君の夢は食べられない

 人が眠っている時に見る夢は、深層心理の表れとも、脳が情報を整理しているのだとも言う。
 ならばわたしが見る夢は、きっと色んな人と関わりたいという願望を表しているのだと思う。
 
 夢を見ている時、わたしはそれが夢だという自覚がある。その夢はだいたいわたしのコントロール下にあり、箒もなく空を飛ぶことだって椅子とテーブルを出すと共にお茶会の準備を整えることだって出来た。
 でもそれはわたしの夢のなかの出来事じゃない。だいたい、どこかの誰かが見ている夢にお邪魔してる。
 わたしは夢が夢だと分かっているけれど、どこかの誰かはだーれもわたしに向かって「だれ?」だなんて言わない。
 だって夢だ。普通の人は夢に無自覚で、コントロールなんて出来ないらしかった。
 
 今日の夢は獣人の子供のところにたどり着いた。悪夢ともつかない夢を見ているらしい。本に囲まれた子供が、わたしには孤独に見えた。
 ここにいるとわたしはとても心細くなって、寂しくて、むしょうに誰かに会いたくなった――わたしはだれかの夢に影響を受けやすいのだ。
 だからわたしはその夢の主である獣人の子供のところに行って、しれっと隣に座る。子供は一度わたしの顔を見たけれど、なにも言わずに読み途中の本へ目線を戻す。わたしもその本を覗き込んだ。
 
 そこには魔法についてとか、歴史だとか魔法薬学だとか、色んなことが整然と書かれていた。
 一冊の本の中に色んなジャンルが書かれているのに、どうしてだか読みやすい。なんならわたしがいつか教科書で読んだ時よりも。
 この本は子供が得てきた知識だ、と直感的に理解した。子供はしっかりと理解をして、それで、分かりやすく頭のなかに整理している。
 ここは子供が脳にある情報を整理している夢。
 なのにどうして、こんなに孤独感があるんだろう。雨の中でひとりだけ取り残されたみたい。
 子供のまわりの本の山は、周囲との断絶だ――気付いたとき、わたしは目を覚ましてしまった。子供が夢から覚めたのだ。
 
 
 連日で同じところに夢を見に行こうとすることは、実はよくある。面白い夢だったから続きが見れないかなだとか、昨日怖い夢を見てたけど今日は大丈夫かな、だとか思って。
 だから二日連続であの獣人の子供のところに行こうと思うのは当然だった。
 それになんとなく、あの子供に見覚えがある気がする。夢で見ただとかじゃなくて、起きているときに、どこかで見た。 どこで見たんだろう。有名人の子供だったりして。
 そうして訪れた夢の中、二日連続で本に囲まれていた子供は、やっぱりずっと本を読んでいた。
 
「お茶にしようよ、ずっと読んでて疲れちゃった」
 
 声をかけたら、子供は顔を上げて頷いた。
 
「やった。じゃあ紅茶ね、つめたいの。クッキーも食べよ」
 
 魔法がイメージの力であるように、夢もイメージが左右する。思い浮かべた通りのテーブルにソファ、紅茶とクッキーがぽんと現れた。
 これはわたしがよく出すものだから慣れたものだ。デザインの善し悪しは分からないけど。
 わたしが先に席について、そうしたら子供も向かい側に座った。味もわたしが知っている通りのもの。
 
「おいしい? あのね、わたしが一番好きなクッキーなの」
 
 子供は喋らなかったけど、頷いてくれた。
 うれしい気持ちを共有出来ると、それでまた嬉しくなれる。
 おいしいね。子供はまた頷いて、それからすぐに本の続きに戻っちゃった。休憩は終わりらしい。
 
 
 
 夢に対する干渉は、特にそれが脳の情報整理中であったりするときは良くない、と思っている。
 たとえば本に囲まれた子供の夢のなかで、わたしが本のページを破ったらそこだけきっと抜け落ちちゃう。そういうものだ、という直感的が理解があった。
 だからわたしは椅子を足してもなにかを引くことはしないように気をつけていた。
 なのに、楽しい夢にしていたのに。
 
 楽しい夢は現実との間で歪んで悲しみに変わってしまうらしい。
 
 子供は見た目の年齢の割にすごく難しいことを勉強しているみたいだった。きっと貴族なんだろう。
 すごいな、跡取りなのかな、当主になるのかな、それともおうさまに仕えるのかなぁ、ってどきどきしていたのだ。夢の中とはいえ、身分の高い人に会うなんてなかったから。
 いつだか覚えた寂しさはどこかへ消えて、わたしはただただ子供を応援していた。がんばっているのだと、思ったから。
 
 だけれど、その日の子供は癇癪を起こしているかのようだった。
 
 一心不乱に積み上げてきた本を、片っ端からページを破いて、背表紙を壊して、ぶちまけていた。
 
「ちょ、ちょっと、ねえ、どうしたの? もったいないよ!」
 
 そんなことしたら、全部忘れちゃうかもしれない。
 せっかく勉強したことなのに!
 子供は止めに入ったわたしを見上げて、睨んだ。
 
「いらない」
 
 いらない? いらないって何で、どうして。
 子供はわたしを無視して、ひたすら、本を破いて、踏んで、散らかして、投げていた。
 
「どうして! きみには、夢があるんでしょう!」
 
 思い描いたものは? きっときっと、すぐには諦められないような、眠っているときですら本を読み続けるくらい、おおきな夢があったのだろう。
 子供は冷たい顔をしていた。
 温度がない。
 
「おれじゃなれない」
 
 子供の夢は打ち砕かれたのか。
 なにを――なにか。わたしに何か、出来ることは。
 お茶のセットを用意しても、あの日食べてくれたクッキーを見せても、子供は見向きもしなかった。
 本を。
 得てきたものを、壊してる。
 取り上げてもすぐに子供の手元に戻ってしまうそれは、わたしが干渉出来る感情ではなかった。
 破かれたページたちはあんなに乱暴にされていたのに、切れ口は綺麗なものだった。本のもとから切り離されて、まるでゴミみたいに積み上がっていた。
 
「…………ごめん、ごめんね、わたしじゃあ、何もしてあげられない」
 
 これは子供の現実をうつしたものだ。
 そこにわたしは干渉出来ない。
 幸せな夢すら見せてあげられない。
 わたしでは君の夢は――――

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