別人

 怪談話をしよう、という流れになった。
 たしか、監督生があまり驚いたり怖がるような素振りを見せないという話から。
 べつに怖がっていないわけじゃないんだけどな、というのが本人の言い分だが、周囲にはそう見えないらしい。
 特に会ってすぐに、あのドワーフ鉱山へ一緒に行ったエースとデュースには。

 そもそも恐怖という感情は、生きるにあたってとても大切なものだ。死ぬことが怖い、死に繋がるものが怖い。生存本能が、命の危機に警報を鳴らす。
 あの場所には死の危険があった。だから監督生は怖かった。
 どうにも態度に出ないタイプのようで言っても信じてもらえないのだが。

 とにかく、そういうわけで怪談話をしようということになった。

「今日の夜にそっち行くから! 逃げんなよ!」
「なにかお菓子用意して待ってるよ」

 逃げるも何も開催地は監督生の住むオンボロ寮だ。
 参加者は監督生にエースとデュース。グリムは起きていれば参加するかもしれないけれど、どうだろう。
 少人数なのは怖がらせたいのが監督生だかららしい。あとは夜に集まってそういうことをやるようなタイプが他にいない。
 デュースも夜に抜け出すことにあまり乗り気でなかったけれど、そこは寮長に外泊連絡をすることでクリアした。

 その後は普通に授業を受けて部活に出て、そろそろ就寝時間だという頃にふたりが尋ねてきた。

「よっしゃやるぞー」
「グリムは寝ちゃったか?」
「うん、ぐっすり」

 娯楽としての怪談話はあまり興味がないようで、夕食の後にグリムは無関心に寝入ってしまった。
 いわく「わざわざ怖い話をするなんてわけがわからない」だそうだ。でもオンボロ寮に住まうゴーストにはとても驚いて怖がっていたので、いればきっとよく怖がってくれただろうに。
 いないものは仕方がない。グリムに夜更かしさせて翌日の授業で居眠りされても困るし。だから今日は三人だけ。
 エースやデュースが泊まりに来た時に使う部屋、床板の上に輪になって、用意しておいたポップコーンを広げて。コーラはグラスに注いだ。
 毛布も運んできたのでいつでも寝落ちできる。今日は雑魚寝だ。準備が出来たのを確認して、部屋の灯りを落とす。
 三人の中心にほのかな光が灯った。

「ロウソク?」
「そ、サムさんの店で買ってきた。雰囲気あるだろ?」
「へえ、いいな」

 じゃあ監督生からな、そう言って、エースはあぐらをかいて聞く姿勢になる。
 話の用意はあるので特に問題はない。監督生は頷いて、これはこの学校に来る前に聞いた話なんだけど、と話し始めた。

 よくある話だ。
 学校に一風変わった噂話があって、それを確かめようとした人間は原因不明の怪我を負う。深追いした者は行方不明になってしまった。
 たぶん、そこそこに話せたのだと思う。

「お前話せるじゃん」

 にや、とエースが笑った。手応えは少しばかり。エースは元々怪談話が好きなようで、いろんなところでネタを仕入れていたらしい。
 だからそのぶん耐性があるようで、怖かったぜ! とは言うものの余裕が見えた。
 監督生も監督生でよくある話だからね、と答える。出だしに雰囲気を出すにはぴったりだろう。

「監督生の話し方、リアルだったな」

 デュースもさほど怖がっているようには見えなかった。
 とっておきは後で話すつもりだ。初っ端に出してしまっては勿体ない。

「じゃあ次デュースな。俺はトリで」
「そもそもこういうのってじゃんけんで決めるとかじゃないのか。まあいいけど」

 それならとデュースが口を開く。
 随分と自信がありそうなエースはどんな話をするのだろう? と監督生は期待を持ったが、その日エースが怖い話をすることはなかった。
 なぜなら。

「それで、グワーッてなった髪の長い女がザーッて」
「いやもういいわ…………」
「うん、終わっていいよ……」
「えっ、なんでだ? ここからがいいとこなのに」

 デュースは怖い話をするのが下手だった。
 フォローも入れられないくらいに。
 段々目も当てられなくなって、何度目か数えることも諦めた擬音が畳みかけられたところで強制終了させた。

