアンという国の性質上しかたのないことだったけれど、それでも時折こういうふうに入国する人がいて、そういう人たちはたいてい気の良い人(というか入国審査があるので一定の保障があるんだけど)だったから、私は見慣れぬ様相の人に声をかけ、どんな冒険をしてきたのかを聞くのが好きだった。
 その人が冒険者である、と見抜くのは簡単だ。たとえば世界中をめぐるという意味では冒険者に近しいグリーナーは、シャーレアン特有の職なので固有の服装がある。ランタンを吊り下げた大きな鞄を背負い、身を守る以上の意味を持つ武器を持たない。一方で冒険者はあまり大きな荷物を好まず、服装に統一感はなく、そして立派な武器を持つことが多い。
 お兄さんはまさしく冒険者といった様相だった。簡素な鞄にいろんなものを詰め込み、動きやすい恰好で、とても大きな槍を持っていた。
 私はとにかく彼のしてきた冒険の話を聞きたくて仕方がなかったけれど、幼馴染でよく一緒に遊ぶことの多かったラハは英雄の話を聞きたがった。
 吟遊詩人が来たともなれば冒険者か、英雄かで喧嘩が起こったほどだ。どちらかの話が始まればどちらかが拗ねて、けれども次第に、お互いにのめり込むように聞き入っては次の話をせがむ。
 そうなることが目に見えていたから、同じく幼馴染であるクルルは「どうぞ、どんな話でもふたりは喜ぶわ」と喧嘩する私たちを差し置いて告げるのだ。実際、話が始まってしまえば途端に喧嘩を止めるので。

「生き物ってなんだよ」
「冒険者は縄張りを持ったり、こうやって街を築き上げて暮らすのとは違う」

 とにかく知らないところに行きたいんだ、と冒険者のお兄さんは言っていた。

「自分の足でまだ見ぬ土地へ行って、自分の目で見て、聞いて、感じたい。多分、冒険者という生き物のサガだな」

 私もそういう生き物なのだろう、と直感的に思った。
 まだ街の外へは自由に行き来させてもらえないけれど。剣も持てないけれど。
 私はきっと、冒険者なのだ。

「……ふうん」

 つまらなさそうなラハの相槌だけが背後から聞こえていた。


 ついぞ賢人の称号を得ることはなかった。それが私である。
 生まれも育ちもシャーレアンだったのだが、家族がそこで暮らすに相応しく賢人、あるいは研究者として活動する一方で、私はどうしたって馴染めなかった。
 肌が合わない。性に合わない。方向性の不一致。
 まあ、表現はなんでもいいのだけれど、とにかく私はシャーレアン出身と名乗ったときに寄せられる期待に応えられるようなタイプではないわけだ。
 なので、シャーレアン本国を出た。
 ペンを握るより、魔導書を取るより、剣を持つよりも。
 幼いころに出会った冒険者のお兄さんに我儘を言って持たせてもらった小さなナイフが、手にしっくりきていたのだ。
 家族友人には反対されつつも「いつか言うと思っていた」みたいなことを言われたので、悟られていたのだろう。
 いつかどこかで誰かが纏めたデータ上の記録より、自分の足で見知らぬ土地を踏みしめて、その景色を自分の目で見つめたい。
 私は冒険者になった。

「……だからって何年も連絡ないとは思わないだろ」
「ごめんて……便りがないのは元気な証拠って言うじゃん?」
「親父さんたちも特に何も届いてないって言うし。手紙くらい送れよな」

 ぐうの音も出ない正論だったのでハイと頷いて目を逸らすほかない。まったくもってその通りだと思います。
 油断していた。広い世界でピンポイントに知り合いと、しかも同じ案件で鉢合わせるとは。いや確かにクリスタルタワーって古代アラグの遺産だし、可能性としてありうる範囲だけど。私だってそれだからちょっと気になってホイホイついてきたわけで。
 エオルゼアの地にだってそりゃあシャーレアン出身者くらいいるけれど、分野が被らないと顔を合わせることもないのだ。私は勉学に苦手意識があったから避けていたし、尚のこと。だから“暁の血盟”所属の賢人とだってこっちで出会ったのが初対面。
 くそう。クリスタルタワーかぁ、ってその気になるんじゃなかった。

