オレも一緒に行きたい
あいつの前で弱音を吐いたことがある。
まだ危ないからと街の外で出ることも許されなかったような頃の話だ。
オレの家系は代々赤い目を引き継いでおり、この目の答えはアラグの歴史にあるという。だからか家には古代アラグの資料が数多く集められていて、だからこそ、そのわからない赤色を疎んでいた。
「いつか分かるようになるんじゃない?」
ずいぶんと杜撰で投げやりで適当な言葉に「いま分かるようになりたいんだよ」と言い返したことを覚えている。
オレがそうやって目のことで悩んでいた一方で、あいつはただただ、外の世界に憧れていた。
あらゆる知恵がかき集められたこの街には何の価値もないと言うかのように。
この街が鳥かごであるかのように。
英雄という存在に憧れを抱く一方で、オレだって彼女と同じように冒険は好きなほうだった。
けれど彼女が冒険を、旅路を好いていたから、街に立ち寄った吟遊詩人に冒険者の話をせがむあいつに対抗するように英雄の話がいいと喧嘩をした。
「嬢ちゃんは冒険者っていう生き物に向いてるな」
いっそ貪欲なほどに外の話を求める姿は、ある種シャーレアンの賢人にも似ていた。
賢人が一つの分野に特化して研究をするように、彼女は冒険という分野に特化した興味を抱いていた。
物資補給に立ち寄ったのだという冒険者が、彼女へそう言ったことを覚えている。
反射的に、じゃあオレはこいつとは違うっていうのかよ、とふてくされるようにそう思ったことも、よく覚えている。
「生き物ってなんだよ」
「冒険者は縄張りを持ったり、こうやって街を築き上げて暮らすのとは違う。自分の足でまだ見ぬ土地へ行って、自分の目で見て、聞いて、感じたい。多分、冒険者という生き物のサガだな」
なんとなく感じていたオレと彼女との間にあるものが明確になってしまった瞬間でもあった。
彼女はきっとどこまでも冒険者という生き物なのだろう、と納得してしまったからだ。
オレはべつに、今の暮らしに不満があるわけじゃない。外へ行きたいと強く願っているわけでもない。どちらかといえばティアの名でいるよりも、早く立派なヌンになりたい、とすら思っていた。
あるいは、オレだって、なれるものなら英雄に、自由な冒険者になりたい。
目のことなんか知らない。アラグのことだって。
ろくにヒントも残さなかった先祖のことなんて知るものか。オレだけを残した一族のことだって。
「私、冒険者になるよ」
だからオレは取り残された。
何も分からないまま、何者にもなれないまま、宙ぶらりんなオレだけがそこにいる。
彼女がオレよりもずっと早くに自分に対する答えを出して、そこへ向かって歩き始めてしまったから。
まさか街を出たきり連絡の一つも寄越さないとは思ってもみなかったが、それでもあいつはどこかで元気に冒険をしているんだろうとは思っていた。
冒険をするということに対して彼女はどこまでも貪欲だ。生まれ育った故郷なんて、知らない場所のひとつもないだろうというくらい隅々まで、一緒になって探検して回ったことをよく覚えている。
だからエオルゼアの地で再会した時には「やっぱりな」なんて納得したものだ。
流石に手紙くらいは寄越せよな、と苦言を呈してしまったが。
彼女は英雄と呼ばれるようになっていたが、らしいことに、そこに関してほとんど無頓着だった。
近頃はレヴナンツトールを主な拠点としているらしく、顔見知りも多いからか、声をかけられてはひらひらと手を振り返している光景がやたらと目についた。
「てかそれで言うならラハも。賢人位取ったの?」
「ん、ああ、論文出したんだ」
「……うわー」
「うわってなんだよ」
べつにその、証を見せびらかしているつもりだとかはなかったが(首元を覆う衣服は苦手だったので!)、気付かれた──気付いてもらえたことに、安堵した。
魔法大学に入るんじゃなくて論文を出したんだ。ちゃんとアラグの研究を始めた。賢人になれば禁書の閲覧許可が出るんだ。もしかしたらあんたが苦手な“頭でっかち”なほうに入るかもしれないけど。
「あんたって思ってるより真面目だよねえ」
「思ってるよりってなんだよ! 失礼だな!」
オレたちは多分、昔みたいには戻れない。
彼女は英雄で、オレはアラグの研究家。