「お前がそういうの向いてないのは分かった」

 しかもデュースは自覚がないらしい。
 心底不思議そうに、それから少し残念そうにしていた。当人としては楽しんでいたようだ。

「あーあ! ゲームやろうぜゲーム。なんか新作ねえの?」
「借りてきたボードゲーム何個かあるよ、持ってくる」
「おう」
「えっ、な、なんでだ…………?」

 結局だらだらとウミガメのスープをやって寝落ちした。


 不完全燃焼だったが、あれほど空気感が台無しになっては仕方ない。
 とっておきも話せなかったしな〜、と結局監督生の怖がる様子を見れなかったことをエースは残念に思っていた。
 まさかデュースが怪談話をするのが下手だったとは。
 要領の良い奴だとは決して言えないが、だからって限度があるだろというか。

「まあ、自分もとっておいた話はできなかったから。またどこかで機会があればね」

 そう苦笑していた監督生がしようとしていた話も気になる。
 だがまあ、しかたない。どこかでタイミングを見て聞きに行ってやろうと決意をして、あの夜の怪談話はそこで流したものだとエースは思っていた。
 けれど数日後にデュースが、

「とびきり怖い話を仕入れてきたからまたやろう! 今度こそ最後まで聞かせてやる!」

 と、なんだかはしゃいでいるようだったので。
 監督生と顔を見合わせたエースは、物は試しにというくらいの気持ちで了解した。
 特に怖くないだろうなと思ってエースは始めからインサイダーゲームを持ち込むことにした。

 先日と同じようにお菓子にジュースを用意して暗い部屋にロウソクをつけて唯一の明かりにする。
 雰囲気を出したところでじゃあ早速、とデュースが口を開いた。
 擬音三回言ったら強制終了にしようと考えていたエースは、話し出しにあれ? と思った。

「――とある、学校にいた時の話です。放課後になって帰ろうとしたところで、私が大切にしていたお守りがないことに気が付きました」

 この間のぐだぐだになった回は、怖い話をするぞ! という気合いが入りすぎていて雰囲気ぶち壊しだったのだけれど。
 抑揚が薄く、表情もどこか暗く感じる。

「母からもらった大切なものでした。ついさっき、トイレに立つ前にはペンケースのなかに入っていたはずなのに。なくなったことに気づいた私は慌てて机の引き出しや、教室のロッカー、カバンのなか、思い当たるところはすべて探しました」

 それは本当にあった出来事を語っているかのようだった。
 擬音だらけな上に雰囲気もぶち壊しの創作だとまるわかりだったあの時とは雲泥の差だ。
 監督生も困惑したようで、あれ、と首を捻っている。

「くれぐれもなくさないように、と厳しく言いつけられていたものです。いつも優しい母があそこまで険しい表情になったことを見たのは、あの一度きり。なくしたことを知られたら母はきっとあの時のようにとても恐ろしい表情で、私を厳しく叱りつけるでしょう。それがとても怖くて、私はどうしようとばかり考えていました」

 不安の滲む声色。
 デュースはまるで自分がそれをなくして、母を恐れているかのように喋っている。
 いつしか、エースはすっかり聞き入っていた。


 ――校内にある落とし物を入れておくコーナーも見てみましたが、どこにもありません。脳裏に浮かぶ恐ろしい母の顔は離れてくれず、いよいよ途方に暮れた頃です。
 くすくす、と、笑い声が聞こえました。何度目かのカバンの中身をひっくり返しては戻すことをしていた時です。
 教室の窓際で、放課後だというのにまだ帰っていない女子生徒ふたりが私を見て笑っていました。

「何かなくしちゃったんだ?」
「かわいそう」

 嘲るような笑い方に、私は直感的にあのお守りはこのふたりが隠したのだと気づきました。
 私はとっさに、知っているのか、と聞きました。
 ふたりはそれには答えず、顔を見合わせて笑います。それからそのうちの片方がポケットのなかから、私のお守りをつまむように取り出しました。
 あれはなくしてはいけないと言われたものです。