「ていうか、出身も言ってなかったのか」
「だって……ラハなら分かるでしょ」
「まあ、それはな」

 ラハと顔見知りだったのかと驚かれ、幼馴染なのだと明かせばシャーレアンの出だったことにも驚かれた。
 私はあまり出身を言わないようにしていた。いまや根無し草の冒険者であることもそうだし、シャーレアン出身だと言ったときのやり取りも面倒だから、伏せていたほうが都合が良かったのだ。田舎のほうから来ました、と言ってそこでおしまい。
 私は冒険者として、ラハは古代アラグの専門家として調査に関わっている。
 シャーレアンで生まれ育った私にとって、彼は幼馴染と呼べる存在だ。
 魔導書も幻具も呪具も向いてない! 冒険がしたい! と、痺れを切らして飛び出して以来、ろくに連絡も入れていないのにこのくらいで済んでいるのだから優しいほうだろう。正直こっぴどく怒られると思っていた。
 ……怒られると分かってやっていた、というのは胸に秘めておく。喋ったらそれこそ雷が落ちると思うので。

 調査の前準備に必要なものを揃えに行って、もう日が暮れたし続きは明日ということになったので夕食のためにレヴナンツトールに戻る道中だった。
 久しぶりに再会したのなら積もる話もあるだろう、と私とラハだけで先に上がるよう促されてしまったので、後ろめたい一方であるこちらとしては非常に気まずい道中。
 案の定小言をくらってしまった。
 ちゃんと家族に手紙を出すこと、クルルたちも心配してたんだぞ、と実際に書いてレターモーグリにお願いするところまで監視されそうだなぁという勢いで念を押された。
 いやもう……手紙は出しますけどぉ……どうせならラハが本国に戻るときにでもちょっと言っておいてくれたら……。

「それだとオレが怒られるだろ」

 代わりに怒られてはくれないらしい。そりゃそうだ。

「帰って顔を見せてやれ、って言わないだけ慈悲だと思え」

 無理やりシャーレアン行きの船に乗せてもいいってんならやるけど? と付け加えられては諦めるほかない。
 いいですよ分かりました。出しますよ手紙。
 レターセットなんて持ってたかなぁ。石の家には常備してあった気がするけれど。あれって自由に使っていいやつだっけ。偉い人への書状とかそういうのに使うやつしかないかもしれない。タタルさんに使っていいのがあるか聞いてみよう。

 ともあれ手紙なんて後回し。今はお腹が空いているので、ご飯が優先。
 霊災の被害を受けて一度は崩壊してしまったレヴナンツトールは、冒険者ギルドに暁の血盟が協力する形で再開発中だ。
 暁の血盟が本拠地をここに移転してからはずいぶんと復興も進み、冒険者向けの宿やら食事処やらも増えた。石の家に移ってからはあちこち飛び回っていてもここを拠点にするようになった私なので、ここらでやっている店には詳しい自信がある。

「よく行くとこあるんだ。そこでいい?」
「なんでもいいや」
「ほいきた」

 シャーレアン本国では手軽に栄養が取れればよし、味は二の次、みたいな価値観だったので、つまりあんまりご飯が美味しくない。逆にあまりの不味さに憤った人が作ったカフェが唯一かつ最後の砦なのだったか。
 でもここは違う。料理の腕が自慢で腕を出すことにしただとか、代々受け継いで経営している、という人たちがいる。旅の最中で知らない土地のご飯を食べ歩くのは楽しいと気付いて以来、食にこだわるようになった自覚があるので、自信を持っておすすめしたい。
 あんな国で栄養最優先の賢人パンばかり食べていたようなラハだけれども、かといってバカ舌というわけではない……はず。こっちのご飯の美味しさだって理解してくれると思う。いや、理解させる。

