生きているということ

 その日、男にとって、世界はすべからく疎ましいものになった。

 欠けている。
 一にも満たないそれらはかつてハーデスと呼ばれていた男にとって汚らわしく、おぞましい何かでしかない。
 欠けたものたちは始まりこそあの絶望の象徴たる終末を覚えていたようだが、それも世代を重ねるごとに薄れていった。それが尚更に欠けたものたちへの失望を煽った。
 男にとって欠けたものたちは欠けたものでしかない。時折男にとっての「いつも通りの日々」をわずかに思い出すものは現れども、結局そいつは一ではない。
 十四のうちのたった一つに対して感慨にふけるようなこともなく、ただただ、欠けたものたちが不完全なままに争い続けるのを眺めていた。

 気が遠くなるほどの時間だ。どれほどのあいだ男が欠けたものたちを眺めていたのか分からなくなるほどの時間。
 志を共にする同胞のなかにも出来損ないはいた。役目を思い出させても不完全なままで、自由奔放なやつもいて、世界の統合にあまり興味を示さないものもいた。
 所詮欠けたものだからだろうとオリジナルたちは気にも留めなかった。

 世界を戻せば皆が戻る。
 果たして十四に分かたれたものが統合されたとき、それは自分たちの知る世界なのか。
 オリジナルたちはその疑念を抱かない。考慮できない。
 少しでもその可能性を肯定してしまえば、すべてが無駄になる。
 だからどちらかといえば、これは願望に近かった。
 いつか、世界は戻り、元のように平和な日常を送ることができるはずだ、と。

 その女はかつてアゼムと呼ばれた彼女の魂を持っていた。
 男の見知った姿形ではないけれど、男の見知った魂の一欠けらを持った女だ。
 女は彼女の役割を背負い、まるで彼女のように、自由だった。まるで彼女そのものであるかのように。

 旅をして、様々な人に出会い、問題が起これば女は率先して解決しに行く。
 かがやかしい魂だ。
 世界のすべてを疎んでいた男にとって、女はまるで光のよう。
 ──だが、彼女ではない。

 魔が差した。
 男は時々、それらが取るに足りるものかもしれないと血迷うことがあった。
 失望した後で結局血の迷いだったのだろうと内省することを繰り返したりもした。
 その一環のはずだった。
 アゼムの魂を持つ女ならば違うかもしれない。取るに足らない、疎ましい欠けたものたちではないかもしれない。
 近くで眺めてみれば眺めるほど、女はアゼムとよく似ていて、そして全く違っていた。
 同一の魂を持つのに、同一の人物ではない。
 男の嘆きを耳にして、女は言った。

「かわいそうな人。あなたも私とおなじだというのに」

 もしかしたら、女は薄々気付いていたのかもしれない。アゼムのように振る舞い、けれども決して彼女ではないはずの女は。
 諦めたつもりなどない。この悲願は何百年、何千年経とうとも達成してみせる、とした決意は。

「私たちも生きているのよ、エメトセルク」

 分からない。
 何のために取り戻したかったのか。
 何のために、幾千もの時を過ごして来たのか。
 もはやこうなっては、ただ主張したかったのかもしれない。
 ──我々とて、生きていたのだ。

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