彼女は冒険がしたくって、オレは一族が代々受け継いできたものを解き明かしたい。
たまたま数年ぶりに道が交わったけれど、オレたちは別の道を歩いている。
「オレ、クリスタルタワーと眠るよ。託された願いを、ちゃんと叶えてやりたいんだ」
オレも連れて行ってくれと言えなかったその日から、オレはもう、彼女の隣に並び立つことは出来ないのだ。
クリスタルタワーと共に眠りについた二百年のその先で、絶望を知り、けれどもそこから立ち上がるまでにそう時間はかからなかった。
明日の己の身も知れないなかで懸命に生きている人たちが、彼女を──英雄を希望と、勇気としていたからだ。
彼女の死を悼む暇もなく、オレはクリスタルタワーの封印を決めたその時のように、決意のまま途方もない一歩を彼らと共に踏み出した。
前人未踏の領域。これを成し遂げれば歴史の改変と共に消えてしまうかもしれないとしても。
第八霊災の阻止というのは、正直なところ、オレにとっては渡りに船な話だった。
彼女の冒険が途絶えてしまうことが何よりも耐え難い。彼女の道はどこまでも続いていてほしい。どこまでも、どこまでも。それが知らない未来でも、知らない世界であっても。
オレが彼女を助けたい。あいつの力になりたい。たとえ命と引き換えにしてでも。
「……で、何やってんの?」
「何、とは……?」
「いや、ラハでしょ、どう考えても」
気付かれてはいけないはずだった。
計画を遂行するためにオレは水晶公として振る舞うはずで、彼女とは水晶公の素性も知らないまま別れるのが最善のはずだった。
だというのに、もう百年以上も聞いていなかったその声で、その表情で名前を呼ばれてしまえば、あの頃に戻ったようでどうしようもなくなってしまう。
第八霊災を阻止するという、彼女の命を繋ぐという大役を、成し遂げなくてはならないというのに。
「ラハー、ラハちょっと。あれ、いないの?」
「だから水晶公だって……!」
人前では水晶公と呼ぶように努めてくれていたが、彼女はあまりそこらへんに頓着しないのか平然とオレをラハと呼ぶ。
おかげで誰かに聞かれてやいまいかとひやひやするのだから本当にやめてほしいのだけれども、改める気配はない。
オレもオレでそう呼ばれることを嬉しく思ってるんだから、まったく救いようのない話だ。
「あ、そっちに居たの。……うっわ、何その部屋」
「何って、資料室代わりの深慮の間だけど」
クリスタルタワーはどうしようもないにしても、原初世界の物はあまり広めるべきじゃないと思って、そればかりは鍵をかけた部屋に保管しているのだ。
呆れたような顔をされる心当たりもなく、心外だなと返してみれば彼女は肩を竦めた。
「あーやだやだ、これだから賢人ってやつは」
「なっ……なんだよ、原初世界の資料を保管してるだけだぞ」
「床に直置きして?」
「う、いや、それはその、仕方ないだろ、すぐ手に取れるところに置いておきたいんだ」
「うちの親と同じこと言ってる」
……片付けは後回しになるんだ。忙しいから。仕方ない。
そういえば昔、散らかったの片づけてたと言いながら彼女が遅れてやってきたことが多々あったような。
「勝手に片付けていいんだったら手伝うけど」
「いや、いいからあんたは休んでてくれ」
片付けなんてさせられるか。
興味があるのだったら好きに触ってくれて構わないが、彼女は論文だとかには興味がないだろうし。
それに、それよりも少しでも休んでいてほしい。
そう? と首を傾げた彼女は「ライナからあんまご飯食べないって聞いたからさー」と言いながら、ライナから託されてきたらしいバスケットを掲げた。
「お昼食べよう」
「もうそんな時間か。ならこっちに」
基本的に塔の内部にいることが多いので、深慮の間とはまた別に休息のために使う部屋も整えてあるのだ。……いや、どうせ人も入れないからって散らかしたままだった気が。
止めるよりも彼女がその部屋をのぞき込むほうが早かった。
「なんだ、ちゃんと休んでるんだ?」
「ちょ、ちょっとしばらくそこで待っててくれ!」
ああもう、そのにやけ顔が腹立たしい!
慌てて彼女を締め出してばたばたと散らかった衣服やら本やらを片付ける。陳列館のほうから借りたままの本もあるし、さっき仮眠を取った時に使った毛布もぐちゃぐちゃだ。
かっこつかないな……!
