また明日

 にぎやかな夜から、そっと抜け出す。
 光の明るさに慣れた街の夜というのは、街並みが整備されていても暗く、けれど人々が興してきたものがほのかに明かりを灯していた。
 私たちは真に、この世界に夜を取り戻せたのだと。
 光が掃われたことで、私たちの帰還でそれを悟った街のみんなは、興奮も冷めやらぬまま、訪れた夜を賑やかす。
 その喧騒には最初こそ私も随分と声をかけられていたものの、ひとたび声が途絶えれば、途端に輪から一歩引いたさみしさが胸をほんの少し引っ掻いた。
 もちろん、この喜びが他人事だなんてことは言わない。
 私は確かにみんなと共に戦っていたのだし、まあ、私にしか出来ないお役目もいただいていたわけだし。
 それでもこの夜は、彼らが諦めなかったからこそ得たものなのだ。
 ずっと、抗い続けて来てくれたから。
 だから私は彼らに勇気付けられて、みんなと同じように前に進むことが出来た。

 嬉しそうなクリスタリウムの街並みはいつまでも眺めていたいような景色で、私は高台からひとり、それを見下ろす形でぼんやりと過ごしていた。
 本当ならベッドに横たわって、それこそ泥のように眠っていたいとか、お風呂に入りたいとか、お腹がすいたとか色々、クリスタリウムに帰ってくるまでは思っていたのだけれど。
 みんなの喜ぶ顔に出迎えられて、それからずっとこんな騒ぎではもうすっかりそんな欲求も吹き飛んで、この夜を目に焼き付けたい一心で輪からはずれたのだ。

 満たされた心地だった。
 きっとアルバートから、エメトセルクから、水晶公から、いろんなものを託してもらったから、もしかしたら欠けていたかもしれないところが満たされたのだと思う。
 ひとの想いは、あちらを立てればこちらが立たず、そういう風に現実はままならない。
 だけど、それでも生きていたい。だれかを愛して、愛されて、誰かに託されて、託した想いは嘘偽りじゃない。

 どれほど、辛くても、寂しくても、重ねてきた……受け継いできた想いを何度も繋げて、託して、託されてきた。
 それが実った夜もまた、ほかの誰かの手で、未来へと託されていくのだろう。

「ああ、見つけた」

 クリスタルタワーから離れすぎていた影響もあっただろうに、帰ってきたことで回復したのか、私たちと同じように全部が終わって高揚しているのか。
 疲れたような素振りも見せずに同じところまで上がってきた水晶公…………グ・ラハは、私の肩に毛布をかけてくれた。

「ありがと」
「いや。あなたが一番の功労者なのだから……こんなところにいて、風邪など引かないように」

 そう言って、その人は私の隣に並んだ。
 何かを。
 何かを伝えなくてはいけない。
 どうしようもないほどの衝動に駆られながら過ごした時間があった。
 勿論まだ全てが終わったわけではないけれど、それでもこうして私たちは無事で、みんな揃っていて、そして夜が訪れるという大きな区切りがついた今、私はこの人に、何を伝えられるだろう、と思った。
 この人が己の死を引き換えにしようとしているのだと悟ったときに名前を呼べたのは、後悔することをたくさん知っていたから。
 おはようと言えたのは、この人がずっと、たくさんの人たちが積み重ねてきたもののために己を殺して生きていたのだと知ったから。
 その覚悟を垣間見たときに抱いた激情はようやく出会えた本人を前にすれば、それが嘘のように穏やかなほどに落ち着いて、私はこの人に、真っ先に言わなければいけない言葉を言えたのだろう。
 ところがこうして帰ってきて、ああ終わったのだ、と実感したときに、これまでに考えてきたいろんなことが溢れかえって、つっかえたように言葉が出なくなってしまった。
 いま、……いまの私に、出来ることはなんだろう。
 私のために、沢山のものを抱えてきたこの人に、どうしても何かを伝えたい。この胸の内を聞いて欲しい。
 だというのに何ひとつとして言葉に出来ないのだから、英雄と呼ばれたって出来ないことはあるのだろう。
 この街とかふたつの世界のためにだとか、それだけでなくて、この人が私に命を届けにきたのだと言ってくれたから。
 何かを、返さなくちゃ、って。

