山姥切たちの世界破壊任務
「メンテナンスが終わったら件の新人を任せるからミーティングルームに来るように」
先に部署のほうへ顔を出した山姥切長義は己の上司にそう声をかけられて了解を返した。急ぎの仕事が割り振られていないことだけを確認して、ストールの乱れを正し数分のみの滞在だった部署を出る。
審神者のもと本丸に所属する、いわゆる"初期実装組"の姿はあまり見かけず、己の同位体や調査員刀などの設立時から顕現して政府直属だった刀剣男士のほうが多く行き交う時の政府、日本支部。
目もくれずに真っ直ぐメンテナンスルームへ向かい、個体認証を通して本日の予定個体であることを確認されるなり個室へ通された。定期的に行われている検査だ。
「刀剣、人体共に異常なし。健康体ですね、時空移動も問題ありません」
「ああ、ありがとう」
本日の業務に支障なし。太鼓判を押されて己の部署へ舞い戻る。
健康体ではあるが、内容が内容であるためにあまり気乗りはしなかった。
審神者及び本丸配属の刀剣と違い、政府直属の刀剣男士は殆どが政府で働く人間と似たような仕事が割り振られる。
そのなかでも山姥切長義は少々特殊な役割をふたつ持っていた。それは本丸に対する監査官としての立場もあるが、次いで重要な事柄がもうひとつ存在する。
無論人の子、ひいては己が歴史を守るためにやること、やるべきことは変わらない。己の役割だと言われたなら当然、その期待には応えようとも。それがどんな任務であろうと、だ。
少しばかり殺気立っていた山姥切長義はすれ違う刀剣や職員に遠巻きにされていたことに気付かなかった。
本日の業務、あらたに配属された山姥切国広・極の指導。
お前本歌だろとただそれだけの繋がりで任せられた業務――それ自体を断る気はない、ないけれども、本丸に配属された山姥切長義と山姥切国広のやり取りを知らないのかこの上司、と思うところはあった。
まあ、これも仕事であり己のすべきことだ。特付きではなく修行を経た極刀剣であることに気になる部分はあるが、それも前例があまりないからだし。
時の政府自体は設立されて十数年が経つものの、刀剣男士の修行システムは解禁されてから間がない。ましてや初期刀の一振り、山姥切国広に至ってはほんの三か月前に修行の許可が出たばかり。
それがどうして本丸を離れることになったのか。それは指導役に付く山姥切長義にも事前情報として知らされてはいたが、そこに同情や憐憫はない。修行に出る前から卑屈の中に図太さのあった"偽物くん"が、まさかこの仕事に怖気づくこともないだろう。
そういう意味ではある種のやりやすさと、号にまつわる因縁からのやりにくさとが共存して落ち着かない。
……やることをやるだけだ。山姥切長義はそうひとりごちると件の新人と上司の待つミーティングルームに入った。
「山姥切長義甲十二、入ります」
「ああ、来たな。ほら、あれがお前の指導役になる」
「…………本科」
己は先に資料と共に知らされていたけれど、相手は何も知らなかったらしい。目をやや見開いての驚愕はすぐに無へ戻り、布を被った戦装束の極個体は目礼と共に「よろしく頼む」と不愛想な挨拶をした。
山姥切長義のほうもさらりと「よろしく」と返し、どこまで事前説明は済ませたのやらと促すつもりで上司へ目線をやる。
けれどもその意は伝わらなかったのか無視されたのか、男は山姥切長義と入れ替わるように退室していった。
「じゃ、後はよろしく」
「は?」
……己が上司は周囲への配慮が欠けた振る舞いが目立つ。慣れたものだが振り回される側は堪ったものではない。