「ていうか、確かに昔から剣の扱いは上手かったけど、英雄ってなんだよ」
「自分で直接説明するのは流石に高慢すぎない?」
「なら明日ラムブルースにでも聞いてみる」
「それはそれで嫌だな」
「なんだよ……」

 なんなら聞かないでほしい。知り合いに自分のやったこと知られるの嫌すぎない?
 英雄と呼ばれるほどのことはしてない、と思うし。

「それよりも食べなさいよ」
「はいはい」

 一度壊滅してしまう前からここで店を出していたのだという女将さんの作るシチューが私は好きだ。
 なのでこれがおすすめだから食べて、と強引に注文した。
 それを食べて美味いなと呟いたラハに、こっちが嬉しくなる。そうでしょう、美味しいでしょう。私が作ったわけじゃないけど。
 レヴナンツトールが三国のどこにも属さない冒険者の拠点だからか、結構文化がごちゃ混ぜだ。建築様式はどれとも当てはめられず、食事だって味付けは作る人による。
 だから私はこの場所を気に入っている。いろんなものを見るのが好きだから。

「てかそれで言うならラハも。賢人位取ったの?」
「ん、ああ、論文出したんだ」
「……うわー」
「うわってなんだよ」

 賢人の証であるタトゥーが入ってるなぁ、とは思ったんだけど。まさか魔法大学を出たわけではなくて論文を出したとは。アラグに詳しいからその論文を書いたんだろうけど。
 ラハだって身体を動かすのはむしろ好きなタイプだから、一緒に狩りに出てみるようなこともあったけど……。

「あんたって思ってるより真面目だよねえ」
「思ってるよりってなんだよ! 失礼だな!」

 まあ、目のことで悩んでるのも知ってるけどさ。
 ラハの一族は古代アラグに関係している。でも、詳しいことは伝わってない。受け継がれてきた赤い目が何を示すのか、どうしてそんなものがあるのか。
 悩んでたラハを置いて行ったような私が言えることは殆どないけれど。

「……思ったんだけどさ」
「うん」
「やっぱ賢人パンってまずいよな?」
「主食があれってどうかと思う」

 美味しいご飯を食べたあとのラハの感想がこれなのだから、薄々察してはいたのだろう。周囲がみんなあれをよく食べているから感覚が麻痺していただけで。
 少なからずあの栄養素を無理やり詰め込んだパンの呼称が“賢人パン”な時点で察するものがある。
 食事は研究や読書の片手間にとかじゃなくて、きちんとテーブルについてゆっくり食べてほしい。

 私たちは結局込み入ったような話をすることはなく、そのまま、また明日と言って別れた。


 手紙を出した。

 お久しぶりです。元気にしています。あちこち旅をしていますが、近頃はエオルゼアの地にいることが多いです。それから、こちらでグ・ラハ・ティアと会って、みんなが元気にしていることを聞きました。ラハとは一緒にクリスタルタワーの調査をしていたのですが、報告書はこの手紙よりも先に届いていると思うので、もう知っているかもしれませんがラハはクリスタルタワーと共に眠りにつきました。ラハが書いていた報告書は見せてもらえなかったけどどうせ手紙にも書いてないと思うので、ガラフのおじいちゃんやクルルたちにお伝えください。彼は受け継がれてきた血の意義を果たしに行きました。

 ちゃんと出したよ、と報告したいその人はいない。
 オレのことしか書いてないじゃないか、と怒られることもない。
 塔と一緒に眠るよ、と言ったあいつの背中に置いて行かれたと思うのはずいぶんと身勝手なことだ。先に置いて行ったのは私の癖に。
 私はラハが悩んでいたのを知っていて、それでも冒険に出たい、このままあの街に居続けるのは嫌だ、と言ってラハを置いて飛び出した。ラハが英雄に憧れていたのを知っていて、私だけひとりで。

「……冬眠にしたって早すぎるんじゃないの、バカ」

 これは後ろめたさだろうか。

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