「返して!」

 言えば、ふたりはそれを私に見せびらかすようにゆらゆらと揺らして見せました。

「これがあなたのものだって分からなくない? 名前も何もないもの」
「それに私たち、これを廊下で拾っただけなんだよね」

 嘘だ、と思いましたが、何も言えませんでした。
 そのお守りには確かに名前も書いていません。でもそれを持っているのは私だけのはずです。それは母が昔、自分の両親から譲り受けたものですから。
 それを言ったところで、あのふたりが素直に返してくれるはずもないでしょう。
 それでも私はただ返してと頼みました。ふたりは返してくれないまま、帰って行ってしまいました。

 母に何て言おう。そんなことばかりを考えて帰宅すると、母はすぐに私の異変に気付いたようでした。
 何かあったのと聞かれてしまえば観念するほかありません。
 素直に、なくすなと言われていたお守りをなくしてしまったこと、どうやらクラスの女の子ふたりに盗まれてしまったこと。ふたりは名前が書いてないからと言って、返してくれなかったことを告げました。

「だから、ごめんなさい」

 取り返せなかった。
 私は母の顔を見ることが出来ませんでした。
 その間の沈黙はとても恐ろしく、永遠にも思えるようで。
 ずっと心臓はばくばくとうるさいまま、時計のかちこちと鳴る音と共に頭のなかで響いていました。

「……そう。それは、仕方がないね」

 思いのほか静かな声でした。母は「明日も返してもらえないようだったら諦めるしかない」と言いました。
 どうしてだか母が私を叱ることはなく、むしろその日の夕食には私の好きなコロッケを出してくれたのです。
 お守りに関してはそれきり特に言及もなく、翌朝、あまり眠れなかったのか顔色の悪い母に見送られて私は学校へ向かいました。

 今日こそは返してもらおう、そう思っていたのですが、その日に彼女たちは学校を休んでしまっていました。これでは話すらできません。
 先生にふたりの様子を聞きましたが、どうにも連絡が取れないのだと言っていました。
 そんなに私にお守りを返したくないのかな。そう思った私はとても悲しい気持ちになったまま一日を終えました。
 帰宅すると、母は玄関で私を待ち構えていました。

「返してもらえた?」
「ううん。ふたりとも、学校を休んじゃってたの」
「ああ……××さま……!」

 母がそのとき、何を言ったかはよく聞き取れませんでした。
 私が靴を脱ぐ暇もなく、母が泣き崩れたからです。
 きっとあのお守りはそれだけ母にとって大切なものだったのでしょう。
 私に縋りつくようにして泣いている母をみながら、私は、ごめんなさいと謝り続けるほかありませんでした。

 しばらくして泣き止んだ母が「晩ご飯にしよう」というので、私はそこでようやく靴を脱いでカバンを自分の部屋に片づけて、制服を着替えました。
 リビングへ入ると母は深刻そうな面持ちで電話をしているようでした。私に気付いた母はすぐに電話を切って、私に言います。

「クラスの■■さんと●●さん、亡くなられたって」

 あ。

「――次は私だ」


 沈黙。
 一拍置いて、エースは大きく息を吐きだした。
 無意識のうちに息が詰まるほど聞き入っていたらしい。
 これで終わりだと言うデュースの様子はすっかりいつも通りで、先ほど語らっていた��私�≠ヘどこにもいない。

「おっまえ、怖い話するのそんな上手くなったのかよ。短期間で成長しすぎじゃね?」

 聞きごたえのある話だった。面白かったし。エースはそう言って、聞いている間一切手をつけなかったチョコレート菓子に手を伸ばした。喉も乾いている。
 デュースはコーラを飲みながら照れ臭そうに笑っていた。
 監督生が、首を傾げる。

「…………同情したのかな?」
「なんかいった?」
「んー……いや、なんでもない。デュースの話、上手かったよ」

 だろ、と笑ったデュースが同じ怪談話をすることは、二度となかったという。

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