ため息を吐いて、目線が落ち着かず戸惑ったような素振りを見せる山姥切国広へ向き直る。
「……どこまで説明を受けた?」
「…………指導役にあんたがつくこと、だけ」
「あの人は……まあいい。メンテナンスは済ませてあるんだろうな、結果は?」
「問題なし、と」
「ならいい。説明するにも順序というものがあるというのに……」
せめて最低限は済ませてあると思っていた。元より特殊な部署なので。
手順が狂った。これは事前に口頭である程度済ませたほうがいいだろうかと概要を頭のなかで整理していると、山姥切国広は被った布を隠れるように目深に引っ張って言う。
「煩わせてすまない」
「……手が足りないところに配属されただけだろう、お前は。どちらかと言えば新人への配慮が足りないこちらの責だ」
卑屈な面が強く表に出た個体らしい。堂々としていろと言ったところでこれの態度が変わることはあるまい。ならばと山姥切長義は任務へ連れ出すことにした。
山姥切国広という個体は考えるより感じたほうが早いと吹っ切れるタイプと、やたらとひとりで考え込むタイプとに二極化される傾向がある。こいつはひとりで放置すれば延々と考え込むほうかもしれない。
端末からアクセスコードを入力、個体認証をクリアして今回の資料を引き出し、新人にも見やすいよう宙に浮かばせ可視化させる。
いいか、と山姥切長義は、開いた聚楽第のマップを指でなぞり、洛外から洛中、内部、本丸へとルートを作る。
「今回の任務は聚楽第の後処理になる。基本的に交戦はしない方針で、各本丸が調査した後の影響の把握が主目的だ」
「放棄された世界なのに、か?」
「放棄された世界だから、だよ」
まさか歴史改変を許した世界をそのままにしておくわけがないだろう、と付け加えて、その指先は各本丸が探索した箇所の一部をなぞっていく。
「放棄された世界はイコール歴史改変を許した世界……各本丸の部隊がある程度の討伐を行ったが、残党はまだ残っている。そいつらが聚楽第を手放したか、手放さないか。俺たちはまずそこを見極める必要がある」
「……手放していたら、どうするんだ?」
「そのまま放置で帰還する。時間遡行軍も放棄したのなら、その世界は徐々に本来の歴史に戻るからだ」
なぜかはともかくとして、世界にはそういった軌道修正をする力がある。
だからそこに時間遡行軍がいないのであれば手出しは無用になるのだ。
ともかく、と山姥切長義は出していたヴィジョンを手のひと振りで消した。
「まずは該当の世界へ出陣する、もう少し詳しい話はそれからだ。刀装はつけているな?」
「ああ、軽歩兵をふたつ」
「良し」
頷いた山姥切長義は山姥切国広を先導して、分史管理部専用のゲートへ向かった。
歴史保全課・分史管理部――山姥切長義が所属し、そして新たに山姥切国広・極が加わった部署だ。
通常本丸とは別の職務内容であるために生体認証の登録及びパスコードがなければ入れない一般立ち入り禁止区域にある。
ゲートを起動し、くぐる。本丸で使われているものと同じだからだろう、山姥切国広はさしたる感慨もなく山姥切長義の後を追った。
その世界にはいまだ時間遡行軍が残留していた。本拠地として使うことは諦めたようだが、本丸からの調査の手がなくなったことで動きが活発化しかけている。
交戦はせずに偵察のみにとどめ、隠密行動を進めるうちに、山姥切国広は空間に淀みを見つけた。ぽつんとそこにあるそれはなぜか存在感があり、目が離せない。
(淀み?)