「ライナにはちゃんと生活出来てるみたいって伝えておくねー」
「うるさいな! やめろ!」
こういうふうに気の抜けるやり取りが出来ることも、なんだかんだで嬉しく思っている自分もいることが情けない。
大丈夫だ、オレはやれる。──やってみせる。
悲しい顔をさせたいわけじゃない。
だからオレはあんたにも、自分はグ・ラハ・ティアじゃなくて水晶公なんだって通したかったんだ。
あんたを助けるのはあいつらに託されたからっていうのもあるけど、ここまできたらオレの我儘が八割ってとこ。
だってオレはあんたに生きていてほしいし、元気でいてほしいし、冒険を続けてほしい。
オレがクリスタルタワーと眠るよと言ったときに、悲しい顔をしてくれたことを覚えてる。
そんな顔は見たくないはずだったのに、オレのことを惜しんでくれているのが嬉しくて、だからもう一度の別れは今度こそ失望されるかもしれない、と思った。
でもまあ、もういいか。彼女がオレの知らないところで冒険を続けてくれるのなら。
結果的にオレは生き永らえたらしい。
彼女が溜め込んでしまった光を奪って次元の狭間へ飛ぶ、という計画は失敗したが、それでも第八霊災は防げて、彼女も無事。
ほとんどオレがどうしようもない悪事をしでかしたような状態で、居た堪れなくて、けれども彼女が無事であることで気分は晴れやかだった。
「ラハ」
気まずさで顔も合わせられなかったのに、名前を呼ばれてしまえば応えるしかない。応えたい。
「一緒に……冒険に、行こうよ」
──オレは今からでも、間に合うのだろうか。
もちろん行きたい、連れて行ってくれ、ずっと一緒に行きたかったんだ。
そう言いたくても、オレにはまだやるべきことが残っている。
第一世界は救われた。原初世界も第八霊災は回避され、彼女は生き延びた。
けれどオレが第一世界へ召喚してしまった彼らは、まだ原初世界へ帰れていない。
あの時ばかりは嬉しさと安堵、それから勢いで頷いてしまったけれど、すぐさまはいじゃあ行きましょうと言うわけにはいかない。
問題はまだあって、オレは彼らを喚んだ責任を取らなくてはいけない。彼らを無事に原初世界へ帰すまでがオレの役割だ。
「やろうと思えば水晶公の魂と記憶も原初世界に持って帰れるってことじゃない?」
「え」
そんな考えは微塵たりともなかったものだから呆気に取られている間に、彼女に背中を小突かれた。
「アリゼー良いこと言う!」
「えっ、いや、だが、あなた方とは違って原初世界の私とを統合することになる……」
「行きたくないの?」
「行きたい、けど……」
「ていうか、一緒に行こって言ったじゃん。まさかグランコスモスだけとは言わないよね?」
だけだとか、そんなつもりはなかった。叶うのならどこまでも、彼女の隣に並んで歩いていたい。
けれど、本当に叶うのだろうか。もはやクリスタルタワーと運命を共にしたような、こんな身体で?
「理論としては同じなんでしょ?じゃあ頑張ってもらわないと」
困惑と高揚感の狭間で、オレは曖昧に頷いた。
彼女という冒険者はオレとは別の人なのだろうと実感していた。
冒険をする、まだ見ぬ景色を見る、ということに対してどこまでも貪欲な彼女が、知らぬ景色の絵にまるで恋い焦がれるような眼差しを向けていたその横顔を、よく覚えている。
オレはどうしたって彼女のようにはなれず、彼女はまるで本当は到底手の届きようのない星であるかのように遠い存在へと変わってしまったはずだった。
けれども、そんな彼女は、オレに手を差し伸べている。
一緒に行こうと誘いに来てくれている。
一緒に遊ぼうとお互いの家を訪ね合った、昔のように。
途方もない差異に諦めていたことが嘘かのように、一緒に行きたいという気持ちは膨れ上がっていた。
ソウル・サイフォンの完成が近付けば近付くほどに腹の奥底を期待が満たして、逸る気持ちで思わず転んでしまいそうになる。
オレも行きたい。
そういう気持ちはもはや他のみんなからもバレバレだったようで、アリゼーなんかには「その無茶の利く身体に胡坐かいてないで、原初世界に戻った時のためにちゃんと休む癖つけときなさいよ」と怒られたりもした。
──オレも行きたい。
勿論懸念はある。第一世界から光の脅威は消え、罪喰いが姿を消しつつあっても、アシエンが何かよからぬことを企んでいることは事実。人々を光の戦士へと導いて一体何をしたいのか。
──オレも、行きたい。
ライナたちにだってろくに説明もしないまま、ここまで来てしまった。素顔こそ晒すようにはなってもオレが何者で、どうしてこんなことをしているのか、名前ですらも明かしちゃいない。それでもオレは最後まで、ここでは水晶公でありたい。
──オレも一緒に行きたい!
アシエン・エリディブスがクリスタルタワーを利用しようというならばこちらにも奥の手がある。最後に、やるべきことがある。
「……これで、水晶公がやるべきことは全部終わった」
あんたにずっと言いたかったことがある。
「本当は、オレから言いたかったんだけどさ」
あんたが冒険に出ると言い出した時からずっと。
誘ってもらえてすごく嬉しかったんだ。ずっと一緒に行きたかった。
「あんたと、旅がしたい。次の冒険には、オレを連れてってくれ」 [
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