中編

 子供扱いをされている、気がする。
 クリスタルタワーと同化していたあの頃とは違い、今でこそすっかり軽い身体であるものの、中身は百年余りを生きた老人だというのに。
 ベーク=ラグ殿には青臭い想いを持っていると言われたこともあったが、とはいえクリスタリウムの長をながく務めた己はかの住民たちからは"おじいちゃん"扱いされることのほうが多かったと記憶している。長年姿の変わらぬまま、フードの奥に素性も名前も隠したまま、という様相だったものだから、水晶公という称号がそのまま身について、威厳あれかしと振る舞えていた。
 実際己のなかで一番の英雄と呼ぶべき彼女の前でも水晶公として、きちんとやれていた、はずだ。
 あの頃の自分をどう思っていたか当人から聞いたことはないが、多分、バレてはいなかった……と思う。多分。
 エメトセルクとの戦いを終えてクリスタリウムに戻った後には散々怒られたが、あれは自分がみんなに黙って命を差し出そうとしたから、だし。
 ……バレていなかったよな? 多分。
 フードで顔を隠す意味を失ってからは民たちの前でも素顔を晒していたが、特に何か言及された覚えもないし。
 それに役割を終えないままではいけないからとその後も水晶公として振る舞っていたわけだ。

 水晶公としてやるべきことを終えて、その経験なんかを原初世界へ連れて来てもらった以上、もうオレは水晶公でもない。かといってすっかり第一世界に渡る前のオレに元通りなんてことも出来なかったが。
 一介の冒険者として、暁のみんなの仲間に加わるべく、初心にかえったつもりで……と、それっぽく振る舞うのをやめた、んだけど。

「あ、グ・ラハ。これからモルボル退治行くけどどうする?」
「行く! 本だけ返してくるからちょっと待っててくれ!」

 ヤ・シュトラから借りていたエーテル学関係の資料を返しに駆け込み、その足で声をかけてくれた彼女のもとへ。
 ふたり並んで石の家を出て、タングル湿林へ向かう。あの辺りに生息しているモルボルが大繁殖するたび、冒険者たちが駆り出されるのだ。そろそろだろうと話には聞いていたのでいつでも行けるようにはしていた。
 彼女は今回剣を持って戦うようなので、ならオレはサポートがてら回復役に回るべきだろう、となんとなくの分担だけをして群れに突っ込んで行く。
 ここらに生息している魔物はオレから見てもそう強くない個体ばかりだが、いかんせん図体がデカい上に数が多いばかりなのでやりづらい。しかも場所が湿地帯なものだから、足を取られやすい。
 そこらへんは経験の差なのか、彼女は何なく数を倒していく。各地で討伐系をこなすことが多いと聞くし、それだけいろんな環境で戦ってきたのだとよく分かる。
 オレだって足場の悪いところはさっぱり不慣れというつもりもなかったが、彼女と比べるとまだまだなのだろう。

「ふー、こんなもんかな。お疲れ様」
「ああ、お疲れ様」

 決して回復役にばかり専念していたわけじゃない。そもそも彼女は敵の攻撃をいなすことが上手く、殆どダメージを負っていないように見えた。ケアルを唱えた回数もそう多くはない。
 にしたって、討伐数に差がありすぎる。あー、くそ、追いつくにはまだまだか。
 この身体でも一通りの役割をこなせるようになったとはいえ、ずっと前線で戦ってきたかの英雄の足手まといにならないのがやっとだ。
 「ヒーラーがいると攻撃に専念出来るから助かる」と言われたことはあるけど、回復役、いるか? って感じだし。
 なんなら今も彼女よりオレのが疲れているんじゃないか?

「グ・ラハ」
「なんだ?」

 彼女が指先だけを上下に振って手招くから、何だろうと思いながら近寄る。
「屈んで」と言われて素直に屈んだら、彼女がにんまりと口元に笑みを浮かべた。……嫌な予感。

「ヘアピンがすっかりズレてますよぉ、お兄さん」
「うげ」

 意地の悪い笑い方をしているわりに指先は丁寧にオレの髪からピンを抜き取って、直してくれる。
 彼女が楽しそうだと気分が良い反面、状況が状況なので居た堪れない。

「ハイ直った」
「ごめん、ありがとう」
「いいえー。んじゃあ戻ろっか。もう湿地慣れた? 手繋ぐ?」
「オレは一回も転んでない!!」

 くそ、これだ。
 最近彼女にからかわれることが増えた。
 しかもこれ、子供扱いじゃないか!?
 この間の額にくちっ、……口付けられた時といい!
 思わず怒鳴るように言えば彼女は声を上げて笑い、オレより先に駆けて行った。高いところなら負けない自信があるのに!


 ……と、近頃彼女に子供扱いされている気がする件をウリエンジェに相談したところ、かつてオレの共犯者になってくれていた彼は口元を緩めた。いかにも微笑ましいものを見たと言わんばかりの表情に腹が立つ。
 こっちは真剣に悩んでいるんだぞ。

「おそらく、あなたを素直に心配出来るようになったことを喜んでいるのかもしれません」
「ええ……? 水晶公だった頃から結構、それらしいことは言われてたと思うんだが……ソウルサイフォン作ってた時とか特に……」

 彼女も彼女であちこち駆け回っていて満足に休息も取れていなかっただろうに、他の皆と共にこちらの心配ばかりをされていた覚えがある。
 無茶をしてでもやり通さなければいけない意地があったし、結果的に完成したタイミングがギリギリといったところだったのだからあれで良かったのだと思っている。

「あの時は世界や我々の命もかかっていましたが、今は違いますから……」
「オレを子供扱いするのが楽しいとかじゃなくてか?」
「あの方の心情はあの方にしか分かりかねます」
「そりゃあ、そうなんだけど」

 …………庇護すべき対象ってこと、だろうか?
 くっそ、まだまだ自分が弱いと言われているようでやるせない。そりゃあ、あの人と比べればオレなんてまだまだだろうけどさ。
 クリスタルタワーの力を借りることが出来ない代わりに自由を得て、この身はまだまだ鍛錬不足。身体の一部が結晶と化しててもまだ水晶公だった時のほうが動けていた。
 その差すら埋まらないのでは、あの人の隣に並び立てるのは遠い先の話だ。

「くっそー……アリゼーって今戻ってきてるか? 鍛錬つけてもらってくる」
「かの英雄殿も、声をかけられれば喜んで受けてくれると思いますよ」

 うぐ。
 いや、でもウリエンジェは分かってるだろ。オレの心情。

「……なにが楽しくて情けないとこ見せるんだよ」
「はて。鍛錬に励む姿を頼もしく思うことこそあれど、情けないなどとは決して思いませんでしょう、彼女は」
「そうだろうけどー……」
「むしろ除け者にされたと思われるのでは?」

 うぐぐ。
 意地があるんだよ、オレにも。意地が。
 あの人も装備を整えに戻って来ていたはずだ。忙しそうだったらアリゼーを探す、そうでもなかったら、ええと。
 ……とにかく未明の間を出てみる。

「あ、丁度良かった。グ・ラハー、これからフリース集めにクルザス中央高地のほう行くんだけど手伝ってよ」
「行く!」

 後ろからウリエンジェの微かな笑い声が聞こえた。
 いや、これは、し、仕方ないだろ、誘われたんだから!

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