「手遅れだな。行くぞ、偽物くん」
「……行く、って何をするんだ?」
「いいか、かつてお前が所属していた本丸では、本来の歴史から分かたれたIFの世界を任される。俺たちはこれを分史世界と呼び、正しい歴史を正史と呼ぶ」
それは審神者になるにあたって初めに教えられることだ。
審神者たちは無数に存在する分史世界のひとつずつを担当に受け持ち、そこに現れる時間遡行軍を倒すのが仕事である。
山姥切国広は元々初期刀だったので触りくらいは心得ている。ひとつ頷いた。
「我々が観測する分史世界には正史世界により近付こうとする修正力がある。だから例えば織田信長の性別が女だったとして、後に続く歴史にさほどの変化はおこらず、やがて語り継がれる織田信長は男として正史のものと何ら変わらないものになる。では正史と分史の差とは何か――正史たる証拠、分史たる証拠、というのは実在しないんだ。言ってしまえば"より太い幹"――つまり、こう在った、こう伝わった、という歴史がより多いものが正しい歴史とされる。審神者の仕事は分史世界を増やそうとする時間遡行軍を止めること。分史として初期段階にある世界の分岐点を増やさない・正史から離れないことだ。離れすぎなければ修正力によってそれは正史に近付く」
長い説明になってしまった。その間にも周囲への警戒は怠らないが、特に敵に動きはない。
真面目に聞いていたらしい山姥切国広は自分のなかで言葉を噛み砕くようにややあってから口を開いた。
「……なら俺たちの仕事はなんだ」
「手遅れになった世界の破壊だよ、偽物くん」
「…………破壊?」
「そう、破壊だ。審神者たちや修正力が追いつかないほど枝分かれした歴史はいずれ正しい歴史として確立されてしまう。そうなる前に世界の核を壊して、破壊する」
「世界の核……そんなもの、壊せるのか?」
「壊せるか、壊せないかじゃない。壊すんだよ。基本的に目視出来るわけではないが、正史から離れようとする分岐点には淀みが出来る。それが世界の核となる前のものだ。叩いて壊し、分岐を許さず正史に戻す――敵陣に潜入して、だ」
このようにね。山姥切長義はそう言って、巡回をしていた時間遡行軍の背後に忍び寄るなり強引に隠れ潜んでいた物陰に引きずり込んで、その心臓を貫いた。
呆気なく絶命した敵の死骸をべしゃりと放り、付着した血を払う。
「淀み――とは、あれのことか」
先程見たそれを思い出して山姥切国広が口を開けば、山姥切長義はにやりと口角だけを上げて笑った。抜刀した本体はその手に握ったまま、軽やかに駆け出す。
「破壊する。離れすぎない位置で見ていろ!」
見ていろと言われても、と思ったところで抗議には遅く、仕方なしに山姥切国広は山姥切長義を追う。
先ほど山姥切国広が見た位置のまま、それは動いていなかった。追いつき山姥切国広がそれを視認したのを横目に確認するなり、山姥切長義はそこにあるものに刃を突き立てた。
ぐ、と押し込むように。それから引くようにして、両断する。
その世界が破壊されてしまうと気付いてか時間遡行軍が集まっているようだったが、すでに核は破壊され、連中は間に合わない。
がら、と音がした――わけではなかった。山姥切国広の気のせいだ。
だが地面が、城壁が、世界が崩れている。無音だ。それらが核という支えを失って崩れゆくさまを、知覚している。
「ぼさっとしているな! 一体でも多く敵を倒せ!」
山姥切長義に怒鳴られ、山姥切国広はそこに敵がいることを思い出した。
そうだ、ここは敵地で、周囲には倒さなければいけないものがいる。であれば己は刃を構えなければ。
よく慣れた仕事であることに気持ちが切り替わったのか、それまでのどこか戸惑った思考は鋭く冴えて周りを囲む敵の位置を、どこから切り崩すべきかを素早く見定める。
「――参る!」
駆け出し、すれ違いざまに居合切り。立て続けに付近にいたものを、切っては捨て、切っては捨てる。
相手方が強いかどうかというと、ただ数が集まっているだけという感覚がある。主力は討伐されたか、あるいは撤退したか。調査の手を入れてある程度を討伐した後なのだから、当然か。
その調査が引いたことで再び拠点にしようと数が増えた、そんな印象を受けた。
どうあれこの放棄された世界は破壊された。山姥切国広はそこに立っていられなくなるまで刀を振るったし、それは山姥切長義もそうだった。
「終わり終わり。報告に向かって次に行くよ」
「分かった」
壊れたあとは瞬きの間に元のゲートの前まで戻っていた。
山姥切長義いわく「正史に近付く修正力があると言っただろう。俺たちは正史にあるものだからね」だそうだ。
そういう理屈がある、として山姥切国広は納得した。とにかく時間遡行軍との直接的な戦いは続く。そういうものとして、先を歩く山姥切長義の後を追った。 [
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