 私がこれだけ言葉に詰まっているというのに、ずっと正体を隠してきたこの人は何の淀みもなく口を開く。

「にぎやかなものだ。あなたがこうして眺めていたいと思う気持ちもわかる」

 穏やかな声は私の記憶にあるものとは似ても似つかない。そもそも記憶のなかにあるものがそっくりそのまま残っているかも怪しい。
 だけど時々落ち着きがなくなったりとか、背が低いのを気にしていたり、私がグ・ラハと呼んだ時に応えたその声が、表情がどうしようもなく面影を残したままだったから。だからこの人は私の知るグ・ラハ・ティアなんだろうって、実感してしまうことがつらい。
 たくさんの人の想いこそ背負って来ても、それでもここに来て、決意を胸に百年余りを生きてきたのは彼ひとり。街を作って、民を見守って、その傍らでもうひとつの世界を救おうと戦ってきた彼にはどれほどの覚悟があったことか。
 そんな人に、私は何をしてあげられるんだろう。

「ねえ、クリスタリウムから離れすぎなければ平気なんだっけ?」
「え? あ、ああ、そうだな……長時間でなければ問題ないと思うが」
「じゃあ、明日……は急すぎるか。いやでも、明後日とか。明後日にさ、ちょっとだけ一緒に出ない? こっちに来てから私、あちこち見て回れてはいないから……そうだ、ナバスアレンとか行ったことある? 今ならもう罪喰いも殆ど出ないだろうし、そんなに負担にはならないと思うんだけど。ダメ? どう?」

 思い出したのは、ドン・ヴァウスリーを追って火山を目指していたとき。最後の休息か、と言ったグ・ラハは、そのあと死んでしまうつもりだったから、本当に最後だと思って色んなことを話してくれた。
 その時は誰かに焦がれている気持ちはこんなに眩いのだな、と思いながら聞いていたのだけど、その目線の先にいたのが私だと気付いた時の衝撃はきっとこの人には伝わるまい。
 気恥ずかしさとか、本当にこれがお返しになるかどうかとか、でも冒険に出たいって言ったのはこの人だし、っていう、落ち着きのない私の心のせいで捲し立ててしまった。
 ちらりとも様子を伺うことが出来ない。何と返ってくるだろう。離れすぎかな、近場のほうがやっぱりいいのかな。

「…………い、いいの……か?」

 上擦った声だった。そちらを振り向けば、グ・ラハは期待に渦巻いたような、信じられない言葉を聞いたような、そんな驚愕がありありと伝わってくる表情だったものだから、思わず笑ってしまった。

「行きたいって言ったのはグ・ラハでしょ」
「あ、いや、でも、暁のみんなを帰す方法……」
「ちょっとくらいはいいんじゃない?みんなも挨拶したい人たちがいるだろうし、ノルヴラントをゆっくり見て回る時間も欲しかったし」
「…………! 行く、ぜったい行く! あとからやっぱ無しとか言うなよ!?」

 こんなことで、こんなにも喜ぶだなんて。
 そうだ、私にとって冒険に出るというのは何てことのない、ただの日常のはず。
 なのに私まで、こんなに嬉しくて、待ち遠しい。

「絶対予定空けるからな、置いてくなよ!」
「じゃあそのためにゆっくり休んで、やることやらなきゃね」
「ああ!」
「そうと決まれば今日のところは寝ようかなぁ。おやすみ、グ・ラハ・ティア。また明日ね」

 言えば、グ・ラハはまた泣きそうな顔をして、

「ああ、おやすみ……また明日!」

 そう笑った。



---
イメージソング
五線譜のたすき(モーニング娘。)

[←戻る / top]