前編

 クルル曰くの以前と比べて"ずいぶん落ち着いた"グ・ラハは、クリスタルタワーの力を利用出来なくなったことによる変化に慣れるため、とよく鍛錬をしたがった。
 それに付き合うことが多かったのはサンクレッドとアリゼーである。サンクレッドもまた五年分のズレを取り戻したがっていたし、アリゼーはそもそも身体を動かすほうが好きな質だ。
 私が参加するのはごくまれにだった。元々こなしていたお得意様方への納品作業、各部族との交流などなどに時間を割いていたからである。あとはリーンやベーク=ラグ、ライナたちへのみんなの魂と記憶は無事に肉体へ戻り、今はリハビリ中です、という報告とか、第一世界のみんなが上手くやれているかどうかの様子見とか。
 そういうことをしている間にグ・ラハはすっかり水晶公だった頃のようにオールラウンダーとしてナイト・白魔道士・黒魔道士としての術を使いこなすようになっていたわけである。

 しかしまあ、彼とて根っからの英雄馬鹿ってわけじゃあない(はずである。……だよね?)ので、賢人と呼ばれるに相応しく、時折ヤ・シュトラやウリエンジェたちと意見を交わし合っているところは見かける。そもそもクリスタルタワー調査の件も、彼は目付役として来ていたわけだし。
 でもそういうところを見ると、"英雄に憧れる男の子"との差に、なんだか申し訳なくなる。
 彼は、彼にとっての一番の英雄に私を置いてくれている。私のために命すら差し出してしまったほどに。
 ひいてはノルヴラントの、原初世界のためだとはいえ、彼が私に告げた言葉は嘘偽りなく、私という英雄への好意の現れに他ならなかった。
 あれだけのことを言われて、されて、そう思わないほど鈍くない。
 水晶公として接していた時からちらほら、なんか手厚いサポートを通り越した贔屓受けてない? と思っていたのだけれども、そんな私の印象もあながち間違っていなかったようだし。

 けれど、誰しにも長所と短所があるように(古代人がどうであったかは別として)、私は英雄と呼ばれるほどに先陣を切ることはあっても、シャーレアンの賢人たちのように豊富な知識があるわけではない。魔法系はからきしだし。
 ……でも英雄って、なんでも出来そうじゃない?
 言われはしても自称はしたことのない称号は、呼ばれることにこそ慣れていようと自己評価として下すには遠すぎる。
 勿論助けを求める誰かがそうあれと望むのならやぶさかでもない。でもこう、尊敬の眼差しを向けられると何か違うというか。私は私にやれることをやったに過ぎない、というか。
 グ・ラハは私が死んだ未来でよほどのものを見たらしい。私の歩んだ道が他の誰かを照らしたのだと言われても、実感があるかといえば皆無に等しい。
 私は目の前のことに精一杯で、国や世界を救った実績だって結果的なものに過ぎない、と思っている。誰かに聞かれれば自信を持てとかなんとか言われそうなので、口に出したことはないけれど。
 一介の冒険者のはずだったんだけどねえ。

 ともあれ私自身では不相応に思えても、周囲からすればぴったりらしいから。
 ならばまあそれらしく頑張りますかね、と意気込んではみたものの、知恵特化のシャーレアン出身の方々に囲まれると何とも言えない。英雄形無しである。だって分かんないし。
 フーン、よく分からないけどそうなの。
 そういう理解度なのだと知ったら、グ・ラハは幻滅するだろうか。
 …………まあ、今更勉強したところで付け焼刃。専門家の知識量には敵わないし、何より彼らが進んで研究してくれるので特に困るでもない。私は肉体労働派なのである。材料集めでよければいくらでもやりましょう。
 それでも。
 共に過ごすにあたって、神格化されていないかどうか、というのは懸念事項として挙げて然るべき、ではないでしょうか。
 なーんて悩み事とは慎重に向き合いたかったので、誰かに相談することもなく、いつも通りに過ごしていたわけである。
 気を遣わせたり、考えを改めて欲しいわけではないし。気持ちは嬉しかったし。一部面子にはからかわれそうだから、というのも理由のひとつ。

 と、ここ数日考えていたことを思い返したのは。

「あァ!? 調子に乗ってんじゃねえぞクソアマ!」
「調子に乗ってんのはそっちだろ、っと」

 依頼人たっての希望で直接お渡しを、と言われたので納品に来たら、報酬の支払いを渋られたのでどうしたもんかなーと思っていたら、通りがかったらしいグ・ラハが乱入、ぶちのめし、制圧。
 元々グ・ラハって弱いわけじゃないし。むしろ身体を動かすのは得意であるわけで。
 あっという間に倒れたのを見てやるじゃん、と思っていたら「どうしたんだよ」と訝しげに声をかけられた。

「こんなのに絡まれてぼーっとしてるとか、あんたらしくもない。体調悪いのか?」
「いや、健康だけど。依頼人だったんだよね」
「えっ」
「支払い踏み倒すつもりみたいだったからいいんだけど。ちょうどいいや、人呼んでくるから縛っといてくれる? こいつら突き出しておかないと」

 常駐している兵もいることだし、とグ・ラハに手持ちのロープをほいと投げ、呼んでくると駆けだした。
 あの程度なら他に仲間が隠れていたところでグ・ラハには敵わないだろう。
 すぐさま戻れば、彼は手際よく縛り上げてくれていたので、早々に引き渡して事は終わった。

