あまのじゃく


 高校一年生の春。初めての調理実習。
 家庭科の先生がくじ引きでランダムに決めた男女四名の調理実習のグループにアイツはいた。


「……危ねっ!」


 思いの外、大きな声を出してしまったのは高校の時、家庭科の調理実習の時間。包丁の使い方が危なっかしくてつい、大きな声を出してしまったのだ。
 調理実習室にいる全員の視線を一気に集め、時間が止まったような錯覚に陥り息がつまった――と、いってもそれはほんの一瞬ですぐに時間は動き始める。俺は彼女の隣に立って小声で指摘した。


「猫の手」


 俺の指摘に包丁を持ったまま彼女は首を傾げた。


「皆木、くん? だっけ?? なにいってんの、ねこ?」
「伸ばしたままだと切るから握りこぶしにするの。それが猫の手」


 調理台の上、今から切ろうとしてる具材に添えられていた伸ばされ一緒に調理しかねない指を握りこぶしにするように言えばそれに応じてくれる。マジか、猫の手知らねぇんだ……。


 料理ができると班のみんなでそれを食べる。その時の会話によると、どうやら包丁を使う際に常識である『猫の手』の存在すらしらないぐらいには料理だとかに無縁な女子だったらしい。「作るよりも食べる方が得意なんだよね」なんて彼女は笑う。本当にそうなんだろうな、と納得できるほどの満面の笑顔だった。


 ……そうだ、ここだ。この時だ。この時からこいつとの『腐れ縁』は今の今まで続いてしまったのだ。








「……ったく、なんでお前自炊も出来ないくせに一人暮らしなんて始めたんだよ」
「だって叔父さんのアパートに空き家があるからよかったらどう〜? って……ね、今日チャーハンだよね〜?めちゃ楽しみだな〜! 卵チャーハンがいい!」
「お前話聞いてる?」


 いつもと違う帰り道。買い物袋を下げた腕は車道側、自炊もまともに出来ないくせに一人暮らしを始めて俺がバイトだとか稽古だとか予定が無いと知ると家に誘ったりする危機感皆無、ついでに言うと相変わらず女子力も低いコイツは歩道側を歩かせていた。ちょっと紳士を気取ってみたりなんてしてるけど多分コイツにはなにも響いてない。俺はため息をひとつついた。

 
「皆木は私のことを見くびりすぎ!実は最近は自炊っぽいことはしてることにはしてるんだよ! ほらほら!」


 隣を歩いていた彼女がくるっと身を翻し、後ろ歩きをし始める。広げられた片手にはなぜか第二関節あたりに絆創膏が一枚巻かれていた。


「なんでそんな微妙なところ切ってんだよ」
「猫の手してたら勢い余ってザクッと「普通いかねーから……ちゃんと注意しろよ」
「でも努力の証だよ〜? 少しは褒め……っ」
「……っ!」


 後ろ歩きなんてするから、石にでも躓いたらしい、ぐらっと彼女の身体がバランスを崩した。あ、やばい。このままだと――

 ほぼ反射的に、何も持ってない方の手でこちらに抱き寄せていたらしい。「びっくりした」なんて身体がゼロ距離のまま見上げてこいつはヘラヘラ笑いやがる。
 なにも思ってない、って笑顔。初めて会った時と変わらない笑顔を浮かべる。


「本当、気をつけろよ」
「へ〜い」


 けたけた笑ってそう返事すると何もなかったみたいに離れる。また肩を並べて歩き出す。


「本当お前女子力もだけど注意力も身につけとけよ、マジで。危なっかしくて目が離せなくなるから」


 俺のことを夕飯製造機兼荷物持ちとしてしか見ていないのは自覚している。もしもそうでなくて、お兄ちゃんみたい、だとか違う名称で俺を見ていたとしても、俺がこいつに向けてる感情とは名称が違うことは分かっている。



 分かってるっての、痛いほどに。









「」