「ありがとね」
「いや……うん」

 戸惑ったようなグ・ラハにこっちが戸惑うわけだが、彼は何も語らず、曖昧に頷きながら共に石の家に帰ることになった。
 報酬がもらえなかったので回収してきた依頼品はあとでメ・ナーゴのところにでも持っていってみようかな。あそこも何かと入り用だし。
 そう考えていると、グ・ラハが口を開いた。

「なあ、よくあるのか? あれ」
「いや、そもそも仲介人を通したやり取りのほうが主流だからなぁ。あの調子だと結構踏み倒してそうだし、直接のやり取りは全面禁止にしてもらわないと……」

 多少仲介料は取られてでも安全を優先するべきだ。
 もし被害に遭って泣き寝入りしているような人がいたなら、ちゃんと報酬を渡してあげられたらいいんだけど。許し難い。一発入れておくべきだったか。

「……」
「グ・ラハ? どうかした?」
「えっ、いや……なんでもない」

 …………あんな風に絡まれて、幻滅させたかしら。
 いやでもあれは不可抗力だしなあ。絡まれること自体はよくあるし。ガラの悪い連中を叩きのめしてその街の自警団に引き渡す、というのはよくやっている。
 まあ、なめられやすいんだろう。威厳のありそうな恰好をしているわけでもないし。普通の冒険者だから。

「あんたが……」

 考え込んでいる様子だったグ・ラハは、なんでもないと言ったけれど、私に何かを話してくれるらしい。
 慎重に言葉を選ぶような素振りはなんだか迷子の子供のようにも見えて。

「……あんたが絡まれてるのに突っ立ったままだから、心臓が止まるかと思った」

 そこまで危なっかしいことをしているつもりは、なかったのだけれど。

「そりゃ、あんたが強いのは知ってるけどさ。……でもオレは、あんたが……死んだ未来を見てる、から」

 ううむ。これは。
 私や他の暁のみんなが呆気なく死んでしまう未来があった、というのはどうにも実感はないけれど、それでも人の死は不意に訪れるものだということを私はよく知っている。
 だから。
 彼の固く握られた拳を手に取って、指をほどく。
 すんなりとそれを明け渡してくれたグ・ラハは動揺した様子だったけれど、気にせず包む。
 私の手のひらでは、すっかり包む込めるようなことはなかったけれど。
 冷えてしまっているそこに温もりを伝えるには十分だろう。

「私は生きているよ」

 まったく。世界も時間も飛び越えて、世界を救って、それほどのことを成し遂げてもこの人はいまいち実感がないらしい。もしくはフラッシュバックでもしたのか。
 グ・ラハが体感してきた出来事はほんの僅かに垣間見た程度なものだから、私では知ったような口を叩くことすら出来ないけれど。

「ここにいるよ」
「…………っ、ああ……!」

 崩れ落ちそうだ、と思ったから、そうなる前に包んでいた両手をこちらへ引いて、たたらを踏んだグ・ラハをそのまま抱き寄せた。
 実感したらいい。
 私はこうして生きている。グ・ラハだって水晶と化していた身体ではなく、過去の身体に戻って、いま、ここにいる。
 震える背中を撫でて、言葉を重ねた。

「あなたが命を繋いでくれたんだよ」

 その功績を私は、私たちは知っている。
 顔をうずめられた肩口が湿っぽいけれど、今日は許しましょう。
 ずっと頑張って来たのだと、それだけは知っているから。
 恐る恐るといったようにグ・ラハの手が私の背に触れる。長い年月をかけて成し遂げたことは、グ・ラハにしか出来なかったことだ。

 言葉に詰まって何も言えないのだろう。
 あやすように背中を撫で続ける。
 色んな人に助けられてきた人生だった。
 きっとこれからも、たくさんの人に命を繋いでもらうんだろう。
 だったら私は、そんな人たちのために、精一杯生きていきたい。



 しばらくして気まずそうに離れたグ・ラハは瞳に負けず劣らずの赤い顔色になっていて、耳もすっかり後ろに寝ていた。

「…………、その、ごめん」

 気まずかったり落ち着かない時に腕を触るのは彼の癖のようで、そんな様子に思わず笑ってしまいそうになるのをこらえ、せいいっぱいお姉さんぶってみる。

「また実感したくなったら抱きしめられにおいでよ」
「だっ、…………うぅ……情けないな、オレ……」
「今までずっとかっこよかったんだからちょっとくらい、いいと思うけど」
「甘やかすなよ……」

 弱弱しい声に「いやだ」と返して、乱れた彼の髪を整えてやる。
 英雄然とするとか、そういうイメージを保つ活動の前に、グ・ラハには私が生きていることを実感してもらうところから始まるらしい。
 でも恥ずかしそうな様子が、耳も尻尾も含めてあまりにも可愛いものだから、ついついからかいたくなってしまいたくなる。
 ミコッテ族はあまり高身長には育たないし、グ・ラハはすっかり背中を丸めていたから、私が背伸びをすれば十分届く距離だったもので。

「なっ、……!!?!?」

 額に口付けたら慌てて後ずさり、そこを両手で抑えて、目を白黒させている。
 涼しげな表情を保てるようにつとめて口を開く。

「顔を洗っておいで、目が腫れちゃうよ。それとも、濡れタオル用意してあげようか?」

 言えば、真っ赤な顔のままグ・ラハが吠えた。

「じ、自分でやれるっての!」

 ドスドスと怒りだか羞恥だかで荒々しく去っていく後ろ姿を眺めながら、ついついにんまりと口元を緩めた。
 英雄としての神格化云々の認識を探ったり訂正するより、グ・ラハをからかうほうが楽しいかもしれない。

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